19世紀に建てられたゴシック様式の邸があった。今では行政ビルとなっている。その3階の一角に、郡検事局があった。 轟音の激しいピックアップを停めると、外へ降り立つ。スピラーンは白亜に塗られた行政ビルを見上げた。 太陽が煌々と照りつける、暑い夏の一日だった。 エントランスに入ると、アイビーカットの黒いネクタイを締めた半そでシャツの男たちと数人すれ違う。皆、スピラーン神父に振り向いた。彼はこの空間に存在してはならない、異なる種の人間だったからだ。 エントランスの奥に受付があり、そのデスクにいる女にタウバー検事に取り次いで欲しいと告げる。受付の女はアポイントがあるか求めるが、そんなものは無いと突っぱねる。 「アポイントの無い方はお通しできません」 受付の女はスピラーン神父の顔を一度も見ないまま、彼を退けようとした。 「取り次げ!」 スピラーンが声を張り上げる。受付の女がその顔を見上げると、彼女は一瞬凍りついた。彼の顔は神父という肩書きを全く感じさせない、悪魔のような殺気に満ち溢れていたからだった。
“パブリック・プロセクター・タウバー”と書かれている不透明ガラスのドアを、受付の女がノックすると、中から野太い声の男が答えた。 「何だ?」 受付の女を押し退け、スピラーンがオフィスの中まで入り込んだ。それを見たジョナサン・タウバー検事は、一瞬で何かを理解したのか、笑顔を浮かべながらデスクを立ち上がった。 「スピラーン神父!」 握手を求めようとするタウバー検事の手を跳ね除け、スピラーンは自分の視線と同じ高さのタウバー検事の目を見据えた。 「何かあったのですか?」 「これ以上、あの子に手を出すな!」 「あの子?」 「あんたの息子だ!」 一瞬タウバー検事は怪訝な表情を浮かべたが、すぐに口元に笑みを浮かべた。その笑みに対してスピラーンの怒りが頂点に達しようとしていた。拳に更に力が篭る。後方で異常な事態を察知した受付の女が警備員を呼びに走った。 「バリーが何か言ったのですか?」 「ふざけるな!」 スピラーンがタウバー検事の胸元を掴み上げる。その瞬間、背後から二人の警備員がスピラーンの腕を掴み、後方へひねり上げる。だがスピラーンは怒りが強かったのか、痛みを全く感じなかった。 「あの子に手を出したら、私が絶対に許さない!」 己の父親に殴られる幼いスピラーンが一瞬の記憶として甦る。 「何だ?“神の使い”としての言葉なのか?」 タウバー検事の口元にまた笑みが浮かぶ。しかしその瞳はさらに冷酷さを増していった。 「おのれは神に選ばれた者だと?」 「違う!」 スピラーンがジョナサン・タウバーの言葉を遮った。 「私自身の言葉だ!」 スピラーンの腕をひねり上げていた警備員が彼を強引に部屋の外へ連れ出そうとしたが、タウバーが右手を上げてそれを制止させる。ためらいながらも、警備員と受付の女はタウバーの検事室から出た。 「面白い」 タウバーが言う。 「お前自身の言葉なら、私はそれを聞き入れる必要は無い」 「何だと?」 「お前は神の使いでも何でもない。ただの人間なのだからな」 一瞬、スピラーンは言葉を失う。 「神に愛されているのはお前ではなく、私なのだから!」 「何が言いたいんだ・・・」 タウバーは自分のデスクからヒュミドールを取り出し、中からボックスに入ったキューバ産の葉巻「コイーバ・ロブストス」を一本掴む。 シガーカッターで吸い口を切り取り、口にくわえて火を点けた。軽く吸い込むと、辺りに甘い香りが広がっていく。それが最上級の葉巻であることを物語っていた。 「あまり私に逆らわない方がいい。私もそろそろ我慢の限界なのでな」 タウバーの口元から笑みが消えていった。
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