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作品名:サイレンス 作者:ぴきにん

第2回   2
 特別捜査官・ジョージ・スピラーンは副長官のオフィスのドアをノックした。自宅で寝ていた所を副長官のリブキンに呼び出されたのだ。 中に入ると秘書のドミニクがもう出勤しており、スピラーンを凍りつくような冷たい目で見上げた。
 「副長官がお待ちです」
もうひとつのドアを開けると、副長官のポール・D・リブキンがデスクで数枚のファイルに目を通しながら、スピラーンを出迎えた。彼にソファを薦めると、ネクタイを少し緩めながら目を通していたファイルを手渡した。
 「ミシシッピー、クワンテイル。二日前、この街の小さな黒人教会で死体が発見された。死体の身元はダニエル・タウバー」
 「ダニエル・タウバー!!」
スピラーンがその名前に反応する。ダニエル・タウバーとは次期大統領と有力視されているジョナサン・タウバーミシシッピー州知事の養子で彼の後継者とされていた男だった。
 「生きたまま臓器を抉り出されていたそうだ。この世のものとは思えぬほどの苦痛を味わいながら絶命した。マフィアがよく使う手だ」
 「"血の処刑"」
スピラーンが応える。
 「ああ。怨恨の線を辿って長官がタスクフォースを編成した。なにせ、大統領候補の養子が惨殺されたのだ。かなり、躍起になっている」
スピラーンが黙り込む。彼は自分が特捜班から外された理由を知っていた。
 「私を呼んだ理由は?」
リブキンの目を見据えながら、スピラーンが問い掛けた。
 「優秀で気骨もあり、君を慕う部下も多い。次期長官の噂も高く、将来を嘱望されている。本来なら君が今回のタスクフォースのリーダーになっているはずだった。だが、君はあまりにもダニエル・タウバーに"近い"。限りなくな」
スピラーンがファイルにあったダニエル・タウバーの惨殺体の現場写真を見た。物言わぬその顔は苦痛に歪み、彼が地獄に落ちたことを物語っていた。
 「確か、この街で君の父親が殺害されたのだったな・・・」
何かを探るような目でリブキンが彼を見た。
 「長官はマフィアの線を考えている。タウバーと密接な関係にあった"KKK"とな。だがそれでは解決するまでにかなりの時間を要するだろう。遠回りだ。」
 「私に、担当しろと」
 「ああ。犯人はかなり巧妙な手を使っているように思えるのだ。恐らく、君のほうが早く解決するだろうと思ってな。だが、"別件"として追ってくれ。タスクフォースもパートナーも無いが、分るな?」
リブキンがスピラーンを見据える。彼は長官の"面目"を保てと言っているのだ。
 「分りました」
スピラーンが立ち上がる。君には、期待しているよとリブキンの言葉を背に、スピラーンはオフィスを後にした。
 リブキンはかなり頭の切れる男だった。時折発せられるその謎めいた言動と、何もかも見透かすようなその目に、スピラーンは限りなく黒い"影"を感じることがあった。さっきの口ぶりでは、まるで犯人を既に特定したかのような錯覚さえ覚えていた。
 この男だけは信用できない。彼のセンサーがいつになく異様な警告を発していた。

コンピュータールームに入り、ようやく使い慣れた端末に、自分の欲しい資料を検索し始めた。彼が座る端末の奥には、国防総省も設置したというIBMが開発したスーパーコンピューターが昼夜を問わず、フル稼働している。そこには、軽犯罪者から社会保険ナンバーを持つ一般市民までのありとあらゆる人間の資料が収められていた。
 画面のサーチフレームに"ガーツ・エドナー"と"ヘイズ・ダレン"と入力していく。エンターキーを叩き、ほんの数秒で資料が流れ始める。
"ガーツ、エドナー"。1926年上海出身のイギリス系アメリカ人で、CIA出身で、地域担当室・秘密作戦チームに在籍していた。現在はウォール街を席巻するジャック・デボアが組織する軍事産業に"名誉顧問"として名を連ねている。
"ヘイズ、ダレン"。1947年テキサス出身で、ベトナム従軍後、軍を除隊している。その後の資料は、添削されていた。ということは、この男が現在国家の任務を背負っている可能性があるということだった。
スピラーンは二つの資料をひしひしと眺めた。この二人の情報は、昨日自宅に投げ込まれた手紙で”アッシュ”という人物からの”タレコミ”だったのだ。”アッシュ”によれば「この二人を追え」というものだった。”アッシュ”による”タレコミ”はこれが最初ではなかった。この人物は情報料を請求するわけでもなく、ただ漠然とスピラーンに断片的な情報を流していた。
 スピラーンは画面に出ているサーチフレームに”リブキン、ポール・D”と入力した。エンターキーを叩き、ほんの数秒でリブキン副長官の情報が画面に流れ込む。”リブキン、ポール・D”。1937年ニュージャージー出身。UCLA卒業後、57年に陸軍へ入隊、翌年には国防総省、DIAに籍を置く。64年に退役し、同じ年にSRCに入社。僅か1年で退社し、その後の2年が全くの空白となっている。65年にFBIに入局し、78年に弱冠40歳の若さで副長官となり、現在に至っている。
「ディフェンス・インテリジェンス・エージェンシーにスタンフォード・リサーチ・センターか」
スピラーンが呟く。軍と民間の違いはあるが、どちらも諜報機関であり、特に気になったのは、SRCを退社後の空白の2年だった。
「この男は一体」
副長官を疑う理由は無かったが、スピラーンは”何か”が気になっていた。画面を元に戻し、辺りに誰もいなかったことを確認すると、足早にコンピュータールームを出た。
 自分のデスクへ戻り、エアバスのチケットと、レンタカーの手配を取り、地下の駐車場に停めてあった自分のフォードに乗り込んだ。ふと助手席を見ると、今朝露店で買ったウォールストリートジャーナルがあった。第一面には"ジャック・デボアのW&Tトラスト社が大手産業のフローズン・エフェクツ社を買収する"と書かれてある。スピラーンは溜息をつきながら"クソ"と呟いた。"ジャック・デボア"は最近ウォールストリートを賑わせている新進気鋭の"鞘取り業者"だ。実物を見たものは居らず、彼はウォールストリートでも"伝説"になろうとしていた。一夜にして国家規模の財産を手にしたこの男には、いつも黒い噂が付いて回った。中でも、麻薬と武器を扱う"死の商人"と呼ばれていたのだ。ソ連の"アフガン侵攻"までならいざ知らず、現在は国家を揺るがすほどの"死の商人"など、実際には存在しないのだ。
だが・・・。スピラーンは一面にあった"ジャック・デボア"の名を睨みつけるように見入った。今回の事件には、この男が大きく関わっていると確信していたのだ。ウォールストリートジャーナルを後部座席に放り投げると、アクセルを踏み込み、何かを追い払うかのように急発進させると、FBIの地下駐車場を出た。


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