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作品名:サイレンス 作者:ぴきにん

第193回   193
1977年10月アフガニスタンとパキスタン国境付近のカイバル峠。
その日は、月夜も出ていない、漆黒の闇夜だった。
荒涼とした岩肌に、武装した一人の兵士が、僅かに蠢いた。兵士は背後を振り返ると、すぐ後ろに着いていた数人の兵士に、手でシグナルを送る。その合図で、彼らが散開した。
兵士たちは足音も立てず、その気配も殺しながら、峠の頂に向かっていた。その途中、岩を積み上げた、高台があった。そこに一人の若いムジャヒディンが、見張りに立っている。
兵士は、その背後にまわり、彼の頚動脈をナイフで掻っ切る。鮮血が飛び散り、ムジャヒディンが倒れた。
その間にも、他の兵士たちが前進する。先頭を走っていた兵士が坂を登り、頂まで到達した瞬間、兵士の頭を弾丸が貫いた。肉の突き破る鈍い音が、微かに響く。銃声も何も、無かった。後ろに着いていた兵士は咄嗟に身を伏せるが、左右に散開していた兵士たちが、次々と頭を撃ち抜かれた。
「止まれ!“スターライト・スコープ”だ!」
一人の兵士が叫んだ。
無音の上、頭を正確に撃ち抜いている。敵は暗闇でも鮮明に見える、微光暗視装置(スターライト・スコープ)をライフルに設置し、サプレッサー(消音器)を装着しているようだ。
部隊の体勢が崩れたが、高度な武器で、反撃に備えていたということは、ここにタリブが存在している証である。兵士は、無線で他の兵士に照明弾を撃つよう指示した。自らの姿を曝け出すが、スターライト・スコープを装着している狙撃手たちへの、眼くらましの為だった。
一瞬の閃光と共に、辺りが明るくなる。兵士たちはその間に、キャンプに入ろうと前進する。
立ち上がった瞬間、一人を残して、後の兵士たちは皆、頭部を正確に撃ち抜かれ、倒れて行った。
「そんな・・・!」
兵士が辺りを見回す。視線を後方に向けた時、彼は頭部に強い衝撃を感じた。倒れた兵士が、顔を見上げる。
「スペツナズが、聞いて呆れるな、アノヒン大尉・・・」
目の前に立っていた、ファティーグを着た覆面の男が言った。その兵士・ウラジミール・イリイチ・アノヒンは、彼が放った当身を受け、倒れたのだった。
「何故・・・俺のことを知っている・・・!?」
アノヒンの言葉に、立っていた男が膝を屈し、覆面を取った。
「お前は・・・タウバー!?」
アノヒンが声を上げると同時に、彼は手にしたナイフで、膝を屈していたバリーに切りかかった。バリーは寸前のところで避ける。その隙に、アノヒンが飛び上がり、体勢を立て直した。
「貴様、生きていたのか!?」
「死にたくても、なかなか死なせてくれなくてね」
その間に、バリーの背後でムジャヒディン達が一斉に、アノヒンに銃口を向ける。
「バリー、大丈夫か!?」
その中に、クルーエルも混じっていた。
「手を出すなよ。これは、俺の喧嘩だ」
バリーは同時に、肩に装着していた無線機にも、呼びかけていた。
「了解」
無線機の向こうから、ホア、パワーズ、マッカビーの声が聞こえる。彼らはキャンプの向こうから、スターライト・スコープを装着したライフルで、バリーを見守った。
「そういうわけだ。存分に、俺と喧嘩が愉しめるぞ」
バリーが、不敵な笑みを浮かべる。それに憤慨したアノヒンが、彼に切りかかった。だがバリーは、それを紙一重で避けると、ナイフを持っていた右手をひねり上げた。アノヒンの身体は、その流れに逆らえないのか、回りながら地面に叩きつけられる。
「言っただろう。力に頼ろうとするからだ」
バリーは、息一つ乱していない。その姿を見て、アノヒンはもう一度飛び上がり、体勢を立て直した。


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