1977年10月アフガニスタンとパキスタン国境付近のカイバル峠。 その日は、月夜も出ていない、漆黒の闇夜だった。 荒涼とした岩肌に、武装した一人の兵士が、僅かに蠢いた。兵士は背後を振り返ると、すぐ後ろに着いていた数人の兵士に、手でシグナルを送る。その合図で、彼らが散開した。 兵士たちは足音も立てず、その気配も殺しながら、峠の頂に向かっていた。その途中、岩を積み上げた、高台があった。そこに一人の若いムジャヒディンが、見張りに立っている。 兵士は、その背後にまわり、彼の頚動脈をナイフで掻っ切る。鮮血が飛び散り、ムジャヒディンが倒れた。 その間にも、他の兵士たちが前進する。先頭を走っていた兵士が坂を登り、頂まで到達した瞬間、兵士の頭を弾丸が貫いた。肉の突き破る鈍い音が、微かに響く。銃声も何も、無かった。後ろに着いていた兵士は咄嗟に身を伏せるが、左右に散開していた兵士たちが、次々と頭を撃ち抜かれた。 「止まれ!“スターライト・スコープ”だ!」 一人の兵士が叫んだ。 無音の上、頭を正確に撃ち抜いている。敵は暗闇でも鮮明に見える、微光暗視装置(スターライト・スコープ)をライフルに設置し、サプレッサー(消音器)を装着しているようだ。 部隊の体勢が崩れたが、高度な武器で、反撃に備えていたということは、ここにタリブが存在している証である。兵士は、無線で他の兵士に照明弾を撃つよう指示した。自らの姿を曝け出すが、スターライト・スコープを装着している狙撃手たちへの、眼くらましの為だった。 一瞬の閃光と共に、辺りが明るくなる。兵士たちはその間に、キャンプに入ろうと前進する。 立ち上がった瞬間、一人を残して、後の兵士たちは皆、頭部を正確に撃ち抜かれ、倒れて行った。 「そんな・・・!」 兵士が辺りを見回す。視線を後方に向けた時、彼は頭部に強い衝撃を感じた。倒れた兵士が、顔を見上げる。 「スペツナズが、聞いて呆れるな、アノヒン大尉・・・」 目の前に立っていた、ファティーグを着た覆面の男が言った。その兵士・ウラジミール・イリイチ・アノヒンは、彼が放った当身を受け、倒れたのだった。 「何故・・・俺のことを知っている・・・!?」 アノヒンの言葉に、立っていた男が膝を屈し、覆面を取った。 「お前は・・・タウバー!?」 アノヒンが声を上げると同時に、彼は手にしたナイフで、膝を屈していたバリーに切りかかった。バリーは寸前のところで避ける。その隙に、アノヒンが飛び上がり、体勢を立て直した。 「貴様、生きていたのか!?」 「死にたくても、なかなか死なせてくれなくてね」 その間に、バリーの背後でムジャヒディン達が一斉に、アノヒンに銃口を向ける。 「バリー、大丈夫か!?」 その中に、クルーエルも混じっていた。 「手を出すなよ。これは、俺の喧嘩だ」 バリーは同時に、肩に装着していた無線機にも、呼びかけていた。 「了解」 無線機の向こうから、ホア、パワーズ、マッカビーの声が聞こえる。彼らはキャンプの向こうから、スターライト・スコープを装着したライフルで、バリーを見守った。 「そういうわけだ。存分に、俺と喧嘩が愉しめるぞ」 バリーが、不敵な笑みを浮かべる。それに憤慨したアノヒンが、彼に切りかかった。だがバリーは、それを紙一重で避けると、ナイフを持っていた右手をひねり上げた。アノヒンの身体は、その流れに逆らえないのか、回りながら地面に叩きつけられる。 「言っただろう。力に頼ろうとするからだ」 バリーは、息一つ乱していない。その姿を見て、アノヒンはもう一度飛び上がり、体勢を立て直した。
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