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作品名:サイレンス 作者:ぴきにん

第172回   1975年7月 アフガニスタン”文明の十字路”
「マーケティングリサーチ(市場調査)に行くぞ。準備しておけ」
と、突然バリーがクルーエルに言った。突然のことで少し混乱はしたが、クルーエルは、すぐにそれがアフガニスタンへの調査と気付いた。渡航期間は、およそ一ヶ月。
サイゴンが陥落してから、バリーはずっと何かを調査していた。彼は没頭すると、自分の世界に入ってしまう。それは、ベトナム時代から変わらなかった。そんなバリーの性格を知っていたクルーエルは、彼の指示を待った。そして、ようやく次の指示が来たのである。
「アフガニスタンだろ?もうチケットとホテルは押さえたよ」
クルーエルがそう言うと、バリーは驚いた表情を浮かべた。
「よく分かったな」
アフガニスタンに関する本や資料に毎日目を通していれば、誰でも気付くものだった。
「あんたは、昔から変わらんからな」
クルーエルが笑った。

バリーとクルーエルがアフガニスタンの首都・カブールに入ったのは、それから一週間後のことだった。空港でドルを両替する。その日のレートでは、1ドルが75アフガンとなった。外へ出ると、うだるような暑さが、身体を包み込んだ。気温50度である。
「酷い暑さだ」
バリーはネクタイを緩めた。
「こんなときにタイとは。もっと、楽な格好をすりゃいいのに」
クルーエルがそう言い、早速汗をかきながら、空を仰いだ。
「何言ってんだ。俺はビジネスマンなんだぞ。ビジネスマンはタイを締めるのが、“礼儀”だろうが」
「礼儀?」
バリーはかけていたサングラスを外し、額から流れていた汗を拭き取った。
「“アイキドー”を教わった、日本人の“魔法使い”に教わった。人間関係を円滑にするものなんだ」
「日本人の“魔法使い”?」
クルーエルは、頭をひねっていた。時折、バリーの言動には理解が出来ない。
「何してんだ、大使館へ行くぞ!」
そう言うと、バリーは空港前に停まっていたタクシーを拾い、荒涼とした砂漠の中にある道路を30分ほど走り、カブール市内に入った。

アメリカ大使館で入国手続きを済ませ、ホテルにチェックインした後、バリーとクルーエルは市内で唯一酒が飲める、カイバル・レストランで食事をとった。そこには東洋の富豪と、アメリカ国内で廃れ始めていたヒッピーが多くいた。
出される料理は羊の料理ばかりで、その臭気に、さすがのクルーエルも食が進まなかった。
しかし、バリーはそれを平らげ、手を付けなかったクルーエルの料理も全て平らげた。クルーエルは、「よく食えるな」と呆れていると、バリーは
「ベトナムでMIA(行方不明者)になったときに食った、生の山羊よりは旨いぞ!」
と笑った。

カブールを出発したのは、三日後のことだった。
バリーはパシュトゥーン人のガイド一人と、ボディーガード一人、通訳一人を雇った。バリーとクルーエルは、今回は完全に丸腰だった。
「丸腰で、大丈夫なのか?」
クルーエルが言う。
「俺たちは、ビジネスマンなんだ。これも“礼儀”さ」
と笑った。


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