「マーケティングリサーチ(市場調査)に行くぞ。準備しておけ」 と、突然バリーがクルーエルに言った。突然のことで少し混乱はしたが、クルーエルは、すぐにそれがアフガニスタンへの調査と気付いた。渡航期間は、およそ一ヶ月。 サイゴンが陥落してから、バリーはずっと何かを調査していた。彼は没頭すると、自分の世界に入ってしまう。それは、ベトナム時代から変わらなかった。そんなバリーの性格を知っていたクルーエルは、彼の指示を待った。そして、ようやく次の指示が来たのである。 「アフガニスタンだろ?もうチケットとホテルは押さえたよ」 クルーエルがそう言うと、バリーは驚いた表情を浮かべた。 「よく分かったな」 アフガニスタンに関する本や資料に毎日目を通していれば、誰でも気付くものだった。 「あんたは、昔から変わらんからな」 クルーエルが笑った。
バリーとクルーエルがアフガニスタンの首都・カブールに入ったのは、それから一週間後のことだった。空港でドルを両替する。その日のレートでは、1ドルが75アフガンとなった。外へ出ると、うだるような暑さが、身体を包み込んだ。気温50度である。 「酷い暑さだ」 バリーはネクタイを緩めた。 「こんなときにタイとは。もっと、楽な格好をすりゃいいのに」 クルーエルがそう言い、早速汗をかきながら、空を仰いだ。 「何言ってんだ。俺はビジネスマンなんだぞ。ビジネスマンはタイを締めるのが、“礼儀”だろうが」 「礼儀?」 バリーはかけていたサングラスを外し、額から流れていた汗を拭き取った。 「“アイキドー”を教わった、日本人の“魔法使い”に教わった。人間関係を円滑にするものなんだ」 「日本人の“魔法使い”?」 クルーエルは、頭をひねっていた。時折、バリーの言動には理解が出来ない。 「何してんだ、大使館へ行くぞ!」 そう言うと、バリーは空港前に停まっていたタクシーを拾い、荒涼とした砂漠の中にある道路を30分ほど走り、カブール市内に入った。
アメリカ大使館で入国手続きを済ませ、ホテルにチェックインした後、バリーとクルーエルは市内で唯一酒が飲める、カイバル・レストランで食事をとった。そこには東洋の富豪と、アメリカ国内で廃れ始めていたヒッピーが多くいた。 出される料理は羊の料理ばかりで、その臭気に、さすがのクルーエルも食が進まなかった。 しかし、バリーはそれを平らげ、手を付けなかったクルーエルの料理も全て平らげた。クルーエルは、「よく食えるな」と呆れていると、バリーは 「ベトナムでMIA(行方不明者)になったときに食った、生の山羊よりは旨いぞ!」 と笑った。
カブールを出発したのは、三日後のことだった。 バリーはパシュトゥーン人のガイド一人と、ボディーガード一人、通訳一人を雇った。バリーとクルーエルは、今回は完全に丸腰だった。 「丸腰で、大丈夫なのか?」 クルーエルが言う。 「俺たちは、ビジネスマンなんだ。これも“礼儀”さ」 と笑った。
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