4月24日5:25。 四人は、その音で目が覚めた。一発の銃声が轟いたのだ。基地内にいた誰もが、その音に反応した。一斉に騒然となる。北ベトナム軍がついに、最終防衛線の一つであるビエンホア・フロントに迫ったのだ。 隣で眠っていたディエンが飛び起き、M16を掴んだ。 「待て!」 バリーは即座に、彼の腕を掴む。バリーを見たディエンは、怪訝な表情を浮かべた。 「私を助けに来たと言っていたな。君は、誰だ?」 「あんたを連れて帰れとCIAに頼まれて来た、“戦争屋”だ」 バリーの言葉に、ディエンは蔑んだ笑みを浮かべながら、彼を見下した。 「CIA・・・“戦争屋”?」 ディエンが、掴んでいたバリーの手を振り払った。 「今さら、CIAが何故私を助ける?」 ディエンはM16のマガジンを確認し、もう一度装填する。 「そんな屈辱を受けるくらいなら、死んだ方がマシだ!」 「そりゃ、どうかな」 バリーが笑った。 「あんたの身体は、死のうが、生きてようが、NVA(北ベトナム軍)に捕まれば、どのみち屈辱を受ける」 「どういう意味だ?」 バリーは北ベトナムがディエン少佐を捕らえ、人民裁判にかけると公言していることを話し、生死は問わないとしていた。その事実を聞いたとき、ディエンの表情が一変する。 「あんたは、もう、生き延びるしかないのさ」 ディエンは、もう一度バリーの隣に腰を下ろした。 「じゃあ、どうすればいい・・・?」 防衛線で轟いていた銃声の中に、砲弾が放たれた轟音まで混じるようになった。すぐそばまで、弾丸が着弾し始める。だが四人は全く腰を上げなかった。 「信じていた祖国に、謀略の嵐が吹き始め、それを救う為に南ベトナムに手を貸したんだ。だが、その南ベトナムでさえ、汚職と賄賂がはびこる汚い国だった・・・」 すぐ傍で、何かが爆発した。だが、彼等は誰一人として、動かなかった。 「私は、間違っていたんだ・・・。私が殺した者たちに、顔向けできない・・・」 「なら生きて、死んだ者たちへ、詫びろ」 ディエンは顔を上げた。ホアもクルーエルも、バリーの顔を見る。 「生きて・・・どうやって・・・?」 バリーが立ち上がる。 「アメリカへ来い。俺が、教えてやる」 バリーは彼に手を差し伸べた。自信に満ちたその笑みに、ディエンはバリーの手を握る。彼は、妙な安堵を覚えた。それと同時に、ホアとクルーエルが立ち上がった。 「さあ、あと一息だ。サイゴンへ戻るぞ」 戦闘は、激しさを増していく。だがそれに加担する必要はなかった。 もう、この戦争は彼らのものではなかったのだ。 四人は戦火を逃れる為、その場を離脱した。
4月24日13:40。 四人は、1号線を南下して行った。銃声が無くなった時点で、四人はピストルを残して装備を全て棄てる。未だサイゴンへ入ろうとする難民に紛れる為だった。 バリーはバックパックの中からブリーフケースと身分証を取り出し、手にする。クルーエルも同じようにバックパックからカメラと身分証を取り出し、首から下げた。 サイゴンに近付くにつれ、難民の数が多くなっていた。CIAは昼夜を問わず、南ベトナムに残留していれば身の危険が迫るベトナム人を出国させ、アメリカへ受け入れる特別措置を取っていた。ピッグズ湾事件後、60万人のキューバ人を受け入れた以来の特別措置だった。
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