4月23日7:25。 南ベトナム軍は、郊外のロン・アン、クチ、ビエンホアに最後の防衛線を張っていた。猛攻する北ベトナム軍が迫り、サイゴンが陥落するのは時間の問題である。 “ターゲット”はビエンホアにあるロング・ビン・ベースに居るとホアから報告が入った。
彼らが救出する“ターゲット”の名はグエン・ホ・ディエン少佐。 元々は北ベトナム軍の将校だったが、彼は「プロジェクト・フェニックス」によって、北ベトナム軍の重要人物を次々と暗殺していった男だった。 「プロジェクト・フェニックス」とは、CIAのロバート・ウィリアム・コウマーが指揮していた北ベトナム要人暗殺計画である。 ベトコン転向者や、ベトナム・ツアー二回目のSOGメンバーを選定し、徹底的な機密保持の上、北ベトナムの要人や軍幹部を次々と暗殺していったのだ。その人数は、推定で六万人が殺害されたとしている。 その中でも、このディエン少佐はベトコン転向者の中でも群を抜いて要人を暗殺していった男だった。彼はホー・チ・ミンが唱える共産主義に疑問を覚え、この「プロジェクト・フェニックス」に加担したが、“楽園”と思えたはずの南ベトナムには汚職と賄賂がはびこっていた。 彼は、この世界に落胆した。 しかし、彼は逃げるわけにはいかなかった。ベトナム戦争終結後、彼はCIAとの連絡を一切絶ち、迫り来る同志だった北ベトナム軍を、迎い討とうとしていたのだった。 一方で、CIAは彼の存在を切り捨てることが出来なかった。 その理由は、北ベトナム軍ではディエン少佐を捕らえ、その生死は問わないとし、要人を暗殺したと人民裁判にかけた上で、公開処刑すると公言していたからである。 彼が捕まれば、「プロジェクト・フェニックス」が白日の下に曝されるのだ。サイゴン陥落が現実となり、彼を救出する指令が下った。
バリーは片言のベトナム語で「グエン・ホ・ディエン少佐は何処か?」と彼の写真を手に、ロング・ビン・ベースを尋ね歩いた。 すると兵士の中の一人が、「少佐は第10歩兵師団に所属している。が、その第10歩兵師団がこのロング・ビン・ベースに到着する寸前で敵の猛攻に遭い、足止めを喰らっている」とバリーに言った。 「120時間は予定していたが、まずいな・・・」 バリーは呟いた。 「時間が、かかりそうだな」 クルーエルが言う。 サイゴン陥落を予測して、在留アメリカ市民、南ベトナム市民、その他国籍者をサイゴンから脱出させる為の「フリークエント・ウインド作戦」が発動される予定だったが、いつ繰り上がるか不明だった。ラジオから、ビング・クロスビーの“ホワイト・クリスマス”が流れ出したら、それが“決行”の合図である。 「作戦が失敗したら、どうなるんだ?」 クルーエルがバリーに問いかけた。 「報酬の請求を、ガーツに出せん」 バリーが煙草をくわえる。 「報酬は、無いということか」 「それどころか、赤字だ」 煙草に火を点ける。 「それも、まずいな・・・」 クルーエルは、バリーが吸っていた煙草を奪い取ると、一口煙を吸い上げた。 「久々に、戻るか・・・」 そう言うとバリーはシガーケースからもう一本の煙草を取り出し、口にくわえた。 「仕方が無い・・・」 言葉とは裏腹に、バリーとクルーエルの瞳が異様な輝きを放ち始めていた。
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