「久しぶりだな、ホア」 バリーが笑みを浮かべた。アジア人の男・ホアがバリーの顔を見上げて、呆然としていた。救出部隊の男が、まさかバリーだとは、思わなかったようだ。 「何故、お前が・・・」 ホアが小さな声で呟いた。 「まぁ、硬いことは言うな。俺はもう、あの頃とは違うんだ」 バリーが屈託の無い笑顔を見せた。ホアは怪訝な表情を浮かべながらも、テーブルに着いた。 「しかし、久しぶりだな。よく、生き残ったもんだ」 クルーエルが言った。ホアは二年前の「終戦宣言」を聞いた後、バリーの言葉を思い出し、一族を連れてハジャン省を脱出した。 「必ず、ヌン族はNVAに迫害を受けるとお前が言ったことを思い出し、このサイゴンに来たんだ」 バリーは、それを黙って聞いていた。事実、それは現実に起こっていた。今やハジャン省も北ベトナム軍の手に落ちてしまった。 徐にバリーはブリーフケースから数枚の書類、数冊のパスポートを取り出すと、それをホアに手渡した。 「これは、お前と、お前の家族がサイゴンから脱出する際の出国許可証と、アメリカへの入国許可証だ」 その書類を見た瞬間、ホアの顔が緩む。 「ありがたい。助かったよ」 「しかし、お前に奥さんと子供が二人もいたとはな」 ホアは、財布から一枚の写真を取り出し、それを二人に見せた。写真には、黒髪の女性と二人の子供が写っていた。 「かわいい子だな」 その写真を見たクルーエルの顔がほころぶ。それをホアに返したあと、バリーは早速、救出する“ターゲット”の話に切り替えた。 「で、“彼”はどこにいるか、分かったか?」 バリーは煙草をくわえた。ホアはバリーの眼を見る。そして、ゆっくりと首を横に振った。 「南ベトナム軍にいることは分かった。恐らくは、いずれビエンホア・フロントまで下がるだろうということだが、まだ不確かだ」 バリーは、確実な情報が入るまで、待つしかないと応えた。ホアは、自分が持っていた小さなバッグを、バリーに渡した。 「“護身用”だ。完全装備は、決行日が決まり次第渡す」 バリーはバッグの中身を覗き見る。中には二挺のSIG P210が入っている。 「それでいい」 それを見ていたクルーエルが、緊張の糸が切れたのか、大きな溜息をついた。 「まぁ、それまでは久々のサイゴン観光にでも行ってくるかな」 「行ってもいいが、今は街のあちこちでアメリカ人に対する略奪が起こっている。このホテルで時を待つ方が、得策だと思うぞ」 ホアはクルーエルに言った。 「そう言うことだ。このホテルで、のんびりするさ」 バリーはクルーエルの肩を叩きながら、煙草に火を点けた。
その日の夜、食事を終えて自分の部屋に戻ったバリーは煙草を吸いながら、サイゴンの夜景を眺めていた。ネクタイを緩め、備え付けてあったバーボンを空け、グラスに注いだ。 それを口に流し込むと、ホアから渡されたP210を手にする。 弾丸をマガジンに詰め込み、装填。 バリーはベッドに腰掛けると、P210の銃口を、自分のこめかみに向けた。 彼は、時折沸きあがる激しい怒りを、抑えることが出来ずにいた。 デイビスを殺したガーツ、ジョンや最愛のアンジェリアを殺したヘイズに対しての怒りが沸きあがる。すぐにでも奴らを殺したいという衝動が、毎晩のように湧き上がっていた。 しかし、それを抑えるために、バリーは銃口を自分のこめかみに向ける。 こうすると、冷静な自分が戻ってきていた。 バリーは毎晩のように、それを繰り返していた。 「アン・・・待ってろよ・・・」 バリーは笑みを浮かべながら、小さく呟いた。
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