「大丈夫、大丈夫だから」 バリーはアンの手を強く握り返し、泣き止むようにたしなめた。 少しして、マーサが階下から氷枕を取ってきた。少し時間がかかった理由は、ジョナサンは仕事へ、母親のミミはいつものサロンへ出かけるのを見計らって来たからだった。 彼女は何も言わずバリーの頭に氷枕をあてがい、再び彼の背中を強引に見ようとした。 「駄目だ!」 バリーの抵抗もむなしく、マーサはパジャマの裾をめくり上げた。 「どうしてこんなに」 マーサが声を震わせた。バリーは恥ずかしさで何も言えなかった。傷がどれほどの痣となっていたのかはわからなかったが、自分が後ろめたい気持ちで一杯になった。 「あの人は人間じゃない。人間なら自分の息子にこんな酷い事はしない」 バリーは腕の傷を見た。鞭の痕がどす黒く腫れ上がっており、水ぶくれのようになっている。思った以上に酷いかもしれない。 マーサは何も言わずに立ち上がると、バリーの部屋を後にした。
青々とした広大なとうもろこし畑の中から、大きな籠を背負った黒人の男たちが使い古されたトラックの荷台に、収穫したとうもろこしを次々と運んでいる。 その中で唯一、とうもろこしと同じ髪の色をした体格のいい男がいた。彼はほかの男たちに混じって収穫を手伝っている。 「スピラーン神父」 そう呼ばれた男が振り返った。 「もうこの辺でいいですよ。後は積荷を運ぶだけですし」 年老いた黒人の男が言った。 「良かった。今年も豊作だったみたいだ」 スピラーンが微笑んだ。 「あんたのおかげだ」 年老いた男はとうもろこしを10本つかむと、籠に入れてスピラーンに手渡した。 「給料は出せないが、これはお礼だ。受け取ってくだされ」 ここの農民は未だに続く人種差別の格好の標的であり、満足な収入も得られていない者たちが多く存在していた。 「うまそうだね。家族でありがたく頂くとするよ」 そう言うと、カラーの付いた神父のジャケットを羽織り、赤いピックアップに乗り込んだ。キーを差し込んでエンジンをかけると、古ぼけた赤いピックアップは激しく揺れ始める。 硬いクラッチを踏み込んでギアをローに入れたとき、誰かがピックアップを叩く音に気付いた。 「神父様!」 微かに神父の名を呼ぶ声に気付く。 「マーサじゃないか」 窓の外には息を切らせたマーサが立っている。 「どうしたんだね?」 「坊ちゃんが、バリー坊ちゃんが大変なんです!」 「バリーが!?」 スピラーンはマーサを乗せると、車を走らせた。道中、マーサはバリーが父親であるジョナサンからひどい折檻を受け、高熱を出していると告げた。
|
|