男が笑みを浮かべた。 「あんた・・・MIA(行方不明者)になったって聞いたぞ。生きてたのか、ルテナン!」 隣に座った男・バリー・タウバーが、クルーエルの肩を掴んだ。 「何とか生きてる」 クルーエルは目に光るものを浮かべながら、バリーに抱きつく。 「良かった!」 「止めろ、俺はそっちの趣味はない」 バリーはクルーエルにMIAとなり、自力で帰還したことを話した。 「ウィルキンソンが何も話さなかったから、てっきり戦死したもんだと思ってた!」 「わかったから、抱きつくのは止せ」 クルーエルは、バリーの姿を改めて見た。 彼はネクタイを締め、スーツを着ている。5年前までの、タイガーファティーグ(迷彩服)を着ていた姿の印象が、全く残っていなかった。 「ところで、何でタイなんかしてるんだ・・・?」 バリーは煙草をくわえ、火を点ける。 「それじゃ、まるでビジネスマンだ・・・」 「そのことで、お前に会いに来たんだ」 そう言うと、バリーは口角を上げた。 「お前の力を借りたい」 「俺の力・・・どういうことだ・・・?」 バリーは財布から名刺を出すと、それをクルーエルに手渡した。 「俺が、始めた仕事だ」 名刺には「食品輸入総合商社・タウバー商会」とある。 「食品・・・輸入総合商社・・・?」 「危険な仕事だ・・・。報酬は弾むぞ」 クルーエルは、ますます頭をひねる。食品を輸入するのに、それほどの危険があるとは思えなかった。 「何の仕事だ?まさか、食品バイヤーとか・・・?」 バリーはその言葉に、笑い声を上げた。 「確かに、“ある意味”食品バイヤーだな」 バリーは手元にあった、ワイルドターキーを飲み干した。そして自信に満ち溢れた眼で、クルーエルを見据える。 「また、“戦場”に戻る。今度は、世界が相手だ」 バリーはそれ以上、何も言わなかった。 彼は1000ドルをクルーエルに手渡し、仕事をするなら準備金、しないのなら酒代にしろと言い残し、アイダホを去った。 クルーエルに、迷いは無かった。 バリーが言う“仕事”が、よく理解できなかったが、今の生活を抜け出す為に、彼はアイダホを出た。
イリノイ州シカゴ
クルーエルは、名刺にあった住所を探していた。シカゴ港を臨む41号線、ノース・レイク・ショア・ドライブから西へ入り、イースト・エルム・ストリートを3ブロック行ったところに、そのビルがあった。そこは1890年代に建てられたゴシック様式の古い物で、今にも崩れ落ちそうな三階建てのビルだった。 道路の路肩に車を停め、ビルの狭いエントランスに入り、階段を登る。階段を登る度、踏み板が甲高い音を出してきしむ。そして、二階のドアに辿り着いた。 ドアの真横に着いていた、呼び鈴を鳴らす。 二度目の呼び鈴を鳴らしたとき、鍵が開き、ドアが開いた。
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