中へ入ると、ヘイズは玄関の鍵を閉める。 リビングでアンは、彼にソファを薦めた。 「今、コーヒーを淹れますわ」 アンは、ヘイズの顔を見た。先ほどまで、柔和な笑みを浮かべていたその男が、彼女をじっと見詰めている。その眼光に、アンは恐怖を覚えた。 「残念だが、お前には死んでもらう」 そう言うと、ヘイズはどこからか、銀のナイフを手にした。アンは恐怖のあまり、声が出なかった。ゆっくりと近寄るヘイズから逃れることが出来ず、アンは壁に追い詰められた。 「何故・・・?」 震える声で、アンが声を発する。 「お前が生きている限り、タウバーは動かない」 「バリーが・・・?」 その名を口にした瞬間、先ほどまで感じていた恐怖が、どこかへ消え去った。その一言で、アンは全てを悟った。 「バリーに、手を出さないで・・・」 アンは、その美しいエメラルドのような碧の瞳で、ヘイズを見つめた。彼は、その瞳の美しさに、息を呑んだ。 「彼に手を出さないと約束してくれるのなら、私は喜んで、この命を貴方に差し上げます」 ヘイズは戸惑った。 人間が死の直前に見せる、恐怖と絶望の表情を見るのが好きだったヘイズにとって、彼女の表情は、今までに見たことがないものだった。 その顔に、恐怖を感じているどころか、彼女は安らぎの表情を浮かべていたのだ。 死を直前にした人間が、見せる表情ではなかった。 「分かった・・・。約束を、守ろう・・・」 ヘイズの顔から、鋭さが失せていく。彼は、少年のような穏やかな顔になっていた。それを見たアンは、目を閉じ、十字を切ると、ヘイズの前に跪いた。 ヘイズは、彼女の祈りの姿に見惚れた。 アンジェリアは、この世のものとは思えぬ美しさだった。 「すぐに・・・あの世へ逝ける・・・」 ヘイズはゆっくりとアンジェリアの胸に、銀のナイフを突き刺した。 アンジェリアの目が見開く。彼女の身体が、小刻みに震え始めた。 「大丈夫だ・・・すぐに、死は見える・・・」 彼女の瞳から、一筋の涙が零れ落ちた。 ゆっくりと突き刺したナイフを差し込んでいく。 「ジョージ・・・」 アンは息絶える瞬間、その名を呼んだ。そして、もう一人の名を呼ぶ直前、彼女は息絶えた。 崩れ行くアンの身体を支え、ブロンドの髪を触り、まだ温かい頬に触れた。 「美しい・・・」 ヘイズはアンを抱き上げると、二階へと向かい、寝室のベッドへ寝かせると、胸までシーツを被せた。 彼女が眠るその姿は、まるで天使のようだった。
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