アンジェリアは家事をこなしながら、キッチンでノートを開き、鉛筆を手にしながらずっと何かを呟いていた。何か閃くと、それをノートに取る。そのノートには、いくつもの数式が所狭しと書き込まれていた。 バリーの言ったとおり、彼女はジョージに今までの怒りを全てぶつけた。何故、お腹の子供を助けなかったのか。何故、バリーが戦死したと嘘をついたのか。 ジョージの応えは簡単だった。「君を、失いたくなかった」と彼は小さく呟いた。 彼は誠実で、実直を絵に描いたような男だった。その言葉でアンは、夫として彼を愛していたことに気付いた。
全ては、これで良かったのだ。
アンは自分にそう言い聞かせていた。 彼女は、次の年に大学へ行くことを決めた。ジョージも、それを喜んでいた。 全てが、順調に進んでいるように見えていた。
掃除機のケーブルを取り出し、それをコンセントに差し込んだ。スイッチを入れ、部屋を掃除する。いつもの手順で掃除機をかけながら、アンはずっと数式を、唄のように呟いていた。 二階の寝室に掃除機をかけていたアンは、ふと立ち止まり、一階へ降りる階段を見た。 一瞬だったが、階段へ降りる廊下に、スピラーン神父が立っていたような気がした。 しかし、そこには誰もいない。 彼は確かに、“そこ”に存在していたはずだった。 一瞬しか見てなかったのにも関わらず、スピラーン神父は悲しげな表情を浮かべていた。 アンは、言いようのない不安にかられたが、それを「気のせい」とした。 不安を振り切り、アンはまた、何事もなかったかのように、数式を呟き始めた。 その時、その不安を恐怖へと向かわせる、一階の呼び鈴が鳴り響いた。 そのベルの音に驚き、アンは思わず掃除機を落としてしまった。もう一度呼び鈴が鳴る。アンは平静を取り戻そうと呼吸を整え、一階に降りていった。 一つ目のドアを開けると、そこには身形の良い長身の男が立っていた。 「ミセス・スピラーンですか?」 「はい」 男はスーツの胸ポケットから身分証を取り出すと、彼女にそれを見せた。 「FBIのダレン・ヘイズと言います」 「夫の・・・?」 その男・ダレン・ヘイズは、柔和な笑みを浮かべた。 「今度の捜査で、スピラーン捜査官の相棒になりました」 それを聞いたアンは安心し、もう一枚のドアを開ける。 「まぁ、そうでしたの」 「今からシカゴへ向かうのですが、スピラーン捜査官が自分の家で待つようにといわれまして・・・」 アンは、ヘイズを家の中へ迎い入れた。
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