バリーは、アンジェリアを部屋に招き入れた。法律の本や、辞書、経済学や判例集などが部屋中に積み上げられている。アンは、キッチンに入ったバリーに、問いかけた。 「また、勉強をしているの?」 「ああ。イェールのロースクールへ行くんだ」 アンは、少し驚いた顔をしたが、すぐに笑顔を浮かべた。 「2年で卒業したら、またここへ戻ってくるつもりだ」 「やっと、弁護士になるのね」 「そうだな」 そう言うと、アンは積み上げられた本を開き、中を見ていた。 「お前は、どうなんだ?」 バリーは、ジョージから話は聞いたと言った。けれど、アンは何も応えなかった。 「俺が戦死したと、ジョージが言っただろ?」 アンは、バリーを見る。彼は温めたミルクを、マグカップの中に注いだ。 「俺がジョージに、そう言えと言ったんだ」 その言葉が、アンはどうしても信じられず、バリーの目を見ようとした。彼は野球帽を被っていた為、その瞳を伺うことは出来なかった。 バリーはアンにホットチョコレートを手渡す。それを見たアンは、その香りを嗅ぐと、一口だけ、口へ流した。 「おいしい・・・」 固い表情を浮かべていたアンが、柔らかな微笑を浮かべる。 「“しかめっ面も、笑顔になる”だろ?」 バリーも、笑みを浮かべた。アンは頬を、薄桃色に染めた。 「ずっと、覚えてたのね・・・」 スピラーン神父の妻、ロレーナの言葉を、バリーはずっと覚えていた。アンにソファを勧めると、自分はまとめていた荷物の上に腰掛け、被っていた野球帽を取った。 「子供は、残念だったな・・・」 バリーが視線を落とした。アンはそれに、小さく頷く。 「もう、妊娠は無理だろうって・・・」 「そうか・・・」 バリーはアンを見た。彼女は7年前と、全く変わらなかった。それどころか、その美しさが増している。 「ジョージのこと、怒っているのか?」 妊娠5ヶ月で瀕死の状態になったアンとお腹の子供を、ジョージはアンを取った。彼女は子供を助けて欲しいと懇願していたのにも関わらず、自分を取ったことに腹を立てていた。だが彼女はその気持ちを、決して表に出すことは無かった。 バリーは、そんな彼女の性格をよく知っていた。 「それに、ジョージは嘘をついていた。俺が戦死したと」 アンは、何も言わなかった。 「さっきも言ったが、俺が戦死したと、お前に言えと言ったのは、俺だ」 「嘘よ」 バリーはジョージをかばった。 「貴方が、どうしてそんな嘘をつくの?」 「嘘じゃないさ」 バリーはアンの目を見る。彼女の碧の瞳が、涙で濡れ、それは宝石のように輝いていた。 「あの時、俺たちは離れた方がいいと思ったからだ」
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