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作品名:サイレンス 作者:ぴきにん

第144回   144
バリーがベトナムから帰還し、2年の月日が流れていた。1972年3月のことである。
バリーは野球帽を取り、ウィルキンソンを見た。髭と縮れた髪が、真っ白に染まっている。たった2年で、彼は年老いていた。
「よく、生きていたな!」
ウィルキンソンは、その目に涙を溜めた。彼はカウンターにいた体格の良い女性を呼ぶと、バリーに紹介した。彼女はウィルキンソンの妻で、スーザンといった。
「何故、あの時・・・」
バリーが言うと、ウィルキンソンは店の椅子に座れと、言葉を遮った。
「何か、飲むかい?」
スーザンがバリーに問いかける。
「コーヒー・・・いや、ホットチョコレートを」
その注文に、スーザンが微笑んだ。
ウィルキンソンは、スーザンが出したコーヒーを一口飲むと、“あの時”のことを語りだした。
バリーがMACV-SOGに入ってから、ガーツ、ヘイズと対立していたのは、薄々気付いていたという。そして、バリーの不振な行動も、彼らと関係があると気付いていた。
「元々、俺はCIAの奴らが大嫌いでな」
ウィルキンソンが、豪快に笑った。彼はカウンターにあった写真立てをスーザンにとってもらうと、それをバリーに見せた。
「息子のデレックだ」
そこには、白い歯を見せて笑顔を浮かべている青年が写っていた。彼は68年のケサンの戦いで戦死したと言い、バリーと同い年だとも言った。
「志願しようとする息子を、止められなかった。あの子が死んだのも、俺のせいだ・・・」
カウンターに立っていたスーザンも、夫の言葉に耳を傾けていた。
「あの時、ああしなければ、お前はガーツに殺されるか、良くてもロング・ビン・ジェイル(ロンビン刑務所)に送られるかだ」
ウィルキンソンは、バリーの肩を掴む。
「目の前で、あの子と同い年のお前が殺されると分かってて、何故、黙っていられるんだ?」
「大尉・・・」
バリーは、優しい言葉に目に涙を溜めた。
「だが、心配したぞ。肩を狙ったのに、お前が一時、危なかったからな・・・」
バリーは、その後の経緯を話した。記憶の一部を失くしたこと、帰還して、甦ったその記憶に悩まされたこと。
「だけど良かった。お前が生きていただけで、俺は何も思い残すことはない」
ウィルキンソンは、バリーが一時、危篤状態になったものの、その生死を確認できなかった。彼は、すぐにラオス侵攻作戦に参加。ラオス解放軍や入民武装勢力との激戦の末に、負傷した。半身不随となった上、両足を切り落とさざるを得なかった。
負けると分かっていた戦争に、誇り高いウィルキンソンは敢えて戦いを挑んでいたのだった。
「大尉・・・。俺も、あんたが生きていると分かっただけで、思い残すことはないよ」
バリーの言葉に、ウィルキンソンが笑う。
「若いくせに、思い残すという言葉は、お前には似合わない」
そしてウィルキンソンは、バリーに「生きろ」と言った。


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