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作品名:サイレンス 作者:ぴきにん

第141回   141
ハワイのトリプラー陸軍病院を退院し、バリーはアメリカ本土へ戻った。
精密検査の結果は異常なしと出たが、未だに記憶は戻らなかった。
バリーは、カリフォルニア州マリスビルにある、ビール空軍基地に降り立つ。そこへ彼を待ち受けていたのは、「戦争反対」「ベイビーバーニング(赤ちゃん殺し)」などが書かれたプラカードを掲げる、反戦運動の若者たちだった。彼等は帰還した兵士を詰り、唾を吐き、卵を投げつけた。
バリーは、その集団の中に、ヘザーの姿を見た気がした。

1ヶ月の予備役の期間が過ぎ、バリーは3年間のツアー・オブ・デューティー(従軍期間)を経て、晴れてアメリカ陸軍を除隊した。
バリーには、行くあてが無かった。
安ホテルを転々とし、毎日酒に溺れるようになった。女を買い、悦楽を求めたが、どの女もサラと感じた愉悦を得ることは出来なかった。
バーに入って、喧嘩も絶えなかった。あれほど最強を誇っていた合気道も、泥酔していては全く使い物にならなかった。バリーは喧嘩をする度、警察の留置場で一晩を過ごしていた。
その日もバリーは留置場の寒さと、アルコールが抜けかけの時に起こる寒さで、身体の震えが止まらなかった。酷い頭痛に襲われる。割れそうな痛みが、絶え間なくバリーの頭を襲っていた。ベンチで寝ながら頭を押さえていると、留置場のドアが開く。警官の後ろに、スーツを着込んだ黒い眼帯の男が立っていた。
「タウバー、面会だ」
バリーは男を見上げる。身体つきの良い初老の男は、バリーを冷たい視線で見下した。
「酷いナリだな、クソ坊主!」
デボア家の“モビーディック”だった。
「出たな・・・ゴーストめ!」
バリーは彼を睨みつける。
「たかが女一人にフラれたぐらいで、何だそのザマは?」
「あんたに、何が分かるんだ・・・」
モビーディックは、バリーが寝ているベンチに腰掛ける。
「そんな事で、デボア家が継げるのか?」
バリーはもう一度、モビーディックを睨みつける。
「そんなものに、興味は無い」
「当主になれば、世界最高の美女も抱けるんだぞ」
モビーディックが、下品な冗談を言った。バリーはそれが気に入らなかった。
「デボアって、何なんだ?」
その言葉に、モビーディックが憫笑を浮かべる。
「お前が当主の座に座れば、この世界の“真実”が分かるだろう」
「どいつも、こいつも、馬鹿にしやがって!」
咄嗟に起き上がると、バリーはモビーディックの襟首を掴もうとするが、彼に手をひねられ、あっという間に地面に叩き伏せられてしまった。
「だから、お前は“クソ坊主”なんだ」
モビーディックが、バリーの腕をひねり上げる。バリーの顔が苦痛に歪んだ。
「まぁいい。女に溺れるのも、酒に溺れるのも、若いからこそ出来る“特権”だ」
モビーディックは立ち上がり、乱れたスーツを正すと、留置場の扉を出た。彼はその場を離れる直前、バリーにこう吐き捨てた。
「せいぜい、若さを愉しむがいい」


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