その夜、バリーはサラの宿舎で、一夜を過ごした。 二人は互いを確かめ合い、触れ合うことに愉悦を感じていた。だが、バリーに対するその想いが強くなるほど、サラは不安を感じた。離れることに不安を感じていたのか、自分が本気になってしまったことに不安を感じたのか、それは分からなかった。
朝が訪れ、朝食をとった後、二人はサイゴン陸軍病院へ向かった。バリーが病院を出て、ハワイへ向かう準備をするためだった。昨日までよく喋っていたバリーが、朝から口数が少なくなっていた。サラは、何故なのか問いかける。バリーは、ここを離れたくないと応えた。 サイゴン陸軍病院に辿り着くまで、バリーは繋いだ手を握り締めていた。二人は何も話さなかった。高鳴る鼓動を抑えることが出来ず、二人は呼吸を乱していた。 その時、一台の農業用ピックアップと、三台の自転車が、サイゴン陸軍病院に向かっている。 バリーは立ち止まった。 「どうしたの?」 サラが問いかけるが、バリーは何も応えない。 農業用ピックアップと、三台の自転車にはベトナム人が乗っている。ただの農民に見えた。 次の瞬間、バリーの目には全ての世界が止まって見えた。 彼らに、殺気を感じたのだ。バリーは、サラの背中を突き飛ばす。 「中へ逃げろ!」 サラは何が起こったか理解できない。 「早く!」 サラは、言われるがままに、病院のエントランスへ走る。バリーは、病院の門に立っているMPの腰に着けていたピストルを抜き出すと、迫ってくるピックアップと自転車に銃口を向ける。彼にピストルを奪われたMPも、咄嗟のことに困惑したが、すぐにそれを理解する。 迫ってきたピックアップと自転車に乗ったベトナム人達が、AK47をこちらに向けてきたのだ。 「テロだ!」 MPが声を上げる前に、バリーは彼らに銃弾を撃ち込んだ。一人、二人の自転車のベトナム人を倒す。その度に、荷台に着けていた爆弾が爆発し、地面を揺るがした。 サラはバリーの横顔を見た。 それは愛した男の横顔ではなく、ただの殺人鬼の横顔だった。 バリーはピックアップのタイヤを撃ちぬき、病院の門の直前でそれを止めた。ピックアップは横転し、その拍子に爆発を起こす。残りの一人は、見張り台に登っていたMPが撃ち殺していた。 65年ごろから続いていた、ベトコンによる、爆弾テロだった。 サラは我に返ると、彼女は自分の成すべき事をしようとする。立ち上がり、倒れていたベトコンの頚動脈に触り、まだ生きているか確認しようとした。そのベトコンは、まだ息があるようだった。 「どけ!」 バリーはサラを突き飛ばすと、まだ息のあったベトコンの額に弾丸を撃ち込み、とどめをさした。 「何をするの!?」 サラの張り上げた声に、バリーが怯んだ。 「彼は、まだ生きていたのよ!」 「こいつは敵だ!殺らなきゃ、お前が死んでる!」 バリーも、サラが倒れていたベトコンに手を施そうとしていたことは、分かっていた。目の前の命を救うのが、彼女の医師としての使命だった。 サラが立ち上がり、バリーを見た。彼女の目から、とめどなく涙が零れ落ちる。 「どうしても、不安が拭いきれなかったの。何故だか、分からなかった・・・」 「サラ・・・」 彼女は首を振った。 「私たち、決して同じ道を歩むことは出来ないわ・・・」 サラは、バリーの元を去った。彼は、彼女を引き止めることが、出来なかった。自分に起きていたことが、理解できなかったからだ。 アメリカ・ハワイ州オワフ島のトリプラー陸軍病院に着いた後、バリーはサラからの手紙を受け取った。それは、別れの手紙だった。 サラがバリーに感じていた不安、それは、彼が何人もの人間を殺してきたという、血の臭いだった。戦争という極限状態の中で、バリーは敵を殺してきた。彼にとって、それは生きる為ではなく、任務を遂行する為の手段だった。 「私は、これからも貴方が殺そうとしていた人たちも、救います。人の命に、敵も味方も無いのです」 手紙の最後に書かれていた言葉だった。 バリーは手紙を読んだ後、10日以上も、病院のベッドから立ち上がることが出来なかった。
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