20代から中高年のための小説投稿 & レビューコミュニティ
 ようこそゲストさん トップページへ ご利用方法 Q&A 操作マニュアル パスワードを忘れた
 ■ 目次へ

作品名:サイレンス 作者:ぴきにん

第140回   140
その夜、バリーはサラの宿舎で、一夜を過ごした。
二人は互いを確かめ合い、触れ合うことに愉悦を感じていた。だが、バリーに対するその想いが強くなるほど、サラは不安を感じた。離れることに不安を感じていたのか、自分が本気になってしまったことに不安を感じたのか、それは分からなかった。

朝が訪れ、朝食をとった後、二人はサイゴン陸軍病院へ向かった。バリーが病院を出て、ハワイへ向かう準備をするためだった。昨日までよく喋っていたバリーが、朝から口数が少なくなっていた。サラは、何故なのか問いかける。バリーは、ここを離れたくないと応えた。
サイゴン陸軍病院に辿り着くまで、バリーは繋いだ手を握り締めていた。二人は何も話さなかった。高鳴る鼓動を抑えることが出来ず、二人は呼吸を乱していた。
その時、一台の農業用ピックアップと、三台の自転車が、サイゴン陸軍病院に向かっている。
バリーは立ち止まった。
「どうしたの?」
サラが問いかけるが、バリーは何も応えない。
農業用ピックアップと、三台の自転車にはベトナム人が乗っている。ただの農民に見えた。
次の瞬間、バリーの目には全ての世界が止まって見えた。
彼らに、殺気を感じたのだ。バリーは、サラの背中を突き飛ばす。
「中へ逃げろ!」
サラは何が起こったか理解できない。
「早く!」
サラは、言われるがままに、病院のエントランスへ走る。バリーは、病院の門に立っているMPの腰に着けていたピストルを抜き出すと、迫ってくるピックアップと自転車に銃口を向ける。彼にピストルを奪われたMPも、咄嗟のことに困惑したが、すぐにそれを理解する。
迫ってきたピックアップと自転車に乗ったベトナム人達が、AK47をこちらに向けてきたのだ。
「テロだ!」
MPが声を上げる前に、バリーは彼らに銃弾を撃ち込んだ。一人、二人の自転車のベトナム人を倒す。その度に、荷台に着けていた爆弾が爆発し、地面を揺るがした。
サラはバリーの横顔を見た。
それは愛した男の横顔ではなく、ただの殺人鬼の横顔だった。
バリーはピックアップのタイヤを撃ちぬき、病院の門の直前でそれを止めた。ピックアップは横転し、その拍子に爆発を起こす。残りの一人は、見張り台に登っていたMPが撃ち殺していた。
65年ごろから続いていた、ベトコンによる、爆弾テロだった。
サラは我に返ると、彼女は自分の成すべき事をしようとする。立ち上がり、倒れていたベトコンの頚動脈に触り、まだ生きているか確認しようとした。そのベトコンは、まだ息があるようだった。
「どけ!」
バリーはサラを突き飛ばすと、まだ息のあったベトコンの額に弾丸を撃ち込み、とどめをさした。
「何をするの!?」
サラの張り上げた声に、バリーが怯んだ。
「彼は、まだ生きていたのよ!」
「こいつは敵だ!殺らなきゃ、お前が死んでる!」
バリーも、サラが倒れていたベトコンに手を施そうとしていたことは、分かっていた。目の前の命を救うのが、彼女の医師としての使命だった。
サラが立ち上がり、バリーを見た。彼女の目から、とめどなく涙が零れ落ちる。
「どうしても、不安が拭いきれなかったの。何故だか、分からなかった・・・」
「サラ・・・」
彼女は首を振った。
「私たち、決して同じ道を歩むことは出来ないわ・・・」
サラは、バリーの元を去った。彼は、彼女を引き止めることが、出来なかった。自分に起きていたことが、理解できなかったからだ。
アメリカ・ハワイ州オワフ島のトリプラー陸軍病院に着いた後、バリーはサラからの手紙を受け取った。それは、別れの手紙だった。
サラがバリーに感じていた不安、それは、彼が何人もの人間を殺してきたという、血の臭いだった。戦争という極限状態の中で、バリーは敵を殺してきた。彼にとって、それは生きる為ではなく、任務を遂行する為の手段だった。
「私は、これからも貴方が殺そうとしていた人たちも、救います。人の命に、敵も味方も無いのです」
手紙の最後に書かれていた言葉だった。
バリーは手紙を読んだ後、10日以上も、病院のベッドから立ち上がることが出来なかった。


← 前の回  次の回 → ■ 目次

■ 20代から中高年のための小説投稿 & レビューコミュニティ トップページ
アクセス: 12