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作品名:サイレンス 作者:ぴきにん

第14回   14
書斎のドアが開き、中からマーサに抱えられたバリーが出てきた。
「明日一日、こいつを外に出すな!」
ジョナサンの怒号が響く。ドアが締まった後、マーサは気を失いかけているバリーを抱き上げ、彼の部屋に向かった。
「ぼっちゃん、何故私がアン嬢さまを外に出したと言わなかったんですか?」
マーサの太い腕にしがみ付きながら、バリーは応えた。
「悪いのは、マーサでもジョージでも、アンでもない。みんなあいつが悪いんだ・・・」
やっとの思いで自分の部屋に辿り着くと、バリーはうつ伏せに倒れこんだ。マーサはバリーの背中に負った、鞭の傷跡の具合を見ようとしたが、彼はそれを拒んだ。自分は大丈夫だと応え、マーサを部屋から出した。
少し経ち、熱くなった背中の痛みよりも睡魔が勝とうとした時、ドアに気配を感じた。見ると、アンジェリアが眉間にしわを寄せ、人形を抱えたまま立っていた。
「何だよ?」
何も応えず、アンはバリーのベッドの傍まで来ると、ドアの方を向いて座り込んでしまった。
「あっち行けよ!」
「嫌よ!」
アンはドアを見据えながら応えた。
「そんな所で、何するんだよ」
「見張ってるの」
「見張り?」
「パパがバリーのこといじめない様に、ここで見張ってるの!」
何も言えなくなったが、自分の意に反した態度をとった。
「自分の部屋に帰れよ!」
「嫌よ!」
「じゃあ、勝手にしろ!!」
そう言うと、バリーは座り込むアンを無視してシーツを頭から被りこんだ。

窓の外が白み始めた頃、背中の痛みで目を覚ました。朦朧とした意識の中で、彼はベッドの下を覗いた。そこにはアンが蹲ったまま、眠ってしまっている。アンに呼びかけるが、夢うつつな彼女はそれでもまだ、嫌と応えていた。
背中の痛みに耐えながら、ベッドから降り立つと、眠り込んでいるアンを抱き上げ、自分のベッドに寝かせた。
バリーはその傍らで座ったままベッドにしがみ付き、静かに寝息を立てるアンジェリアの顔を見た。何の不幸も感じさせないその安らかなアンの眠りに、バリーはふと、彼女の"存在"に気付いた五年前を思い起こした。
あの日も、父親の折檻による痛みに耐えながら、ベッドに蹲り、涙を流していた。
背中の痛み、何も出来ない悔しさ、幼いバリーがあらゆる全てのものに絶望しかけていた時だった。
ふと頬に伝わる冷たいものを感じ、後ろを振り返ると、幼いアンジェリアが静かな涙を流しながら、バリーの髪に触れ、寂しそうな表情を浮かべている。
「泣かないで、バリー」
それまで言葉を待たなかった人形のようなアンが、初めて見せる人としての感情だった。
「泣かないで」
その瞬間、バリーはアンの存在に気付く。彼は妹が産まれた事も、彼女が"学習障害"という重い病を背負っていたことにも、気付いていなかった。幼い頃からの父親の折檻が、彼を這い上がることの出来ない狭く、暗い空間に孤立させていたが、産まれて初めて感情を持ったアンに、一筋の光明を見たのだった。
「あのとき、本物の天使が来たって思ったんだ」
静かに寝入るアンを見ながら、自分に語り掛けるように呟いた。


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