バリーの血圧も安定し、風景が激しく揺らめいていた眩暈も治まっていた。 あとは、アメリカ・ハワイ州オワフ島にあるトリプラー陸軍病院に移り、「ブラック・アウト」記憶傷害に対しての精密検査を受けるのみとなった。 長かった3年間の従軍期間を終え、ついに、このベトナムを離れる日が来た。 サイゴン陸軍病院を出る二日前、バリーはサラを呼び止める。 「俺との“契約”、忘れてないだろうな!」 「あら、何のことかしら?」 サラはカルテを手に、平然を装った。バリーは指に輪ゴムをかけ、サラの手にめがけ、それを飛ばす。輪ゴムは見事に彼女の手に命中する。 「痛いわね!」 サラは手にしていたカルテを落としてしまった。 「お前が、無視をするからだ」 彼女は、わざとバリーと視線を合わせようとしなかった。その姿を見たバリーは申し訳なさげに、下を向く。彼は少年のように、彼女に甘えの姿勢を見せた。それに気付いたサラは、笑みを浮かべる。 「覚えているわよ。もし良かったら、昼から非番だから、行く?」
二人は、サイゴンの街へ出た。昼食をとり、街を散策する。普段から冷静で口数の少ないバリーが、このときは高揚する気持ちを抑えきれなかった。彼はよく笑い、よく喋った。サラから、ひと時も視線を離さなかった。彼女も、バリーの気持ちに気付いていた。だが、彼女には不安ばかりが過ぎっていた。二日後には、バリーはベトナムを離れるのだ。彼の自分に対する気持ちは、そう長くは続かないだろうと考えていた。 夜になり、二人がサイゴン陸軍病院に帰る前、バリーはサラの手を握り、目を見ながら囁いた。 「アメリカに戻っても、また会えるかな?」 サラは、何も応えなかった。 「いや、また会いたい・・・」 彼女は、バリーの瞳から目をそらした。 「どうした?」 「私たち、離れ離れになるのよ。幸せになれっこないわ」 「どうして?」 バリーは目をそらしたサラの目を見た。 「どうしてって・・・離れたら、気持ちも離れるわ・・・」 その言葉に、バリーは微笑む。 「それは、お前の思い込みだ。多分、お前のような女には、二度と出会えないだろう」 サラの目に、涙が溜まり始めた。 「お前のような、スプーキー(変人)には・・・」 その言葉に、サラが思わず笑う。 「一緒にいて、楽しいし、安らぐ。こんな気持ちは、初めてなんだ」 サラは涙を流しながら、バリーの言葉に微笑んだ。 「お前と話すだけで、幸せなんだ。離れてたって、構うもんか」 「バリー・・・」 「手紙、書くよ。俺が毎日、何を感じて生きてるか、聞いて欲しい」 サラは溢れ出る涙を、手で拭い取る。 「私も、書くわ・・・。手紙・・・」
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