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作品名:サイレンス 作者:ぴきにん

第138回   138
医師としての腕も良く、豪胆かつ繊細で、男顔負けの女性だった。興味のあるものは「人間の内臓」であり、男に興味は無いと言い、バリーに対しても「興味があるのは、貴方の内臓だけよ」というくらい、変人だった。それなのに、あまりの睡魔に負けて、戦死した兵士のベッドで平気で眠ることが出来るのに、彼女の嫌いなものは「お化け」だった。
バリーは、常に変わるサラの表情に魅せられていた。怒るときは全力で怒り、笑うときは大口を開けて豪快に笑う。
話が合い、気も合う。何よりも、彼女に対しては安らぎを感じていた。

それは、アンジェリアに対して感じていたものと、似ていた。

「おい、スプーキー(変人)」
それは、バリーがサラを呼び止めるときの、あだ名だった。それに対し、サラはいつも剣幕を立てる。
「誰がスプーキーよ!」
こんなやりとりが、毎日続いていた。

ある日の夜、テラスでベンチに座り、夜風に当たっていたとき、背後から自分の名を呼ぶ声がした。振り返ると、サラが立っている。彼女はバリーの隣に座り、彼にホットチョコレートを手渡した。
「貴方の好物は、どうしてコーヒーじゃなくてホットチョコレートなの?」
バリーは手渡されたホットチョコレートを啜りながら、微笑を浮かべる。
「この甘さで、しかめっ面も、笑顔になるだろ?」
その言葉に、サラが思わず笑ってしまった。
「やっぱり貴方も、変人だわ」
サラも、手にしていたコーヒーをすすり、夜空を見上げる。そよ風が吹いていた。11月だというのに、ベトナムの夜風は心地よいものだった。
「前に、女でも戦場に出られるって証明する為に、軍医になったって言ったけど・・・」
バリーは、何も言わずに彼女の話に、耳を傾けた。
「あれ、嘘なの」
サラは、誰にも話したことが無い、自分の過去を打ち明けた。
「ベトナムへ志願したのは、父に反抗する為よ」
彼女の家は、代々医師の家系だった。彼女には年の離れた兄がいて、彼は生まれたときから、医師になる運命を背負っていた。しかし、兄が目指していたのは、医師ではなくヴァイオリニストだった。
「父は、彼が命よりも大事にしていた、ヴァイオリンを壊したの」
もう、抗えないと悟った彼女の兄は、首を吊って自殺する。それを発見したのは、幼いサラだった。
「私は、彼が弾くヴァイオリンが好きだったわ」
父親への反抗の為に、サラは医師になり、そして反対を押し切ってベトナムへ志願したと話した。
「彼を死に追いやった父が、大嫌いなの。私の大切な人が、殺されたのよ」
そう言うと、コーヒーをまた一口啜る。
「私って、嫌な女でしょ?」
「そうだな」
バリーが間髪いれず、それに応えた。サラは、彼の背中を叩く。
「でも、多分俺のほうが、嫌な奴だ。俺は父親を、今でも殺したいと思ってる」
バリーは、全てをサラに話した。父親に対しての憎しみ、母親に対しての怒り、アンジェリアに対しての想い。そのせいで、ヘザーが自殺したことも。
「どうだ、俺のほうが嫌な奴だろう?」
サラは、バリーの目を見つめる。
二人は、吸い寄せられるように、口づけを交わした。


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