医師としての腕も良く、豪胆かつ繊細で、男顔負けの女性だった。興味のあるものは「人間の内臓」であり、男に興味は無いと言い、バリーに対しても「興味があるのは、貴方の内臓だけよ」というくらい、変人だった。それなのに、あまりの睡魔に負けて、戦死した兵士のベッドで平気で眠ることが出来るのに、彼女の嫌いなものは「お化け」だった。 バリーは、常に変わるサラの表情に魅せられていた。怒るときは全力で怒り、笑うときは大口を開けて豪快に笑う。 話が合い、気も合う。何よりも、彼女に対しては安らぎを感じていた。
それは、アンジェリアに対して感じていたものと、似ていた。
「おい、スプーキー(変人)」 それは、バリーがサラを呼び止めるときの、あだ名だった。それに対し、サラはいつも剣幕を立てる。 「誰がスプーキーよ!」 こんなやりとりが、毎日続いていた。
ある日の夜、テラスでベンチに座り、夜風に当たっていたとき、背後から自分の名を呼ぶ声がした。振り返ると、サラが立っている。彼女はバリーの隣に座り、彼にホットチョコレートを手渡した。 「貴方の好物は、どうしてコーヒーじゃなくてホットチョコレートなの?」 バリーは手渡されたホットチョコレートを啜りながら、微笑を浮かべる。 「この甘さで、しかめっ面も、笑顔になるだろ?」 その言葉に、サラが思わず笑ってしまった。 「やっぱり貴方も、変人だわ」 サラも、手にしていたコーヒーをすすり、夜空を見上げる。そよ風が吹いていた。11月だというのに、ベトナムの夜風は心地よいものだった。 「前に、女でも戦場に出られるって証明する為に、軍医になったって言ったけど・・・」 バリーは、何も言わずに彼女の話に、耳を傾けた。 「あれ、嘘なの」 サラは、誰にも話したことが無い、自分の過去を打ち明けた。 「ベトナムへ志願したのは、父に反抗する為よ」 彼女の家は、代々医師の家系だった。彼女には年の離れた兄がいて、彼は生まれたときから、医師になる運命を背負っていた。しかし、兄が目指していたのは、医師ではなくヴァイオリニストだった。 「父は、彼が命よりも大事にしていた、ヴァイオリンを壊したの」 もう、抗えないと悟った彼女の兄は、首を吊って自殺する。それを発見したのは、幼いサラだった。 「私は、彼が弾くヴァイオリンが好きだったわ」 父親への反抗の為に、サラは医師になり、そして反対を押し切ってベトナムへ志願したと話した。 「彼を死に追いやった父が、大嫌いなの。私の大切な人が、殺されたのよ」 そう言うと、コーヒーをまた一口啜る。 「私って、嫌な女でしょ?」 「そうだな」 バリーが間髪いれず、それに応えた。サラは、彼の背中を叩く。 「でも、多分俺のほうが、嫌な奴だ。俺は父親を、今でも殺したいと思ってる」 バリーは、全てをサラに話した。父親に対しての憎しみ、母親に対しての怒り、アンジェリアに対しての想い。そのせいで、ヘザーが自殺したことも。 「どうだ、俺のほうが嫌な奴だろう?」 サラは、バリーの目を見つめる。 二人は、吸い寄せられるように、口づけを交わした。
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