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作品名:サイレンス 作者:ぴきにん

第135回   1970年11月 サラ・マクミラン
「お前は・・・?」
見上げると、白衣を着た女が立っていた。彼女は外れかけた点滴の針を、刺しなおす。
「ここの軍医」
女はバリーの右腕にカフを巻きつけ、ワゴンの上に乗せていた血圧計のポンプを押し、ベルトに空気を送り込む。
「まだ、血圧が低いわね」
バリーは女が左胸に着けていた名札を見た。サラ・マクミランとある。
「おい」
その呼びかけに、軍医・サラがバリーの目を見た。
「今日は何日だ?」
サラはベッドの隣にあったチェストの上から、卓上カレンダーを手にすると、4の数字を指差した。
「11月4日よ。ここへ来て、10日が経ったわ」
「10日・・・」
バリーは何かを思い出そうとしていた。彼は、自分が誰に撃たれたのか、何故撃たれたのか、記憶が無かった。何かを成そうとしていた筈なのに、それが何なのかも分からなかった。
「今度、点滴を外そうとしたら、殺すわよ」
サラが微笑を浮かべながら、バリーを見下ろした。その冗談に、バリーの口角が上がる。
「医者のクセに、口の悪い女だな」
「あら、お互い様だわ」
サラは冷ややかに笑う。
「絶対安静よ。血圧がまだ安定してないんだから、ヘタに動くと死ぬわよ。いいわね?」
バリーは目をそらした。サラが病室を出ると、右の包帯を巻いた男に声をかける。「煙草は無いか?」と言うと、その男はチェストの引き出しに入っていると応えた。
「ルテナン(中尉)、サラが言ってたけど、動いたら死にますよ」
男が言う。しかしバリーは、無理にでも上体を起こした。全身に激痛が走る。
「構わん。死ぬ前に、煙草だけは吸っておきたい・・・」

バリーは点滴スタンドを杖代わりに、ふらつきながら、ゆっくりと歩いていた。血圧が低いせいか、難破船に乗ったときのように、風景が揺らめいている。平行感覚が全く分からなかったが、バリーの頭の中には煙草を吸う事しかなかった。
病室を出て、廊下の外にテラスがある。そこにベンチがあり、バリーは息も絶え絶えに腰を下ろした。そして煙草をくわえると、待ち構えたように火を点ける。吸い込んだ煙を肺の中まで充満させると、ゆっくりと、惜しむように吐き出した。
自分の中で、落ち着きを取り戻す。
煙草しか頭に無かったが、次のことを考えられるようになった。

ここはベトナムであり、自分は“中尉”である。

バリーは、それしか分からなかった。
どこの部隊に所属し、誰に撃たれのか、自分が何故ここにいるのか、全く思い出せない。
「何か・・・成すべきことが、あった筈だ」
煙草を吸えば思い出すかと思っていたが、現実はそう簡単にはいかなかった。
その時、背後で女のかなきり声が聞こえた。
「あんた、死ぬ気!?」
ゆっくりと目を細めながら振り返ると、サラが憤怒の表情を浮かべている。
「早く、ベッドに戻りなさい!」
サラの顔は、怒りで真っ赤に染め上がっている。バリーは表情を変えないまま、サラの顔を見つめた。
「お前、よく見ると可愛い顔をしているな」


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