ハルバーリンの目の前に、切り落とした少年の首を投げた。 「“残党”は一人だけだった」 バリーはラッキーストライクを取り出し、一本くわえる。 「満足か?」 バリーは持っていたジッポで、煙草に火を点けた。 「上出来だ」 ハルバーリンは、満足気な笑みを浮かべた。
カンボジア侵攻が始まり、各地でアメリカ軍、南ベトナム軍、南に訓練されたカンボジア軍が、ベトナム人居留者を探し出し、虐殺と破壊、強姦、略奪の限りをつくした。 このスヌールよりも大きな人口密集地ミモトやスレクツム、幾多の村や町で、この残忍な行為は繰り返されていった。
この年に始まったカンボジア侵攻を、ニクソンは大成功だったと主張した・・・。
「クソ野郎!」 ジョンが叫んだ。彼に殴られた、バリーの身体が吹っ飛ぶ。バリーの顔は血まみれになっていた。 「ジョン、もうよせ!」 クルーエルがジョンの腕を掴むが、彼の興奮は止まなかった。 「この野郎だけは、許せねえ!」 怒りに満ちたジョンを見ても、バリーは何も言わなかった。 「お前は、無抵抗の人々を無残に殺していったんだ!」 更にバリーに殴りかかろうとするが、クルーエルがその身体を、身を呈して止めた。クルーエルの行動で、ようやくジョンの怒りが治まりかける。 「神に懺悔しろ!」 そう言い捨てると、ジョンは自分のテントへ戻ろうとした。 「お前は、間違ってる!」 バリーが言う。ジョンが振り返った。 「居もしない“偶像”に、何故悔い改める必要がある!?」 「何だと?」 「俺が悔い改めるのは、神じゃない!」 バリーはジョンを見据える。 「俺が許しを請い、悔い改めるのは、死んだ者達に対してだけだ!」 その言葉は、敬虔なクリスチャンであるジョンには、信じ難いものだった。彼が信じる“神”を、真っ向から否定されたのだ。 「勝手にしろ!」 ジョンは怒りを再燃させながら、自分のテントへ戻った。それを見送ったクルーエルが、倒れたバリーの傍へ近寄った。 「ルテナン(中尉)、あんたならさっきのジョンの拳も、ハルバーリンの野郎の拳も、簡単に避けられた筈だ」 クルーエルは、柔和な笑みを浮かべる。 「何が言いたい」 バリーが彼を睨みつけた。 「あんたは、不器用な男だな」 そう言うと、クルーエルはバリーの肩を叩いた。 「俺は、あんたを信じてるよ」 バリーは、クルーエルの手を振り払った。クルーエルは、笑いながら自分のテントへ戻っていった。 その様子を、ヘイズが影で聞いていた。
バリーは自分のテントへ入った。以前のような、下士官用のテントではなく、将校用の個人テントだった。テントの灯りを点けると、バリーはその場に立ち尽くした。 目の前に、光と共に自分が殺害した人間の顔が、フラッシュバックとなって何度も甦った。バリーはたまらず膝をついた。その顔の中に、スピラーン神父の死に顔も浮かんでいる。彼の呼吸が乱れ始め、思わず嘔吐した。
その夜、バリーは何度も記憶の中で浮かび上がる死人の顔に、夜も眠れぬほど苦しんでいた・・・。
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