“会見”は一時間以上に渡った。結果、ロン・ノルは蜂起することを決意する。アメリカは経済支援と軍事支援を約束し、バリーは情報提供と武器調達を約束した。“会見”を終えた車の中で、スネップはバリーに訊ねた。 「あのCOSVN(南ベトナム中央局)で得た資料は、何故お前が持っているんだ?」 バリーは何も応えなかった。 「お前のSOG報告を読んだが、COSVNで捕らえた捕虜がいたはずだが、NVAの攻撃に遭い、死んだと書いてあった・・・」 バリーはスネップを見据える。 「まさか・・・お前の本当の目的とは、武器販売の独占ではなく・・・」 バリーは、ゆっくりと首を横に振った。“これ以上、何も言うな”と言っているのだった。車がラッフルズ・ホテルの前で停まる。スネップはバリーの顔を見ている。彼は、バリーの真意を悟った。 「ミスター・スネップを、“丁重”にお送りしろ」 バリーがデボアのケースオフィサーに言った。スネップは車を出る。後にデボアの男も続いた。
バリーとホアを乗せた車は、プノンペン国際空港に入った。滑走路が見える側道に入ると、そこに一台の黒い車が停まっている。その中から、モビーディックが出てきた。バリーを乗せた車もその隣に停まる。 「どうだ?」 モビーディックが言う。 「ロン・ノルはクーデターを決意したようだが、恐らく実行までは時間がかかるだろう」 ロン・ノルはシアヌークを裏切ることは出来ない。シアヌークを追放するのではなく、現政権を奪取するだけだとバリーは読んだ。 「シアヌークが海外に出かけている隙に、行動するだろうな」 事実ロン・ノルがクーデターを起こしたのは、その日から8ヶ月後の3月18日、シアヌークが癌治療でモスクワと北京へ出ている隙に、クーデターを起こしていた。 「“第二の試練”は成功しそうか?」 モビーディックの問いに、バリーが頷いた。 「“カンボジアに内戦を勃発させる”・・・。もともと、ロン・ノルも在留ベトナム人を嫌っていたようだ。彼らがベトナム人を迫害すれば、シアヌークは“クメール・ルージュ”に呼びかけ、決起させるだろう。そうなれば、内戦は必然と起きる」 翌年、シアヌークがロン・ノルによって追放されたあと、彼は亡命先の北京でカンプチア民族統一戦線を結成し、ポル・ポト率いる武闘極左勢力“クメール・ルージュ”に反ロン・ノルという共闘を呼びかける。それにより、カンボジアは同国人同士を虐殺させるという、出口の見えない内戦に発展していくのだった。 「タウバー!」 突然車の中から、ホアが声を荒げながら出てきた。 「俺はもう、降りる!」 「どうした、ホア?」 バリーが振り返った。 「カンボジアの在留ベトナム人は、何の罪も無い!それを、お前は奴らに“殺せ”と言ったんだ!」 ホアはスーツのジャケットを脱ぎ捨て、地面に叩きつけた。熱くなったホアに対し、バリーは冷たい瞳を彼に向けた。 「それが何だ」 バリーの反応に、ホアは呆気に取られた。 「やってられん」 ネクタイを外し、それも地面に落とす。 「ベトナムへ来た頃のお前は、そんな男じゃなかった。正義感が強く、優しかった」 ホアは肩を落とし、その場を去った。バリーは、彼に何も言わなかった。ただ平然と、ホアの背中を見詰めていた。 「追いかけなくて、いいのか?」 モビーディックが言う。 「好きにすればいい・・・」 バリーは、冷徹な瞳を崩さなかった。 「あいつは、いい男だ。モンタニヤードで終わらせるには、実に惜しい男だ」 モビーディックは葉巻をくわえる。ホアは、彼がスカウトした男だった。
|
|