ロン・ノルの執務室を轟かせるほどの声が聞こえた。ドアが開き、身形の良い男が入って来た。ロン・ノルは、彼を見て立ち上がる。 「マタク殿下!」 その男は、ノロドム・シアヌーク国王のいとこである、シリク・マタクだった。 「迷う必要はない!」 ロン・ノルはデスクをシリク・マタクに空け渡す。そこに、彼が腰掛けた。シリク・マタクの後に、スーツを着たバリーとホアが執務室に入ってきた。その姿に、スネップは目を向ける。 「彼は?」 ロン・ノルがバリーを指した。 「“デボア家”の後継者候補だそうだ」 シリク・マタクに言われ、バリーは一礼する。 「バリー・タウバーと申します。閣下・・・」 「デボア・・・フランスへ留学していたとき、その名を聞いたことがある。軍事・経済を司る、オーストリアの豪族だったな。確か、ハノーブ・トラストバンクの創始者が、ジャン・デボアと言ったはずだ」 ロン・ノルが言った。 「はい。ジャン・デボアは僕の祖父です」 そう言うと、バリーはホアから一冊のファイルを受け取り、それをロン・ノルに手渡した。 「これは・・・?」 ロン・ノルは、そのファイルの中身を見る。 「シアヌークの汚点だ!」 シリク・マタクがデスクを叩き、声を上げた。手渡されたその資料を見ていくうち、ロン・ノルの手が震え始めた。 「そのファイルは、COSVN(南ベトナム中央局)にあった物です」 バリーの言葉に、スネップが反応する。 「カンボジア国内に“ホーチ・ミン・ルート”を造る代わりに、シアヌーク王は莫大な賄賂を北ベトナム軍から受け取っていたのです」 そこには、金や銀、武器等がシアヌークの懐に入っていったことが、克明に数字となって記載されていた。しかし、その数字が半年前から急速に落ちてきていたのだ。 「シアヌーク殿下が、北ベトナムを我が国から追い出そうとしたのは、賄賂が減ったせいなのか・・・!」 ロン・ノルの声が震えだす。 「閣下、“ブリュメールの18日”です!」 バリーが声を上げた。 「“ブリュメールの”・・・」 ロン・ノルが呟く。“ブリュメールの18日”とは、混乱していた総裁政府を、ナポレオンが倒した軍事クーデターを意味していた。 「そうです。アメリカと手を組み、カンボジア国内にいるベトナム人を追い出すのです!」 バリーは拳を上げる。 「しかし・・・どうすれば良いのだ・・・?」 ロン・ノルが言った。 「アメリカに空爆させれば良いのです。座標を、ベトナム人居住区に合わせればいいだけですよ」 スネップの顔から血の気が引いていく。バリーは、カンボジア国内の基地地域だけではなく、この機に乗じてカンボジア国内の在留ベトナム人も、迫害せよと言っているのだった。 「カンボジアは今、“戦時”にあります。国内にいるベトナム人は、全て“敵”なのです!」 バリーの声に、ロン・ノルは高揚し始めた。 「そうだ・・・ベトナム人は、全て“敵”だ!」 「ベトナム人は“敵”だ!」 ロン・ノルの声に、シリク・マタクも席を立ち、声を上げた。その二人を見詰めながら、バリーの口元に不敵な笑みが浮かぶ。その異様な姿を見たスネップは、あらためてバリーに恐怖を感じていた。
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