ラングレーから下された任務とは、カンボジアの親米家である、元首相ロン・ノル大将を一斉蜂起させること。つまりは、クーデターを起こさせるのだ。その交渉人として、デイル・スネップが起用された。しかし、ロン・ノルとの“会見”は非公式でなければならない。アメリカは、世論の批判を避ける為にも、歴史上カンボジア情勢に関与してはならないのだった。 「クーデターが起きるのを見越して・・・」 スネップが冷静さを取り戻し始めた。 「そうです。だからこそ、貴方には任務を成功していただきたいのです」 スネップは考えた。ここで任務を成功させれば、武器の販路など、二の次でいいのだ。今は、この任務を成功させることが最優先となる。 「その為に、“我々”は貴方を全面的にバックアップします」 バリーの言葉に、スネップは頷いた。
翌日、スネップはロン・ノル邸に居た。目の前には、写真で見たロン・ノルがデスクに座っている。彼は頭を抱えていた。 「つまりは・・・私に蜂起しろと・・・?」 「それが、カンボジアを救う唯一の手段です」 スネップは焦り始めていた。ロン・ノルはスネップの軍事面、経済面でのオファーに対して、なかなか首を縦に振らなかったからだ。 ロン・ノルは軍人であるがゆえに、一国の指導者たる器ではなかった。それに対し、現国家元首であるノロドム・シアヌーク国王は、指導者としてカリスマ性を持ち合わせていた。彼は批判や反対意見を嫌い、イエスマンしか側近にしなかったものの、政治技術と高い知性を持っていた。シアヌーク国王を絶対権力者として、ロン・ノルも彼にひれ伏していたのだった。 「北ベトナムに、これ以上カンボジアの国土を汚されても良いのですか?」 スネップは、アメリカと手を組み、カンボジアの国際的な承諾を得られれば、即座にカンボジアに侵食している北ベトナム軍を、空爆によって撃破すると言っているのだ。 「アメリカによる、カンボジアへの“侵攻”・・・」 ロン・ノルの言葉に、スネップは頷いた。 しかし、それでもロン・ノルは首を縦に振らなかった。彼には、もう一つの懸念が払拭できなかったのだ。 カンボジア国土を侵している北ベトナムに、ロン・ノルは以前から憤慨していたが、それはシアヌークも同じだった。半年前、シアヌークはCIAに打診したことがあった。それは、北ベトナム軍をカンボジア領土から追い出すよう、アメリカに協力を求めていたのだ。だが、その打診は何も無かったように流されてしまった。ヘンリー・キッシンジャー国務長官が「協力を求めるのなら、フランス大使館へ行くように」と冷たくあしらわれ、シアヌークはこれに激怒し、アメリカを信用できないとしていた。 そのアメリカから使者が訪れ、シアヌークを通り越し、自分に“蜂起せよ”と言ってきたのだ。ロン・ノルは迷った。北ベトナム軍を追い出したい気持ちはあったが、シアヌークを裏切ることが出来なかったのだ。 「何を迷っているのだ!」
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