サイゴン・アメリカ大使館のデイル・スネップに、その任務が下りたのは3ヶ月前のことだった。 彼は米大使館に存在する、カンボジア情報部の駐在CIA戦略分析家だった。 この情報部は、その名の通りカンボジアにおける活動経過、コントラクト・エージェントの雇用、情報分析と指令を扱っていた。 スネップは予てより、現国家元首であるシアヌークから、政府首相であるロン・ノル大将がカンボジアの国家元首に取って代われば、アメリカは戦略上優位になると言ってきた男だった。その彼に、今回の任務が下ったのである。
その日、米大使館を出たスネップはタクシーを呼び、サイゴンの3区に向かった。68年のテト攻勢後も何とか店を開いている「ゴックスーン」というレストランに、ランチの予約を入れていたからだった。このような情勢にあるとはいえ、ここの生け簀にいる海老と蟹を使った料理は、絶品なのだ。 店の前でタクシーを降り、ドライバーに乗車賃を支払っているとき、店の前に数人の米兵が騒いでいた。どうやら、彼らは昼間から彼らは酒に酔っているようだ。 「全く、どうしようもない連中だな」 スネップは、そう言いながら彼らの横を通り過ぎようとした瞬間、兵士の一人がスネップの襟首を掴み上げた。 「聞こえたぞ!どうしようもない連中とは、どう言う意味だ!」 それを聞いた残りの兵士も、すぐにスネップの周りを囲んだ。 「聞いたままの意味だ」 スネップは応える。兵士はスネップに殴りかかった。しかし彼は紙一重でその拳を避ける。その兵士は、もう一度全体重をかけてスネップに殴りかかろうとした。 ふと兵士が気付く。自分の身体が止まっている。 「何だ、お前は!?」 見上げると、黒髪の青年が兵士の額に、指三本を当てていた。 「止めておいた方がいい」 その青年の言葉に兵士は憤慨するが、彼は全く身動きが取れなかった。兵士は身体を前に出そうとするが、全く身動きが取れない。 「こんな騒ぎを起こせば、MPが飛んで来る。折角のR&Rが台無しになるぞ」 その青年の言葉に、他の兵士が殴りかかろうとするが、彼らの動きはことごとく封じられた。しかも青年は三本の指を動かさないまま、彼らを地面に叩きつけていた。 その鮮やかな技に、スネップは感嘆の声を上げる。 倒れた兵士たちは、投げ飛ばされた怒りよりも、青年の奇妙な体術に首をかしげながら、その場を去っていった。 「すごいな・・・」 スネップは青年の顔を見る。端正な顔立ちで、透き通った水色の瞳が異様な輝きを放っている。 「さっきの体術・・・なんて言うんだ?」 スネップが言った。 「“アイキドー”」 青年が微笑む。スネップは彼に握手を求めた。 「私はデイル・スネップ。君は?」 「僕はタウバーです。バリー・タウバー・・・」
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