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作品名:メガネを掛けると 作者:くら

第1回   1
 メガネを掛けた後には見えなかったものが見える。
 メガネを掛けない時には見えない――そんな光景がある。
 そりゃあ勿論近視の俺には見えないものも多い。
 前日眼科に行ったときには0.3くらいだった。こんな状態で見えるとは思ってない。むしろ見えたら怖いものがある。
 そんな俺なのだがついに昨日メガネマンになってしまった。
 これは俺にとって結構な危機と言えるかもしれない。
 なにせ中学校一年生のときにゃ、ちゃあんと両目A判定だったはずが今やCという域である。俺自身の趣味であるPCや読書時間を削減しなければ更に悪化も考えられる。
 そんな状況を打破しようと打ち出した俺の答えは「呆然」だった。
 まぁ簡単に言えばぼうっとすることにあるのだが。
 「呆然」と聞いて思い出したことがある。
 昔読んだ漫画に心を空にするとか云々書かれていた。
その主人公が本当にいつもぼうっとしているヤツで。でもいざとなると憑依してすごく強くなる、っていうムダな記憶が俺の網膜に映し出された訳なんだが。俺もその光景に憧れて先ほど『憑依合体!!』って公衆の面々がそろう中でやってしまった。
 もちろん『憑依合体』をした俺には冷たい、視線という名のルンギヌスの槍が無数に飛んできたのは言うまでもない。
 だが幸い(災い転じてなんとやら)メガネという存在を掛けていなかったゆえに俺はそのルンギヌスの槍という強固で痛いものを華麗に(ほとんど)スルーすることができた。
 俺は少々かすったルンギヌスの槍を、明日からはしばらく人が出入りすることのない学期末のがらんとした教室で一人癒している最中である。
 もちろんメガネは外して、だ。なにか見たくないものまで見てしまいそうだからな。
つまり何が言いたいかと言うと、
「学期末だからと言って憑依合体はやるもんじゃない」
 ……とそんな結果に陥った俺は本当に自らを残念に思った。
 話はメガネに戻るのだが「眼鏡DE頭脳明晰効果」という効果があるのを知っている人はいるのだろうか。
 あまり成績が芳しくない人がメガネを掛けるとなぜか頭がよさそうに見える効果のことを言う。というか先ほど命名した。
 これは俺にも当てはまる。成績は喜ばしくないがメガネを掛けることによりエリィィィートになることができるのだ。
 そして俺の後頭部にぱこんっと良い音が鳴る……鳴る!?
「気分だけだろ」
「おまっ! いつの間に俺の背後に!?」
 さきほどスリッパでぱこん、と良い音鳴らしたのは俺にいつも冷ややかな視線を送ってくる樹希だ。
 この樹希だが冷ややかな視線を取り除くと可憐な美少女なのだが、冷徹な視線の御陰で可憐な美少女から冷酷な微少女に格下げ(?)
されているという残念すぎる女子ナンバーワンだった。
「私が入ってきたのはお前が喋る数秒前だ。というかそんな紹介要らん。そしてそのような如何にも邪(よこしま)な考えを煮えたぎらせている視線でこちらを見るな」
 ……あぁ、特徴がそういえばもう一つ。
 この冷徹微少女には冷ややかな視線と読心術を持ち合わせた人間だった。
 要約する所、心を読める厄介で残念な女子。
「私が独り言喋ってるみたいだから辞めれ」
「辞めれ、ってお前は何しに来たんだ? 忘れ物か?」
 その問いに冷徹微妙少女は微かに頬を朱く染めて急にモジモジし始めた。
「なんだ? トイレか?」
 ばっちこーんと良い音がなる俺の後頭部。
勿論叩いたのはスリッパ装備中の樹希だった。
「デリカシー無いのか! まったく可憐な女の子に向かって便所だなんてそんなこといいやがって」
「いや言ってねぇよ! むしろお前の方がぼべっ!」
 言っている途中にまたスリッパで後頭部を(以下略)
 手のひらで後頭部を摩りながら話を続けた。
「それで、なんの様な訳ですか」
 もう問う気力も絶え絶えだよ……。
「そ、それは……お、おまっおまっおまま……」
「なにまごついてんだよ。言いたいことがあるならハッキリ言えって曾おじいちゃん位に教えてもらわなかったのか?」
 自分でもそりゃ苦しすぎるだろ、と思いながら返答を待った。
 樹希はもじもじしながら聞き取れるか聞き取れないかくらいの声量でつぶやいた。
「憑依合体野郎がなにを抜かしてる……」
 とつぶやく。
 無論俺にもばっちり聞こえた。聴力は生憎Aだ。
「あのなぁ、俺は傷心中だから教室待機なんだぞ? そこらへん分かってもらわ」――「大事な話がアリマスッ!」
 俺の言動を途中で制する割に語尾がカタコト。どこかの外人さんですか?
「急になんだよ外人さん」
「外人さんちゃうわ……」
 とらしくない樹希に俺はちと動揺した。
 いつもなら、外人さんじゃない! パコーンの一つでもあるはずなのに。
「……で大事な話って」
 この問いをきっかけに樹希は壊れ始める。いや、実際に壊れていたのはもっと前だ。それを知るのはもう少し先だった。
「わ、わわわわ私なお、お前のことが……」
「俺のことが?」
 その後沈黙が到来した。
 まさにクイズミリオネラの出題者のみのたんもが繰り出す「間」の如く。
「お、お前のことが……スキダカラー」
 うん……うん。そうか。好きだか……ッ!?
「えぇっ!? ちょ、ええ!? ていうかここにチャンドゴンが居ますよー! 誰か捕まえてー!」
 思えば俺もすごくテンパっていたように思う。なぜ捕まえないといけないんだろうか。
 近視の俺には周辺がぼやけてあんまり見えないし、樹希の顔だってハッキリ見えない。
 この時ばかしは今までPCや読書に視力を奪われた俺が憎いッ!
「……へんじないの?」
「返事って欲しいか?」
 俺は口にだす言葉がもう既にぐちゃぐちゃだった。そして次の瞬間には、あったりまえだろ! とすぱこーんと叩かれているに違いない。
「……うん」
 違いない、はずだったのだが……あれ?
 もうそこには冷徹微少女は居なかった。普通に単なる乙女。実物を見るのは初めてだ、ってどこぞの学者か俺は。
「じゃ、明日じゃダメなのか」
 俺は考える時間が欲しかった。容姿抜群で勉強も出来て、となると考える時間など必要なかったかも知れないが、俺はとにかくこの場から間を置きたかった。
「明日じゃ、明日じゃ私、もう居ないの……」
 冷徹微少女は、いきなりしんみりと何を言っている? 明日にはもう居ない?ノウアンダースタンド(理解デキナイ)
「つまり?」
「つ! つまり今日は学期末なの、分かる?」
「も、もしや、転校……?」
 樹希は首を縦に動かした。やはり答えを出さないと伝える機会が無くなるってこと……か。そしてまた訪れる沈黙という名のペリー。
「……やっぱり答えはいい!」
 突然樹希がそう告げ、樹希のかかとが浮いた。それと同時に俺の減らず口は塞がれた。樹希のほんのり朱く潤いのある唇で。そしてドアップに移りこんだ樹希の目には溢れんばかりに涙が溜まっていた。
 唇を離すと、樹希はいままでずっと握っていたスリッパを机の上に置いた。
「答えはいい、でも私が好きだってことは分かって」
 そう答え終えた樹希は踵を返した。
 俺はそれでいいはずない。すっきりしない。
 だから告げるのだ、
「俺は、俺は樹希の事が好キダァァァ」
 大事な所でカタコトになるのはご愛嬌。
 でもそれでもよかったと自分で思っている。
 樹希はこちらに振り返りいたずらっぽく笑った。
「転校は嘘でした! どっきり大成功!!」
 この時ばかりは樹希がどんな白々しい顔でそう言っているのか無性に確かめたくなった。
 近くにあるメガネケースを手に取りメガネを掛けた。
 そこには文字通りニヤリと笑う樹希一名。
「ねぇ、残念だと思った? 思った?」
 もうなんにも言いたくなかった、が一応聞いてみることにした。
「どこまでが嘘?」
 樹希はしばらくの溜めの後、またいたずらっぽく笑うと、
「転校だけが嘘!」
 と威勢よく言う声に冷徹という言葉は一切含まれていなかった――。

 だがしかし叩いていたスリッパはトイレ用だったと知ったのは、
              メガネを掛けてそう遠くない未来だった。


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