物語は面白くあるべきだ。 これはまさしくその通り。 面白いものでないと絶対に売れないし、売れないということはもちろん認知度が無くなる。人によって物語(小説)を書く人の目的は違うだろうが先ほど述べたとおり物語は面白いことが前提なのだ。 面白い物語を作った瞬間に自分の目的に一歩近づける。 個人的な話で悪いのだが、私はできるだけ多い人に読んでもらいたいと思っている。 私の中にある世界を文字として表現してそれをできるだけの人と共有する。 もちろん共有することとは全てを分かち合うことを指すわけではなく、好評と批評を合わせて共有することを指すのだが。 今までの文章を読んで思った人間も居たと思うがなにか自分の中ですっきりいかない所があると思う。それでいいのだ。 人の言ったことを全て鵜呑みにすると自分の世界を広げることはできない。 自分の世界を広げるためには一つ一つの文章に疑問を持つことだ。 「つまり、どういうことだってばよってな感じなんだが……」
図書室で良くわかる小説構成術、と書かれた本をアイマスクの如く顔に覆いかぶせてだらり、としているこの男の名前は塩原恵一だ。
「この程度の本を理解できないようなら小説家っていう夢やめたら?」
塩原の反対側の席についているのは由空樹希。塩原と同じ小説志望科の生徒だ。 髪は百五十センチの背丈の腰辺り。きっと風呂上りは貞子に変身できると思う。
「のぺっとした顔で結構毒舌吐いている自覚あるか!? 俺自身ヒットポイントの九割は持ってかれたんだが!」
とたんに由空が目じりを吊り上げて机にダン、と握りこぶしを叩きつけた。 その行動に塩原は三センチ後方へ水平移動する。
「シオバァァァラッ! 今なんて言った? ねぇ。なんて言った? あ?」
由空の髪は重力など一切感じられないほど逆立っていた。
「ななななななにがあった!? 俺は自分のヒットポイントの事を懸念しただけなんだが! ていうかその髪絶対針金だろ! 人間の持った髪の毛じゃないって!!」
塩原は平行にじりじりとさがる。由空は体こそ机に憚られては居るが、髪の毛は前方へと向かう。
「わぁぁぁたしの髪の毛のことなどどうでもいいッ! 自分が発言した内容を思い出せぇぇぇ!」
「のぺっとした顔で」――「それだよそれ! 私に向かってのぺっとした顔って失礼じゃないかねシオバラ君!」
塩原はしばらく考える表情をして口を開いた。
「なぁ。その髪ってあれか? お前も小説家志望だから自らも面白い現象をできるように改造したサイボーグなのか?」
「いやいやいやっ! そりゃないだろシオバラ! もう少し考えろ!」 席を引き擦り元の位置に戻して深々と座ると、またまた塩原は考える表情をする。
「……つまり」
「つまり……?」
塩原の雰囲気に気圧されて息を飲む由空。
「……つまり、どういうことだってばよ!?」
がたがたん、と周辺に座っていた人たちがコケる。きっと二人の話を聞いていたのだろう。なんでそうなる、などと言った話がこそこそと聞こえてくる。 その様子を見て由空は強く握っていた拳を開いて頭に添え、
「だめだこいつ……早くなんとかしないと」
はたまた周辺から、ネラー!?と言った類の声が聞こえてくる。 はっ、と目を見開き由空が周りを見渡すとこちらを本越しに覗いていた周りの人が視線を我先と逸らす。
「……なあ由空。なんの話してたんだっけ?」
「もっもうっ! なんでこうなるのよ! 私はネラーでもvipperでもないんだってばぁぁ!」
由空は叫びながら図書室を去っていく。 周辺の人は気まずそうに由空を見送ると塩原に視線を移した。 それでやっと周辺の視線に気付いた塩原は恥ずかしそうに、
「俺はちゃんとこの本を理解出来てるよ!」
と胸をはって自信満々に言った。 もちろん周辺の人々はがらがら、と椅子から転げ落ちた。
「な、なあ塩原っていうやつ、さっきの子を追った方がいいと思うぞ……」
椅子から落ちた人が助言を与えた。
「あ、そういうフラグなの? ……いや、分からなかったわけじゃない!」
と自身の発言を打ち消したのち、椅子から立ち上がり出口に少し駆けた。 が、立ち止まり、先ほど座っていた場所に戻ってきた。
「ど、どうした?」
おもむろに由空の読んでいた本を手に取ると題名を大声で読んだ。
「なんだこれ。2chの有効活用法?」
ばたばたん、とまた椅子から落ちる周辺の人達。 その声に導かれてとある人が髪を逆立てて現れた。
「シィィオォォバァァラァァッ!」
雄叫びの後、塩原をずるずると引きずってどこぞへか消えた。 ……その後塩原の姿を見た者はいない。 だが居なくなった翌日に由空の髪の毛が腰辺りよりも長く、薄ら赤茶色に伸びていた、という噂だ。
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