ふと気づくと僕は母親のそばに立ってた。 声が出ない。いや出てるけど聞こえないのか? だから必要以上にいつも以上に顔を近づけた。 なんだ?こっちを見もしない。 聞こえないみたいだし見えてもいないらしい。 母親は若干抜け殻みたいだけど仕事をしてる。 「ああ。」 僕は勘がいい。 僕死んでるんだな。 「ええ!待って、どうしよ。いや死んだんだよな…。」 今母親のそばにいる理由もなんとなくわかった。 一番想いが強くて何か伝えたいことがあるからここにいるんだと。 他にどこへ行くかなんて考えもしないでここにいた。 「やばい。」 なんかすっごい寂しくなってきた。 僕はその後数分発狂していた。 母親に思い切り泣き叫びながら話かけてた。 少し落ち着いた。 なんかさっきより切ない。 「どうしよう…」 何も考えられなくてその日はずっと母親にくっついてた。 次の日、何も変わらず同じ状況を過ごしながら考えてた。いや感じてたって方が近いかも。 「死人ってこういう感じなのかぁ…」 死んだらすぐ成仏じゃないんだな。 まず思い残してることとかをなんとかしようと行動するのな。 んで、どのタイミングかわからないけど自分が納得ってか半ば妥協にも似てる感覚になったらどこからともなく成仏するみたいな。 そんな感じなんだろうなって経験ないけどなんとなくわかった。 そんで死ぬと生きてる人の声は聞こえないってことも初めて知った。 「死ぬと何かと不便だわ」 特に自分が死んだんだと理解した直後の大切なものを失った感覚。 恐ろしく切ない。 その後3日ほど経った。でも何も変わらず僕は今日も母親にくっついてまわってる。 ふと感じた。 「この状況に慣れてきてる」 この感覚、すごく成仏しそうな気がする。 もういいかっていう感覚。 ダメだ。理由はないけど僕は抵抗する。 きっとここで諦めて成仏する人多いんだろうなと思った。
4日目か?よくわからなくなってきたけどたぶん4日目。 昨日の「慣れてきた」感覚から僕は初めて母親のそばを離れた。 どこ行っただろう。忘れてた小学校の体育館?行った気もする。 でも気づくと僕は自宅の浴室にいた。 それもなぜだかわからない。 気にしてなかったけど浴槽の中にお湯が張ってあって誰かが風呂に入ってる。 「誰だ?」 目を細めて見る。 線が若干細めで少し色黒の黒髪でショートヘアー、一重で眉が細く唇が薄い。隠れ美形とでも言えそうなぐらい顔立ちは整ってる同年代の男。 お得意の観察眼でボーっと見てた。 …ん?ん?あっちも僕を見てないか? 気のせいか? いや、僕を見てる。 生身の人間相手になんかドギマギしてる。 てかなんでうちの風呂に男!? 答えは簡単だった。 家を間違えた。まったく幽霊ってやつは…。 笑えた。 すると。 「てかお前何?」 ギョッとした。何が起こったのかわからない感じ。 え、え?え?、僕が見えるの!?声聞こえんの!? まさか。 少し嘲笑気味に男は言う。 「お前だよ」 「…俺、見えるの?声聞こえんの?」 「見えるし聞こえる。でもお前幽霊だろ」 ドキッとしながら。 「うん、たぶんそう」 「なんとなく感覚でわかる。何かフワフワしてる感じな」 なんだろうこの男。何か親近感がハンパじゃない。 僕の頭の中は一瞬である考えに満たされた。 こいつに通訳してもらえれば!!! 母親に伝える恥ずかしい言葉を同年代に聞かれてしまうっていう恥じらいははなからない。 「なあ!手紙を渡して欲しい人がいるんだけど頼めるかな!?」 「んあ?何かめんどくさそうだけどいいよ」 話は早かった。 僕はなんでこの男とコミュニケーションが取れるのか考えもせずひたすらこの男と話をした。 今までのことも覚えてる限り全部。 男の名前は神木っていうらしい。下の名前は教えてくれない。 聞くと霊能力とかは一切ないと言い張る。 今まで霊を見たとかそういう経験もないという。 歳は21歳。現在フリーターらしい。 僕の一個上だ。 でも先輩とか上下関係っていう概念が無さそうだったからタメ口で話した。 気づくと友達。そんな感じ。 いつ?っていつの間にか。 自然に溶け合うように。居心地のいい男。 なんだかんだ夕方まで一緒にいた。 あとはまた母親のところへ。 その夜、手紙を書いた。 かなり長くなった。昔の思い出とか振り返ると切りがない。 あとは神木に託すだけ。
次の日神木は例の手紙を手にうちを訪ねる。 生前の息子さんを知ってる者ですみたいなことを言ったかうまくうちに入った。 神木は僕とのことを2/3ほど話したところで手紙を出した。 手紙は母親の手に渡った。 恥ずかしさが強くなるけどもっと大きな何かがそんな僕もろとも包み込んでくれてるのがわかる。 だからなんか平気だった。 ひらく。ひらく。ん?ひらいてるはずだけどきれいに開けない。 ダメだ。なんだ?なんでだ? しばらくしてやっと開けた。 でもなぜか手紙は真っ白になった。 「なんなんだ…」 すると少しずつ左の方から黄色い字で何か文字が浮き上がる。 大… 僕はすでに泣いてる。 すぐに何が浮き出るのかわかった。 「大スキだよ。」 涙が止まらない。 これだ。一番伝えたかったのはこれだ。 母親も泣き出した。 僕の気持ちと想いが全部100%伝わったのがわかる。 神木はそばにいるがなにも言わず見守っている。 あんな長文になるほど伝えたいことがあったはずなのに… 何かを悟った瞬間でもあった。 本当に伝えたいことは心のど真ん中にある。 そして人が本当に伝えられるのはひとつだけ。 ずっと前からひとつでよかったんだ。 それで全てが伝わる。 つい5日前ぐらいに発狂したときぐらい声と涙が溢れる。 手紙に浮き出た文字をひたすら僕は口にした。 「大スキだよ。ずっと」
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