私は理系学部に所属するしがない2回生である。 私の大学は全国でも有数の広大なキャンパスを有する。キャンパスには、図書館が3つ点在するが、そのうち最も大きなものは、やはり文学部や法学部といった文系学部の側にそびえるのだった。
今は学期末。目の前にはレポートと期末テスト、学生実験という長大な万里の長城がそびえる。壁の向こうはバラ色夏休みなのだろうか。巨大な壁に穴など開いていない。叩いても壊れないこの壁は、どうやら自力で乗り越えるしかないようだ……そうは分かってはいるが、ちょっと休憩を……
学生実験で、担当教授に散々嫌味を言われたのち、とりあえず、私はまとわりつく理系のむさ苦しい臭気を振り払おうと、文系世界に足を踏み入れることにした。キャンパスの端っこに存在する私の鬱人生産学部から、キャンパスの中心にそびえるイケイケ文系図書館まで徒歩10分。図書館に到着したときには汗だくになっていた。
エントランスの自動ドアが、ウィーンと開くとともに冷気が私を包み込んだ。服は私自身の汁でびちょびちょで不快ではあったが、着替えなどないのでしょうがない。そのままゲートを通り、そしてカウンターの前を通り過ぎようとした、その瞬間であった。
「オイ、コラ!」
えっ!と顔をカウンターに向けると、そこには鬼の形相のレポートが睨んでいた。周りを見回すが誰もいない。やはり睨まれているのは私だ! 私は全力で走った。
私は顔を真っ赤にしながら図書館を飛び出した。熱気を顔面で切り裂きながら走る走る走る… チラっと振り返ると目前までレポートが迫り来ている。足をもつれさせながら私は逃げる逃げる逃げる…
行く手にはこの暑苦しい世の中をさらに暑苦しくさせる手つなぎカップルがノロノロと幸せアホ面をさらして歩いている。
走馬灯のように過去の様々な映像や感情が心に浮かんできた。 ――私の生きる目的は何なのだ。 文系女学生のホットパンツ姿に、私の強い好奇心は頭をフル回転させ、高尚な思索を繰り返し、ついには、彼女達の後をつけてみたことがある。後に友人に指摘され気付いた。強い好奇心と変態はニアリーイコールだと。
妄想の世界で駆け回ることが、今の私の手弱女との唯一の接点となっていった。――
みじめさが怒りに変化し、抑圧されていた動物的本能呼び覚まされ、私の身体能力を向上させた。 筋肉に蓄積した乳酸が全速力で肝臓へ駆け出してピルビン酸となり、腹にたぷんたぷんに溜まりこんだ脂肪は、凄まじい速度で糖新生の材料となった。私のミトコンドリアは息を吹き返し、TCA回路はめまぐるしい速度で回転する。結果湧き出たATPは私の筋組織のミオシンフィラメントの乾いた喉を潤した。
「うお〜」私は野獣の雄叫びをあげた。 手つなぎカップルは、驚きで口をあんぐり開けながら振り返って私を見た。その状況でも固く結ばれたお手手を、私は空手チョップで粉砕した。
私はどうやらレポートの魔の手から逃れられたようである。 安堵のため息をつきつつふと後ろを振り返ると、今度は期末テストが迫ってきた。
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「お前、ショートショト作成課題の題材何にした?」 「理系学部にいる友達を題材に使った。ほんと冴えない野郎でおもしろい奴がいるんだよ」 「へー、それにしてもあの教授も物好きだな。こんなの集めてどうすんだろ」
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