「社長、一杯どうですか?営業利益が去年の3割増だったんですよ。今日くらい飲みましょうよ」 「いつも言ってるだろ。俺は酒もタバコもやらない。金はやるからお前たちだけで楽しんで来い」 K氏は“死”を何よりも恐れていた。健康でいるためにはどんな誘いにも応じなかったし、毎日ジョギングを欠かさず、1か月に一度は近くの大病院に足を運び、医院長と懇意になるほどだった。 ある朝、いつものようにジョギングで汗を流していると、向こうから青白くて頬こけた如何にも不健康そうな男がやって来た。「アイツはもうすぐ死ぬだろう。毎日健康に気を配らなかった罰だ。世の中馬鹿な奴ばかりだ」そう心でののしりながら、K氏はその男の横を通り過ぎようとした。しかし、突然その男がK氏を呼び止め、「Kさん、あなたの命はそう長くない」と言うのだった。 K氏はおどろいた「どうして私の名を知っているんだ。お前は何者だ」 「私は死神です。人の死を司る者」 K氏は神や予言やらは全く信じない性質だったが、いきなり気味の悪い男に「もうすぐ死ぬ」と言われたら、どんな人間でも気味が悪いだろう。K氏はいつもの病院に行って精密検査をしてもらうことにした。 K氏は絶望した。 「膵臓癌!どうして今まで分らなかったのですか。いつも健康診断していたでしょう。それに自覚症状もなかった」 医者は気の毒そうに言う「申し訳ありません。膵臓癌は早期発見が難しいのです。今回も、もう末期で手の施しようがありません」傍らの医院長も頭を下げていた。 医者の言うことによると、もって3か月だという。すぐさま、入院して、K氏は自らの死を待つことになった。 ところが入院して間もなく、朝目覚めると、ベッドのとなりには見覚えのある男が立っていた。「おはようございます。言ったとおりだったでしょう」 「この世に死神などいるはずがない。どうせ偶々だろう」K氏は力なくいった。 「前も言いましたが、私は人の死を司るものです。ある人は早く死なせ、またある人は、長く生かします。生まれながら一人ひとりが決められた寿命を持っている訳ではなく、数限りある寿命を各人に振り分ける、これが私の仕事なのです。あなたに振り分けた寿命はもうすぐ終わるのです」 「信じられない。そんなこと証明できないじゃないか」 「ま、いいでしょう。どうです、寿命を1年買ってみるというのは。どうせ財産は墓場まで持っていけません。寿命1年2000万です」
一年後 「どうです、まだ生きているでしょう」去年よりも顔色の悪い男はニヤニヤしながら言った。 「確かにお前は本物の死神のようだ。末期がんのまま1年も生きることができた。医院長もこれは奇跡だといっている」 「どうですもう一年」
K氏は次の年もその次の年も寿命を買い続けた。体調はどんどん悪くなったが、やはり生き続けることができた。
しかし、仕事もないK氏の財産はどんどん減っていく一方だった。 「どうです、もう一年」 「いや、もう2000万もない。500万にまけてくれないか」 「ま、いいでしょ」 その翌年は300万にまけてもらった。
その翌年。 「どうです、もう一年」 「すまん、100万にしてくれ……」K氏の声は聞き取れないほど小さく弱弱しい声になっていた。 「もう駄目です。残り少ない人生どうか楽しんでください」いくぶん顔色の良い死神は冷酷な笑みを浮かべて去って行った。
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「とうとう死んだね。でも、案外あっけないもんだな」 「ああ、ま、健康な人間でも何年も床に臥せっていたら弱っていくさ。来年から特別ボーナスがなくなるのは痛いけどな。それにしてもKは“生”に執着しすぎたんだ。死神なんか信じるか普通。しかも毎年死神が違うのに区別もつかない」 「ここは死神みたいな人間は事欠かないからな」 「ああ、医院長はうまいこと考えたもんだ。協力した死神はどうせすぐ死ぬんだ。証拠は残らない」 「本当の死神は医院長かもしれないな」
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