僕は、てるてる坊主を1000個作ることを目標にしていた。僕が死ぬ日は、燦燦と太陽が降り注ぐ暖かい日になるといい。僕は小児癌で、病気はあちこちに転移していた。限られた時間を無駄にしたくなかったから、未知の世界(天国)に乗り込む冒険家になろうと決意したんだ。その準備の初めに、千羽鶴を真似て願掛けの意味を込めててるてる坊主を1000個作ると決めて作り始めた。僕は、この世に自分の未来が少なくなってきていることを予感していた。感傷的になってこんな悲しい考え方をしているんじゃない。そういう本能って誰にでも備わってるからさ。それで、長生きを願うなら、秋の晴れた日に死にたいと願うほうが僕の気持ちは落ち着いた。 僕がてるてる坊主を300個は作り上げた頃、ミヨ菜ねぇちゃんが初めててるてる坊主に興味を示した。 「アンタって変わってるね。せっかく家に帰ってきたっていうのに、なんでまたてるてる坊主なんか熱心に作ってるわけ?」 僕はよくぞ聞いてくれましたとばかりにっこりして、「1000個作りたいんだ。ミヨ菜ねぇちゃんも手伝ってよ。」「1000個って。」ミヨ菜ねぇちゃんは絶句した。「手伝ってくれるよね?」僕は子犬のような目つきでミヨ菜ねぇちゃんを見た。「だから訳をいいなさいよ。訳を」僕は訳を話した。「ふぅん。あのさー、アンタが死ぬときは意識が朦朧としてるから、雨が降ろうが、天国からゾンビが降ろうがおんなじじゃないの?」「天国にゾンビはいないと思うよ。もしもいるなら、僕はいかない。」「嘘つき。妖怪とか、幽霊とか大好きなくせに。」「天国に着いたら、とりあえず眠りたいんだよ。ゾンビがうようよしてたら嬉しくて興奮して落ち着いて寝てられないよ。」「でも、ゾンビを見たら元気になるわよ。」「うん。多分ね。」そして僕達は笑った。それから、もくもくとてるてる坊主を作り上げた。気がつくと、僕は寝ていた。目が覚めたら、ちゃぶ台の上のてるてる坊主の数がぐんと増えていて、幼稚園から帰ってきたモニが母さんと一緒にてるてる坊主を作ってくれていた。父さんも早く帰ってきててるてる坊主を作ってくれていた。父さんは、僕にサッカーや野球等の雑誌を買ってきてくれた。グローブも買ってきてくれた。「元気になったらキャッチボールしような。」「うん。早く元気になるよ。」僕は、優しさには優しさを持って返した。そんなの無理だよと、泣き言を言っても良かったけれど、僕が死んでみんなの心の中に残ったときに、泣き言だらけの人生を送った息子、もしくは兄弟なんてそっちのほうが嫌だったんだ。 みんなの協力を得て、1000個のてるてる坊主は5日間で完成した。僕は、感動した。そして、僕の部屋の壁にてるてる坊主をテープで留めた。次の週、僕は具合が悪くなって病院に戻って、あくる日死んだ。 空は秋晴れが続いて、僕は大満足だった。 体を抜け出した僕の霊魂は、放射線の治療や沢山の薬で痛んでいなかったよ。これには僕のほうが驚いちゃったんだ。僕は、もうどこも痛い所がなくてぴんぴんしている。
ここからは天国についてからの話だよ。 さっきまで、僕の霊魂は天使に集中的に癒しのパワーを送られていた。僕自身に後光があるみたいにきらきらした光を頭から背中から浴び続けていて、魂の外側から染み渡るように安らぎが広がった。体を抜け出したときに、全然痛くなくて元気になったと思ったし、それは間違いじゃなかった。だけど、僕の魂には癌と戦った生々しい記憶が残されていて、その記憶がある為に(傷ついてナーバスになってショックを起こしている)修行できる状態じゃないんだって。それで、霊魂が元気一杯になるように癒されていたんだ。
僕はもう、天使のきらきらした光を集中的に浴びてない。代わりに、生前やれなかったことが一杯あったから。サッカーして、野球して遊んでもいいんだよ。 ミヨ菜ねぇちゃん、天国にゾンビはいなかったよ。河童や、塗り壁や、目玉親父もいなかった。だけど、天国には地上と同じ建物があったんだ。僕は久しぶりにチーズバーガーを間食した。僕より2歳年上の黒人の少年と仲良くなったよ。信じられないと思うけど、母国語でお互い話しているのに不思議と分かり合えたんだ。僕が冗談を言ったら、白い歯を見せて笑ったんだぜ。キッズカフェで、日本人の女の子が話しかけてきたんだ。初めてのガールフレンドが出来たよ。ヤッホー!
僕は、母さんと父さんの子供に生まれて幸せだった。僕に、かけがえのない命を与えてくれた。母さん、一杯泣かせてごめんね。キャッチボールは出来なかったけど、僕はグローブをはめたとき、健康な男の子の気分を味わうことが出来てとても幸せだったんだ。それ以外でも、母さんも父さんも本当にありがとう。お世話になりました。ミヨ菜ねぇちゃんは最高だ。僕は言いたいことをぽんぽん口にする歯切れの言い話し方になんども救われたんだ。モニ、てるてる坊主に顔を描いてくれたね。長い間母さんを独り占めしちゃってごめんな。兄ちゃんらしい事を何一つしてやれなくて残念だ。森に一緒に虫取りに行ってたら、虫を見て本気で怖がらない強い女の子になれてたかもしれないもんな。みんなのこと愛してるよ。時々、僕に話しかけて。声を出さなくても僕にはみんなの声が同じ部屋にいるようにわかるから。
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