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作品名:死んだらどうなるの? 作者:mikari

第32回   32
紺碧の空の右端と左端に、UFOが飛んでいた。ラグビーボールの形の宇宙船がビルの合間を縫って飛び、路面電車が地面を走っていた。歩いているのはあたしだけだった。凛とした空気の中をエクササイズだと思うことにして、日曜日を除く毎朝3時間休憩を入れずにテクテク歩いた。空っぽの胃には堪えたけど、おばあちゃん家は片道1時間以上かかり、おばあちゃんの顔色や元気な声が出ているかをチェックしてから、40分歩いて病院に薬を取りに行っていた。でも、心配なことがあった。それは今履いている靴が駄目になったら買うお金がないから大切に履かなければいけなかった。それで、時々、裸足で歩いた。アルコールと麻薬とニコチン中毒のお母さんが家を出て行って半年経った。お母さんがいなくなってあたしの生活は精神的に軽くなった部分とずしりと重くなった部分があった。生活を考えると明日がくることが怖くて明日なんか来なければいいと思ったり、妹のワアハとお婆ちゃんと愛犬ビナ(お母さんの彼氏から酷い虐待を受けたのに生きていてくれた)が愛しくて世界の破滅を考えたことが幼稚なことだと反省して気を引き締めたりした。


お婆ちゃんは、お父さんのお母さんで愛情深い優しい人だった。目がほとんど見えなくて、耳が遠くて、利き手が重度のリュウマチで、両膝が痛くて家の中を杖でヨロヨロ歩いていた。でも、唇の端にはいつも微笑があった。おばあちゃん家に引っ越したかったけど、借家で動物禁止なので諦めていた。お母さんの彼氏から煙草の火を押し付けられて片目が潰れた上に、お腹や足を沢山蹴られてまともに歩けなくなった犬を引き取ってくれる人は近所にはいなかった。でもそれで良かったんだ。あたしはビナを愛していて手放したくなかったから。


お婆ちゃんの足の指の間を洗い終わった。お婆ちゃんの体をピカピカにして細い白髪を梳いた。その間、あたしの口はおばあちゃんの耳に聞こえるように、はっきりと大きな声でずっとお喋りを続けていた。背が伸びてきたワアハの為に、お気に入りのカーテンでワンピースを作ったことや、ワアハが甘い卵焼きが大好きで自分で作れるようになった話しを。野菜が高くて買えない話しや、バイトがなかなか見つからなくて貯金が底をつきそうな話しもした。でも、ワアハがお弁当で毎日冷やかされている話しはしなかった。だってそんなリアルに笑えない話しをしたって時間の無駄でしょう。楽しいお茶の時間が来て、あたしの空っぽの胃に温かいお茶が染み込んでいった。あぁ美味しい。冷蔵庫を開けた。年金生活者のお婆ちゃん家の冷蔵庫のほうが豊かで見ているだけでお腹がグゥグゥ鳴ってしまった。一汁一菜の夕食を作ってワアハにお菓子のお土産を貰って帰ってきた。

掃除、洗濯、片付け物が終わった頃、ワアハが保育園から帰ってくる時間だった。園長先生のご好意でワアハは通園させて貰っていた。家はお金がなかった。お母さんは彼氏と家を出たとき、有り金すべてと金目のものを持ち去ってしまっていたから。そういう事情で、17歳のあたしが初めての海外旅行を夢見てバイトして貯めたお金と、それまでの僅かな貯金が今の生活を支えているのだから貧乏なのは仕方なかった。毎日の生活に困っていて、お弁当をキャラクターで飾る食材が買えなかった。ミニおにぎり2個か、海苔弁が5歳のワアハのお弁当だった。ビナが切なげにほえた。ワアハが乗っていたバスがガードレールを突き破って落ちた瞬間に。誰も助からなかったし、事故の原因も判明しなかった。

ワアハは怖い思いをして死んだに違いなかった。夜な夜なあたしの枕元に悲しい目をして現れた。お婆ちゃんにこの話しをしたら、驚いたことにお婆ちゃんは霊視できて、ワアハの霊と毎日話していた。ワアハは死んだ意識がなくて、「お家に帰りたい。」と泣いてばかりだった。それを聞いてあたしは胸が張り裂けそうに痛んだ。ある日、お婆ちゃんになだめられてワアハは心安らかになって天国に上がった。幽霊でもいいからワアハに傍にいて欲しいのが本音だったけど、天国の楽園でお父さんの傍にいた方がワアハは幸せだと思う。お父さんは、仕事の作業中に機械にはさまれて事故死していた。あたしは寂しさと悲しみで眠れない夜をぼんやり過ごした。ビナが死んだ。あたしはお婆ちゃん家に引っ越した。半年後お婆ちゃんが肺炎で死んだ。絶望したあたしは首をつった。あたしは低級霊になってお母さんを脅かした。臆病なお母さんはお坊さんにお祓いを頼んだけど、お経はあたしの自虐気味の心に染み込まなかった。あたしはまだこの世をさ迷って、お母さんを驚かすことに死にがい(本当は生きがいが正しいけど。)を感じていた。うらめしやー。







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