夏の夜空に花火が打ち上げられていった。色とりどりの花畑になり、満開の桜が咲いて、カラフルなドロップが散らばり、妖怪になって、星の踊り子達が舞い、金色のめだかが丸い群れで泳いでいた。年々パワーアップして、洗練される豪華で幻想的な美しい花火に初めから終わりまで魅了されっぱなしで、フィナーレの余韻に浸りながら印象に残った花火を2個選んでピアスにしたら可愛いだろうと考えた。今年は、土手に上がって初めから終わりまで花火を見た。 6年前、近所で奇妙な事件が連続して起きた。 何匹もの野良猫を、オーナメントのように木の枝に尻尾を結わって逆さ吊りしたり、残酷な方法で鳩が殺された。動物虐待だった。犯人が捕まらないまま記憶が薄れていった。コンビニからの帰り道、少年とすれ違いざま、無防備なお腹を包丁で刺された。死は免れたけど、あの日から自分の意思に関係なく魂が勝手に抜ける体質になった。体から魂が離れたら、わたしは悲しい生霊となって地上をフワフワさ迷わなければならなかった。法則があるみたいで、体に戻ろうとしても一定の間はね付けられた。ショックでパニックになったけど、繰り返しているうちに慣れてしまった。いつまでもなれなかったのは、地縛霊に声をかけられてぞっとしたこと。ねっとりした視線も、意地悪そうに片方だけ上げる唇も湿気のようにベターっとしている声も全部気持ち悪かった。わたしは、彼らに話しかけられても無視して通り過ぎた。 地上には、浮遊霊が多くいた。浮遊霊は、意識を長い間失っていたり、魂が留守になるわたしのような体質的体を奪ってしまうことがあった。わたしは、激しく危険な行為を2年間もしていたことになる。一度も浮遊霊に体をのっとられなかったのは守護霊がバリアーをはってわたしの体をガードしてくれていたから。あの時は、いつまで、こんな状態が続くかわからなくて真剣に悩んだけど、名案を思いついてから状況を楽しめるようになった。無料で映画館に魂を運んだのだった。電車もスルーした。おかげで、お腹に開いた包丁の傷跡で落ち込みすぎなかったし、道を歩いていて前から来る人を警戒して立ちすくむこともなかった。家族や、親戚や、お見舞いに来てくれた友達がいる時にわたしの体だけがそこにいて、魂が空っぽの時も度々あったから、よっぽどショックだったのだろうと涙を誘ったり、同情されたり、家族は本気で心配してくれていた。わたしを刺した理由を少年はこう話した。「魔が差しただけ。俺は基本的に無害な人間です。」少年には、反省の色がまるでなかった。何て失礼な子。
空と地上の間には、わたしのような生霊の人達が集まるブースがあった。カフェがあり、ゲームコーナーがあった。わたしはそこのキャラメルカフェラテがお気に入りだった。 植物人間になった可哀想な人たちも遊びにきていた。魂は傷ついていなくてはつらつとしている人も沢山いて、彼らの元気と笑顔を家族に見せてあげられないのが切なかった。職種も年齢も性別も様々で、めいめい、近くに座った人たちと気軽に旅行の話しをしたり、懐かしいインベーダーゲームで遊んだりして過ごしていた。腕まくりした腕からタトゥーが見えているこわもての男の人とか、警備員のおじさんがブースを見張って、おかしな霊が入り込んでいないかチェックしてくれていて安心して過ごせた。
時々、情念が飛んでいることがあった。タバコの煙色の魂と違って、ぺろぺろキャンディみたいな色がついていた。形もしずくなど、さまざまあった。情念が飛ぶ意味は、好きな彼は今何をしているの?とか。メールで親友が流産したことを書いてきたけど遠すぎていかれないから心配などなど。
わたしは、2年間ありえないような事を体験したけど、いつの間にか体から魂が勝手に抜けるようなことはなくなった。ひとつだけ考えられるのは、生理が不順になった辺りから。だから、ホルモンと関係してるのかもと勝手に思っている。なにしろ、私のような状況におかれた人を研究している医者が世界に一人もいないから、図書館で調べようもなかった。でも、一命を取り留めることができて本当によかった。少年院に送られた少年のことも、もう過去のことと切り離している。
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