4層に来たばかりの女性の魂が、ジェスチャーを交えて後光がさした黒人の天使に話していた。 「あたしは、ママの妹の旦那さんに恋していた。長い間ずっと好きで誰にも打ち明けられなくて辛かった。切ない片想いだった。恋しくて抱かれてみたくてもう胸がパンクしそうなくらい苦しくて。親戚の集まりで会えた時に、彼の色々な表情やしぐさや声を記憶にためて頻繁に思い出していた。流れ星がたくさん降る夜を待ちこがれて、彼の夢に出て秘密の恋心を劇的に打ち明けられますようにと熱い気持ちで願った。ある日、郵便受けにチラシが入っていた。あなたの恋を叶えます。幸せの待ちぼうけで毎日無駄に過ごしていませんか?恋愛が成就する扉まで貴方を導き恋を必ず叶えます。占いとは一味違う新しい発想法です。一人で悩んでいないでお電話下さい。と書いてあった。嘘つき。そんなおいしい話しがこの世にあるはずない。だって、産まれた時から小指はゴールインする相手と見えない赤い糸で繋がってるんだよ?子供じみてると分かっていても迷信を信じていて、チラシが怪しいとわかっていた。でも、甘い罠にはまって0.1%の奇跡にすがりたくなった。ずっとひとりぼっちで抱えてきた孤独な恋心を、自分の事を知らない相手に話してみたくなった。しかも、占いとは違う新しい発想方法に興味津々だった。2コールで電話は繋がった。しっとりした声の女性が出た。マニュアル通りの型にはまった話し方ではない、人の心を優しく包みこむような穏やかで洗練された大人の女性の応対に安心した。アポをとって次の日出かけた。行ったらオフィスではなく個人の家で驚いた。通された部屋は、15じょうくらいの応接間で、モスグリーンの壁とふかふかの絨毯、8人がけの食卓テーブルと椅子のセット。家具はそれだけ。庭が広くて花が沢山咲いていて、野生のりすがチョロチョロしていて驚いた。 恋が成就する確立があたしにどれくらい備わっているか調べる為に、カウンセラーの女性と話しをした。 初めこそ、慎ましやかに彼に恋心を届けて欲しい。同情でもいいから温かい彼の笑顔を独り占め出来たらそれで充分だと話した。けれど、あたしの心の底にあった彼を奪いたい欲望が頭をもたげて、彼が欲しいと打ち明けていた。カウンセラーから上手く本音を引き出されていた。彼を諦める必要はないと励まされて、話しの合間にさりげなく聞かれた個人情報をポロポロ喋っていた。行くたびに、来年の春には恋が成就すると言われてその気になってドキドキして舞い上がった。年が開け桜が満開になっても恋は実らなかった。頭にきた時には70万のお金を支払っていた。訴えてやりたいくらい腹がたって行かなくなったら電話がかかってきて、今やめたら恋が叶わないと言われた。むかつく。叶えられる力がないくせにいけしゃぁしゃぁとよく言うよ。口に出さなくても間の取り方であたしが怒っている事がバレバレみたいで相手の話し方が変わった。砕けて軽くなった。何このチャラい感じ?凄い嫌。受話器を耳から離して送話口を睨んだ。今、電話を耳から話したでしょう?相手は尋ねた。何処かで見られてる!?あたしは怯えた目で家の中を見回した。監視はしてませんからそんなにキョロキョロしないで。頭に血が上って警察に言うわよ。脅したつもりだったけど、営業担当と思われる男性は明るい声でどうぞと言った。あたしは電話を切ったその足で警察に行った。感じの悪い警察官で、最近、この手の犯行が多いともう聞くのはうんざりだと言わんばかりでため息をついた。上手い話しには裏があるんだから。言ってる事は正論でも、最初から最後まで怒った口ぶりで話して最悪。被害者として当たり前のアクションをとったつもりだったけど、あたしはムスッとして警察を出た。 会社で新しい警備員に、最近色々な色の服を着られてますね。と言われた。初対面で何でわかるの?怪訝な表情をしたのに、警備員はあたしの目をじっと見て動じなかった。あたしは監視されてる。その時悟って背筋が冷たくなった。営業の仕方に舌を巻いた。 会社から帰ってきて鍵を開けて電気をつけた。タンスの上の縫いぐるみの位置がわずかにずれていて、不審に思った。寝室に行った。シーツにシワがよっていた。誰かが部屋に入って、ベッドに座ったんだ。キッチンは問題なかったけど、お風呂場は新しい歯みがき粉のチューブの真ん中がへこんでいた。盗まれたのはお婆ちゃんの肩身のプラチナと金のネックレス2本だった。自分の周りで変なことが起きている。薄気味悪さが胃を刺激して、気持ちが悪くなって吐いた。自分が犯罪に巻き込まれているなんて信じられなかった。だって、犯罪が起きるのはニュースやサスペンスドラマの中の他人の人生だと思っていたから。あたしは盗難届けを出さなかった。複数の人たちで犯罪しているグループに思えて、変に刺激して殺されたんじゃ洒落にならないと思った。・・ところが恐ろしい事件が起こってしまった。3か月後の通り魔殺人で、あたしは犠牲者の一人だった。 産まれてから数えきれない日々を生きてきたけど、生きる事に飽きたことは一度もなかったのに即死だった。肉体から離れた時の落胆はひどくて、あたしはその場でさめざめ泣いた。一途な恋に縛られて誘惑に負けて70万ものお金を使って一度の不倫もせず、得られたものも何もなかった。こんなんだったら、被災者の方に募金した方がずっと良かった。目を腫らす程泣き続けて諦めの気持ちが生まれたとき、天使にガイドブックを渡された。活字を読む気がしないまま、ガイドブックを広げて天国行きの列車を待った。時々、涙が落ちてガイドブックを濡らした。もどかしかった。でももう地上に戻りたくてもあたしに肉体はなかった。だから、地上にいるみんなに美味しい話しには恐ろしい犯罪の闇が渦巻いていて見えない事があるから、石橋を渡るくらい慎重になって丁度いいと思うよ。って伝えたいの、あたし。」天使は静かな声で、祈祷を進めて去って言った。
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