修行の合間に、うつ伏せで膝を曲げたポーズで、白砂色の山道を登って修行している魂たちをぼんやり眺めていたら、死後の世界を否定している人が天国に上がってきたらどうなるのだろう、とクエスチョンが湧いた。びっくりしすぎて2度死ぬ? まさかね??
「幼少の頃、母ちゃんが結核にかかった。小さかった俺は、母ちゃんから無理やり引き離されて乳母に育てられた。この乳母がひどい音痴で俺まで音痴になった。だけど、優しい女性だった。俺が小さい頃の結核と言えば死に結び付く恐ろしい病で、父ちゃんは母ちゃんの部屋に絶対に行くなと怖い顔で俺に命令したけど、乳母の目を盗んで母ちゃんの部屋に忍び込んでいた。畳の上に母ちゃんは布団を敷いて寝ていた。布団以外は何も置いていない殺風景な部屋だった。母ちゃんが寝ていると、俺は布団に潜っていって母ちゃんの温もりを感じて安らかな気持ちになった。だけど、母ちゃんが起きていたら、最高に嬉しくて犬っころみたいに甘えたよ。で、俺も結核になった。結核になったと言う理由で、俺に一言の相談もなく俺だけ叔父さん家の子供になれと勝手に決められたのが不満だった。母ちゃんの病気がうつったんだから母ちゃんの横に枕を並べて寝たかったんだ。何で俺だけ家を追い出されなきゃいけないんだよ?わかんねーよ。父ちゃんにとって俺はいらない子供だったのかよ?ひがんだ。だけど、感じたままを口に出して言う勇気はなかった。「お母ちゃんの部屋に入るなと言っておいただろう!」父ちゃんの雷が落ちる事はわかっていたからだ。俺は一歳年下の弟に別れを告げて、よく知りもしない叔父さん家に世話になる事にした。だけど、いきなり、我が子になれと言う叔父さん叔母さんの強引な口ぶりには反発した。俺には本当の父ちゃんと母ちゃんがいるから、あんた達の子供にはなれないよ。口に出して言うことはなかったけど、態度は頑なで言葉も少なかった。結核の治療は大変だった。結核菌は遊び盛りの俺を家の中に閉じ込めた。近所の子供達が遊んでいるのを尻目に、俺は長期にわたって青白い顔で闘病生活を送らなければならなかった。このまま死ぬんだろうと恐ろしかったけど、危険な時期は過ぎて俺は死の淵から生還した。治ったら家に帰れると思っていた俺の期待は見事に裏切られた。しびれを切らした俺は、叔父さんと叔母さんに尋ねた。返ってきた答えが、「あんたの家は此処だって言ったのを忘れたか?」真面目な顔で言われて俺は戸惑って黙り込むしかなかった。次の日家出したら自転車に乗ったお巡りさんに質問されて、交番に連れて行かれて叔父さんが迎えに来た。「家出なんかして。」滅茶苦茶叱られた。俺が家に帰れたのは母ちゃんが仏様になったからだ。生きている母ちゃんに会えなかったのは、父ちゃんが俺を叔父さん家に追い出したからだ。悲しみと怒りと恨みが混ざりあった気持ちを素直に吐き出せずに心は歪んだ。その晩俺は泣き寝入りして、目が覚めたら仏様の母ちゃんがいた。死人を見て恐ろしくて悲鳴をあげた。これがトラウマになって俺は死んだ人間も葬式も気持ち悪くて大嫌いだ。・・俺は、父ちゃんと弟と乳母のいる家に戻る事が出来た。母ちゃんに2度と会えないのは寂しかったけど、俺が生きる場所は此処なんだって思った。ある日父ちゃんが再婚して、弟が2人になった。俺は3人兄弟の長男で家ん中ではガキ大将だった。自惚れて町中を闊歩して、不良とタイマンはって歯と右手を折った。俺は鉄拳で相手の顎をくだいた。喧嘩した事がばれたら父ちゃんに雷を落とされるから黙っていたら、夕飯の時にばれた。箸を持つ事が出来なかったからだ。咄嗟に、転んだと嘘をついたけど、父ちゃんは「嘘をいうな!」ギロリとした目で睨み付けて俺を震え上がらせた。見抜かれてカっとなったけど黙っていたら、「母ちゃんを心配させて。」長男の自覚がない事を絞られた。腕が治ったある日、弟達とちゃんばら遊びに使う剣が必要で、人ん家の庭から竹7本失敬した。次の朝、血相変えてやってきた竹林のおっちゃんのえらい剣幕に父ちゃんも母ちゃんも床に頭をつけて誤っていた。近所の悪餓鬼は家しかいなかったんでばれたんだろう。だけど、俺の平和は、父ちゃんの親父さんとの生活が始まって一転した。父ちゃんと父ちゃんの親父の中は最悪で、とばっちりを一心に受けたのが俺だった。飯の時、俺が飯粒を少しでもこぼしたら「もう食うな!」「またこぼした!」怒鳴りつけられて、絶対に泣くもんかと思いながらも涙がこぼれた。奥歯で飯粒をぎゅうっと力を入れて噛んだり、茶碗で顔を隠して食べる振りをしていたら、「男がメソメソ泣くな!」と叱られた。同じテーブルで飯を食っていた父ちゃんや母ちゃんは、一度も爺さんをなだめてはくれなかった。乳母は新しい母ちゃんがきた日に去っていた。誰も庇ってくれる大人がいない中、俺は萎縮して朝飯と夕飯を食べ、飯を食べるためにテーブルに付く時には、もういかめしい顔で俺をにらみつける爺さんが座っていて、自然に体が震え、細心の注意を払っていても、手が震えて飯やおかずをこぼして雷を落とされた。爺さんが死ぬまで緊張と疲労の飯の時間が続いた。庭で俺は弟達と遊ばせてもらえなかった。爺さんが俺を目に触れるのを嫌がったからだ。だけど、何で俺だけとは思わなかった。爺さんの威圧感に耐えられるのは、兄弟の中で俺しかいないと思っていたし、弟2人が爺さんに可愛がられて育って良かったと思う。あの時、惨めでも、弟達に焼きもちや嫉妬の感情は全く持たなかったもんな。・・爺さんはとっくに死んだ。俺は、2度と爺さんに合いたくはないし、幼い時に死んだ母ちゃんの記憶もかすかだ。そして、父ちゃんが死後の世界を否定していて、「戦争で大勢死んで、生き残ったわしらが食べ物に困っていた時に、具体的に何もしない神などいるものか。神なぞいないから、わしらは自分たちの手で貧困を脱出するしかなかったんだ。」と言ったり、「死んだら人間は土にかえっておしまいだ。だから、天に向かってどうどうとケツ見せてやれ。」なんて悪ふざけで育てられたから、父ちゃんに毒された俺は、神はいないんだ、死んだら人間は土に返るだけなんだと信じて怯えていた。死ぬのは未だ先の事でよかったと、子供心にほっとしたことを覚えている。ざっと、こんな事情で死後の世界を完全否定していた。だけど、本当にあったんだ。俺の幼少時代の浄化は始まったばかりだ。この先に、何が待っているのか?ワクワクしているよ。」・・天国では、生前、死後の世界を否定して神様を信じていなかったからと言う理由だけでは罰せられる事はない。けれども、軽い気持ちで神を冒涜すれば、魂の中で膿が溜まったようにどろどろして、浄化の修行がてこずる事になる。
祈りを終えたわたしの肩や髪に、爽やかで眩い光が降り注いだ。天国に流れている永遠の時間にわたしの魂は気付き始めていた。そして、いつか必ずこの流れに乗る事が出来るようになると感じてその瞬間をわたしは楽しみにしていた。
光の衣を羽織った乳白色のオーラの天使が迎えに来た。
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