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作品名:Dragon Sword Saga 第5巻『点と線』 作者:かがみ透

第9回   V.『点と線』〜 魔道士の男 〜
「ケイン、ケイン……! 」

 ゆっくりと、重い瞼を押し上げたケインの顔の上には、心配そうな顔で、はばたきながら、彼の頬を揺すっていたミュミュがいた。

「……あれ? ミュミュ、どうしたんだ? 」

 ケインは、野宿している寝袋から、ゆっくりと身体を起こし、伸びをした。

「何度起こしても起きないんだもん。それに、うなされてたよ」
「うなされてた? 俺が? 」

 ミュミュは、こくこくと何度も頷いた。

「こわい夢でも見たの? 」
「こわい夢? そんなの見たかなぁ? 」

 ケインは欠伸をすると、いつも寝泊まりしているその野原に、自分たち以外誰もいないことに気付く。

「クレアも、ヴァルのおにいちゃんも、いつもの食堂に食べに行っちゃったよ。みんなも、もうそろってたけど、ケインがなかなか来ないから、ミュミュ迎えに来たんだ」

「そっか。結構、眠ってたのか。そんなに疲れてた覚えはないんだけど……」

 どこか腑に落ちない様子で、ケインは寝袋をたたみ、ミュミュを肩に乗せ、朝食を摂りに出かけた。


「よお! 珍しく寝坊か? 」

 食堂に着くと、ケインに気付いたカイルが、大テーブルの、自分の隣席に招いた。

もう片方の隣にはマリスが、その隣にはジュニア、ヴァルドリューズ、クレアの順に、ぐるりと座っている。

「お前と昨夜話してた通り、今夜からは宿に泊まることになったぜ。俺も、いい加減、柔らかいベッドで寝たいしさ」

 この数日、博打で勝ち続けているカイルは機嫌が良かった。

 隣でスープを啜っている手を止めたマリスも、口を開いた。

「昨日はインカの香をわざわざありがとう。おかげで、ここのところ、ちょこちょこ見る悪夢からは、昨日は解放されて、よく眠れたわ」

 マリスは、ほっとしたような笑顔になった。

「悪夢だって……? 」

 ケインが怪訝そうにマリスを見直すと、マリスは、自分の隣で、拾って来た黒カエルを手掴かみで食べている魔界の王子に、目だけを向けた。それで、ケインは、それがジュニアの仕業らしいとわかった。

 何の気なしにカエルを頬張ったジュニアが、パンをかじって、ミルクのツボを傾けるケインを、ふと見ると、テーブルに乗り出し、じーっと見入った。

「なんだよ、ジュニア。俺の顔に、なんか付いてるのかよ? 」

「……夢魔の匂いが微かにする」

 ジュニアが言った。

「夢魔!? 」

 ミュミュが、びっくりしたように、テーブルの上で、ぴょんと飛び上がる。

 ケインが不思議そうに、ジュニアとミュミュを見る。

「夢を食べる動物だよ。魔族の中でも、ちびエルフみたいに自然派のヤツでさ、魔界でも、人間界に一番近いとこにいるから、きまぐれで、たま〜に現れたりするのさ。ああ、さては、ケイン、夢食べられちゃったんだろう? 」

 ジュニアが意地悪そうに、ヘテロクロミアの瞳を歪めてみせた。

「悪い夢を食べられちゃったんならいいけど、いい夢だったら大変だよ。いい夢が減っちゃって、そのうち、悪い夢しか見れなくなっちゃうんだよ」

 ミュミュが心配そうな顔をして、ケインを見上げた。

「う〜ん、昨日、夢なんか見たっけ? 」

 思い出そうとするケインであったが、何も思い出せそうにない。

「ほ〜ら、やっぱり食われたんだ。だから、思い出せない」

 ジュニアが食べかけの黒カエルを、ぶんぶんとケインの目の前で振った。

「気色悪いなぁ。やめろよ」
 言いながら、ケインは、不思議な感覚に、一瞬捕らえられた気がした。

「……そう言えば、なにかしら夢を見たような気がする」
 と、宙を眺めながら、うすらぼんやりとした記憶を辿る。

「……なんか、不思議な、夢とも、そうでないようにも思えたんだ。……そうだ、女の人がいた」

 それまで食事を続けていた者までが、手を止め、彼に注目した。

「色が白くて、切れ長の緑色の瞳に金色の髪……やたら赤い唇が印象的だった。……そんな人が現れて、その後がよく思い出せないんだけど……」

「ケインが女の夢をねえ。……ああっ!? 」

 カイルが突然大声を上げたので、ケインも、一行も驚いた。

 ケインの襟元を掴んだカイルは、襟を開けた。

「何すんだよ! 」

「お前、これ……口紅(ルージュ)じゃねえの!? 」
「ええっ!? 」

 ケインが驚いて自分の胸元を見下ろすと、確かに、赤々と、はっきりとした唇の形の赤い跡が、鎖骨と胸にいくつも付いていたのだった。

「こんなの、いつの間に……? 」

 一行も驚いて、彼の胸元を覗き込む。

 彼は、咄嗟に隣のマリスを見た。マリスも目を丸くしている。

「こいつぅ! さては、昨日、俺と酒飲んだ後、誰か女引っかけたんだろー? お前も、なかなか隅に置けないな! 」

 カイルが彼の首を抱え込み、じゃれ始めた。

「知らないよ! 俺は、あの後、普通に帰っただけだよ! 」

「珍しく寝坊したのは、そういうわけだったのかあ! 随分と情熱的な女だったんだなあ! やるじゃねーか! 」

「違うって! 」

 ケインが必死に言い訳するのは、マリスに当ててであった。彼女にだけは、誤解されたくなかった。

 だが、必死の面持ちでマリスを見る彼には、彼女は、単に物珍しそうに自分を見ているだけで、少しでも不快に思っている様子は感じられない。

 それが、彼の言い訳を信じていないから、というようには見えなかったのは、ケインにとっても救いであったが、かといって、妬いているようにも見えず、それに対して、がっかりしている自分にも気付く。

 彼女に、ほんの少しでも希望を抱くのは、甘い考えだと、すぐさま、彼は悟った。

「これ、取れないよ。ヘンだよ」
 ミュミュが、ケインの鎖骨をぺたぺた触って言った。

「ほ〜らな、やっぱり、夢魔の仕業だぜ」

 得意気な笑みを浮かべたジュニアが、カエルを口に入れ、騒動に幕を降ろした。


 腑に落ちないままのケインであったが、一行は、そんなことなどすぐ忘れ、もう話題にすることもなく、朝食後は、さっと宿を決め、荷物を運び入れた。

 その際に、宿屋の主人が言う。

「お客さん、もうすぐ朝礼が始まる。悪いけど、あんたがたも出てくれないかね? 」

「なんだよ、それ? 町のしきたりだかなんだか知らねえが、よそモンの俺たちには、関係ねえだろ? 」

 カイルが肩をすくめた。

「いや、今、この町にいる者全員に、お達しがあるそうなんだよ。だから、旅人にも出てもらいたいんだと」

「……ったく、しょうがねえなあ」

 カイルは、皆にも、肩をすくめてみせた。皆も、不思議そうに、顔を見合わせていた。


「……ということでして、えー、我が町内での細かな行事その他のことは、引き続き、町長であるこのワシが行い、あー、領主様に納めて頂いていた年貢は、祭司長様にお願いすることとなりました。えー、つきましては――」

 街の広場には人々が集まり、正面には、小太りな初老の男が、木をくり抜いて作った拡声器を手に、もたもたと喋り、一行は人混みの後ろから、要領の悪い、長い話を聞いていた。

 町長が下がると、今度は、真っ白な法衣をまとった、祭司長と紹介された老人が、進み出る。その横には、対照的な、黒いマントの、中背の痩せた男が立っている。

 祭司長は、いちいち言葉を区切り、語尾を強めて話す癖があった。そのため、祭司長という物々しいイメージよりも、威勢のいい商売人の爺さん、といった方がふさわしいと、一行には思えた。

「……と、いうわけでぇ、領主様代行は、祭司長であるこのワシが行う。年貢を納める期日なぞは、今までと、一緒で、良い。そして、今日は、その記念として、祭日とする。商人たちは、前もって知っとるので、準備は整っておるぞ。今日は、存分に楽しもうぞ! 」

 町民たちの歓声が上がった。

「へー、そりゃあ、いいことだ」

 カイルが嬉しそうに、隣のケインに言った時であった。

「なお、その収益金の六十五%は、ワシが預かり、年貢と神殿の基金とする」

 町民たちがざわついている中、一行には、かすかに、その祭司長の声が聞き取れた。

「……あいつ、実はセコいな」
「職権乱用だよな。ほんとに、祭司長か? 」
 カイルとケインは、呆れた顔になっていた。

 周りの歓声でかき消されていたが、祭司長の紹介で、隣の黒いマントの男が進み出る。祭司長は、拡声器を、男に手渡した。

 男は、冷たい目で町民たちを見回してから、拡声器を口元へ運んだ。

「お初にお目にかかる。諸君、私は、魔道士の塔本部から派遣された、ドーサという者だ」

 男は、マントの中から、てのひらほどの、紫色をした平たい石を取り出し、皆に、ゆっくりと見せた。

 魔道士たちの使う、ルーナ文字というものを、模様化した銀色の刻印が、されている。

「『魔道士の塔』の印だわ」
 クレアが、マリスと頷き合ってから、ケインたちに耳打ちした。

 魔道士ドーサは、手にしていたものを懐に戻してから、先の平坦な口調のまま続けた。

「今回、私がこの街へ来たのは、諸君への忠告のためだ。まず、諸君の領主であったものの敷地、あそこにある森は、妖魔が棲み着いている。火を放って、完全に燃やしてしまった方が、良いだろう。その作業は、即刻やり給え」

 ドーサは、横柄な物の言い方であった。

 一見、中年くらいの年齢だが、眉間に刻まれた縦皺と、こけた頬に、鋭い目付きが、一般的には悪人面に見えてしまう、損な外見であった。

 加えて、横柄な命令口調は、魔道士ではない他の普通の人間を、見下しているようにも取れてしまうため、祭日を喜んでいた時とは一変し、町民の間からは、口々に文句が出ていた。

「なぜ、そんなこと、あんたに命令されなきゃ、なんないんだ! 偉そうに! 」
「そうだ、そうだ! 魔道士の塔が、この街に何の用だ!? 帰れ、帰れ! 」
「妖魔がいるというのがわかってるんなら、魔道士であるあんたが倒してくれたら、いいじゃないか! 」

 そう喚く声がした時、ドーサの口の端が、片方だけ、吊り上がった。

「この私が、自ら、妖魔に侵されたあの森を、焼き払ってやっても良い。だが、……高くつくぞ」

 町民たちは、一瞬のうちに、静まり返った。

 そのドーサの表情を見れば、彼は、はったりなどではなく、確かな腕を自負しているのが、一目でわかったからであろう。

 そんな中で、ケインは、「ああ、魔道士の塔は、やっぱり、噂通りがめついのかなあ」と、呑気に考えていた。

「すぐに優秀な戦士や魔道士を募り、領主の森に向かわせた方がよいだろう」

 ドーサに言われた町長の小太りな男が、ぺこぺこしながら、また前に出る。

「えー、というわけで、あー、今のお話にもあったように、うー、この街にいる勇敢な者たちは、前に出て来てくれぬかのう。あー、町民でも、そうでない者でも構わぬ」

 再び、もたもたと、町長が喋り出した。

「あのドーサってヤツ、森を焼き払うのはついでで、実は、ヤミ魔道士を調べに来たに違いないわ。あたしたちは、知らん顔してましょ」

 マリスが、一行をさっと見回して言い、彼らも頷いた。

「その話ぃ、あたしたちが乗りますぅ〜」

 甲高く、可愛らしい、甘えた声に、そこにいた者は振り向いた。
 二人の女が抱き合い、ふーっと飛んで来て、舞い降りる。

 ひとりは背の高い、露出度の高い黒い衣装に、長い黒髪。腰には、細い剣を差している。もうひとりは、セミロングの、ふわふわしたブロンドを、両側で真っ赤なリボンで結っている小柄な少女。

「スーにマリリンだわ……! 」
 クレアが呟く。

 まさに、その二人であった。

「おお! あなたがたは、賞金稼ぎの常連でいらっしゃるな!? いやあ、あなたがたであれば、安心して任せることができますな! 」

 町長の面は輝き、それまでとは打って変わって流暢な喋り方となった。

 一行には、例の二人は、この街の出身であるだけあり、町民の信頼を集めていることが受け取れた。

「その代わり、もらうモンは、もらうわよ」

 スーが豊満な胸の前で腕を組み、町長や祭司長を見下した。

 街の長からすると、魔道士の塔の男に頼もうが、彼女たちに頼もうが、どちらにせよ、高くつくには変わりはなかっただろう。

「行きましょ。あたしたちには関係ないわ」

 マリスが呆れた声を出し、一行は、人混みをすり抜けていった。


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