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作品名:Dragon Sword Saga 第5巻『点と線』 作者:かがみ透

第6回   U.『魔道士の塔の魔道士』 〜 魔道士の塔の魔道士 〜
「何もそう固くなることはない。ヤミ魔道士どもを取り締まっている連中なら、他にいる。従って、今、お前を捕えようと言うのではない。そちらの態度によっては、事態は変わってくるが」

 黒い魔道士の姿は、抑揚のない言葉でヴァルドリューズとケインに語りかける。

 周りの人々は、彼らには、まるで気が付かないように、通り過ぎていく。

 ケインとヴァルドリューズ、その魔道士を囲んで、何か球状の薄いものがあるように、ケインには見えた。
 それは、既に、ヘイドの結界の中に、二人がいるということであった。

「ベアトリクスの内輪もめや、ラータン・マオの事情などには興味はない。あれらの大きな国々には、時々起きることではあるのでな。だから、私には、お前と、ベアトリクス王女のことを、今さら二国に告げるつもりはない。その点では、安心してもらいたい」

 ベーシル・ヘイドは、続けた。

「今回、『魔道士の塔』上層部員である私が、供も連れずに、ひとりわざわざ出向いたというのは、ある重要な任務のためだ。お前も知っていよう。トアフの領主の不吉な噂を。最も、その噂とは、『魔道士の塔』においても、ごく一部にしか伝わっていないものであったが」

 ヴァルドリューズの目が、僅かに細められた。
 ケインは、黙って、二人の魔道士を、注意深く見つめる。

「『魔道士の塔』では、領主の企みを調べようと、調査団を派遣した。まだ下級の魔道士たちであったせいか、彼らでは詳しいことまでは調べることが出来なかった。彼らよりも優れた魔道士による結界に、近付くことさえできなかったのだ。だが、それでも、ひとりだけ通信してきた者によれば、城の中では、ただならぬ、
恐ろしい試みが行われているということだった。
 それだけ、念波を送ってくると、以後、彼らからの、宝玉を通じた通信は途絶え、消息もわからなくなってしまった。ヤミ魔道士の存在もおぼろげに察知していたこともあり、以来、『魔道士の塔』では、この件に関しては、徹底的に調査をしようということになったのだ。その矢先であった」

 黒いマントの裾が、風もなくふわりと舞う。

「領主の城は燃やされ、既に倒されたらしい妖魔の黒焦げの死体と、僅かながら魔道士同士の戦いの跡が見られた、と報告があった。

 それは、勿論、魔道士ならではの調査によるものであって、普通の人間には、わかる術とてない。

 領主の裏についていたヤミ魔道士ですら、かなりの上級者だったにもかかわらず、そやつを上回る力を持つ魔道士の存在もあったとなれば、並の魔道士では難しいと上層部では判断し、『魔道士の塔』の中でも、極秘に、私が直々調査を行うこととなったのだ」

 魔道士が少し顔を上げる。

「ところが、いざ、こうして来てみると、どうだ。ベアトリクスが血眼になって探しているというあの王女に、ラータンを離れ、『魔道士の塔』からも外れた、優秀な魔道士であったお前までもが、ここにいた。
お前たちが、あの領主どもにかかわっていないはずはないだろう。領主と組んでいたヤミ魔道士を倒したのは、お前だな? ヴァルドリューズ」

 ヴァルドリューズは、ゆっくりと頷いた。

「やはりな。お前の能力は、未だ健在ということか。ならば、余計な争いはしたくはない。そちらの知っていることだけを、素直に教えてもらいたい。その代わり、お前の欲しい情報も、出来る範囲で教えてやらないこともない」

 『魔道士の塔』上層部員だというヘイドは、一層、声の調子を落とした。

 階級はもちろん、その腕前も、魔道士の中ではトップクラスであることだろう、とケインにも感じられた。

 隣にいるヴァルドリューズでさえ、めずらしく警戒しているのが、碧い瞳に現れる。

 だが、それほどの相手でありながら、男の方も、ヴァルドリューズとの一触即発を避けたいというのは、ヴァルドリューズの実力をよくわかっていると見えた。

 そのような両者の間には、互いの腹の中を探るように、しばらく沈黙が流れていた。

 ケインが話を聞く限りでは、例のジョルジュと名乗っていたヤミ魔道士は、相当な強者であった。

 彼とヴァルドリューズの戦いを、実際は目にしていないケインとしては、普段のように、ヴァルドリューズの圧勝だとしか思わなかったが、相手が厄介な魔道士であったにもかかわらず、最後は自害にまで追い込んだ彼の実力は、ヘイドのようなベテランの魔道士とあっても、一目置いているほどであったのか。

 魔道の世界には詳しくないケインですら、ヴァルドリューズの力には、改めて感心した。

「そちらの条件を飲もう。領主とヤミ魔道士の企みは、この先、世界に大きな影響を及ぼすだろう。『魔道士の塔』にも、早めに伝えておいた方がいい」

 先に口を開いたのは、ヴァルドリューズであった。

「それが賢明だ」

 ベーシル・ヘイドは、僅かに安堵をその口調にはらませる。

「では、さっそく、領主どもが何を企んでいたのかを、聞かせてもらおう」

 対して、ヴァルドリューズが、重々しく語り始めた。

「領主は妖魔に食われ、一見、人間に近いが魔物であった。それに仕えていたのが、『魔道士の塔』でもお尋ね者としていた、ヤミ魔道士のジャクスターだった」

「ほう……! ジャクスターのヤツであったか。きゃつは、なかなか厄介な存在であった。それを、お前が倒したというのだな? 」

 ヴァルドリューズは頷くと、話を続けた。

「彼らは、中級以上のモンスターに賞金を賭けていた。各国の賞金稼ぎから集めた魔物を、食用の肉に混ぜ、良質の肉と偽り、または、さまざまな品に変えて、世間に流出していた。それを口にした人々は、特に症状の現れなかった者がほとんどだったというが、やがて後遺症が出始め、大半が魔物化してしまった。だが、中には、魔物化せず、代わりに、特殊な能力を身に付けた者がいることが判明した。ジャクスターらは、そのような人間たちを、欲しがる謎の組織に、彼らを売り渡していたそうだ。
 私たちは、仮に、その組織を『暗黒秘密結社』と、特殊能力を身に付けた人間を『デモン・ソルジャー』と名付けた」

「暗黒秘密結社に、デモン・ソルジャーだと――! 」

 ベーシル・ヘイドの姿が、一瞬揺らめいた。

「そのような世にもおぞましい、非人道的なことが行われていたとは――! たかが妖魔が、そこまで……」

「私が見たところによると、領主を騙る妖魔は、若い女性を喰らうことくらいにしか関心はなく、魔物を加工し、謎の組織ともつながりがあったのは、むしろジャクスターの方だったと言える」

 ヴァルドリューズの淡々とした返答に、黒い魔道士は腕を組み、少しの間、沈黙していた。マントの中の黒ずくめの服装らしく、組まれた腕も、黒い生地に覆われている。

「その組織の情報は? 」

 ヴァルドリューズは首を横に振る。

「ジャクスターが自害したので、そこまでは聞き出せなかった。今のところ、その組織を匂わすものは、我々の前には、現れてはいない」

 再び、沈黙が続く。
 やがて、ベーシル・ヘイドが、ゆっくりと頭を起こした。

「重大な話であった。打ち明けてくれて、感謝する」

 相変わらず、抑揚のない言葉だったが、ひとまず、ケインは安心できた。

「礼として、そちらの知りたい情報を、限られた範囲ではあるが、提供しよう」

 魔道士の言葉に、ケインはヴァルドリューズを見上げた。

「お聞きしたいことは、今のところはない」

「なんと、謙虚な奴だ。今の話では、その方面に関しては、お前の方が詳しいので、仕方はないが」

 ベーシル・ヘイドは、少しだけ、親しみを感じさせるような口調になった。

「ならば、忠告だけしておいてやろう。お前は、例の王女と組み、なにやら得体の知れないものを召喚しているそうだな。しかも、それが、禁呪であるという噂も入ってきている。

 『魔道士の塔』では、ベアトリクスやラータンの件に関しては一切無縁ではあっても、禁呪となると話は別だ。ヤミ魔道士とされている上に、禁呪まで使用しているとなると、『魔道士の塔』も黙ってはいない。

 近々、調査団を世界各地に送り込み、この際、ヤミ魔道士を一掃しようという話も出ている。相手がヤミ魔道士であれば、我々の間の『魔道士の誓い』にもある『魔道士同士戦ってはならぬ』という法を、一部改正してな。

 それと、もうひとつ、気になることがある。こちらに来てから気付いたのだが、王女の側に、いつも潜んでいる黒い影――ヒトの形はしているが、なんとなく違うもののように思える」

(ジュニアのことだ)
 ケインは思った。

「魔力だけで見るならば、妖魅どもと大差はないが、水晶球には、黒い不吉な影としか映らぬ。あれが、何者なのかは、ここでは、聞かずにおこう。聞いてしまえば、それこそ、お前を野放しにしてはいられなくなるかも知れぬというのでは、今後、私にとっても、事実『魔道士の塔』にとっても、損なのでな」

 ベーシル・ヘイドの口調には、それまでの緊迫感は、感じられなくなってきていた。

「お前のことは、よくわかっているつもりだ。例え、禁呪であっても、悪用することはないと。私個人としては、できれば、お前を泳がせておき、時々なんらかの情報を、このように提供してもらえばいいと思うのだが、頭の固い連中は、そうは思わぬらしい。ヤミ魔道士というと、すぐに目の敵(かたき)にしおる」

 彼の声には、僅かに、笑いさえ含まれていた。

「お前なら、『魔道士の塔』の調査団など、敵ではないだろうが、面倒なことにはならぬよう、せいぜい気を付けるのだぞ。それから、もうひとつ、今度は、そちらの青年にだ」

 ヴァルドリューズが、隣を見る。

 ケインも、さっと緊張して、ヘイドの、深く下げられたフードに隠れた目の辺りを見据える。

「世にも珍しい伝説の剣は、ヤミ魔道士に限らず、必ず闇のものと関わるであろう。彼らの間では、野望を打ち砕くとされているようだ。気を付けるがいい。では、ヴァルドリューズに青年よ、邪魔をしたな。また会おう」

 黒い魔道士の姿は、空気の中に溶け込んでいった。

 同時に、行き交う人々は、再び現実のものとなり、彼の結界が解かれたこともわかる。

 ケインは茫然と、ベーシル・ヘイドのいた辺りを、見つめていた。

「彼は、私の上司だったのだ。私が、まだ『魔道士の塔』にいた頃の」

 ヴァルドリューズも、ケインと同じ方向を見つめたままだ。

「魔道士にしては、なんだか話のわかるおじさんて感じだったな」
 ほっとして、ケインは、ヴァルドリューズを見上げた。

「上層部に来るよう言われていたのだが、故郷であるラータンに仕えたいと、断ってしまったのだ」

「あの人の言う通り、『魔道士の塔』の上層部に行っていたら、ヴァルは、今とは違う道を歩み、マリスや俺たちにも、出会わなかったかも知れないんだな……」

 ヴァルドリューズは、ケインに視線を移した。
 少しだけ、その瞳は和んでいた。

「いや、私は、『魔道士の塔』とは合わなかった。どちらにせよ、抜けていたに違いない。だから、多分、お前たちとも、出会っていただろう。そうなるように、なっているのだ」

 ケインには、ヴァルドリューズが、少なくとも、彼らに出会えて後悔しているようには見えなかった。

 ケインがヴァルドリューズに微笑む。
 ミュミュも、ヴァルドリューズの髪の間から、顔を覗かせて、にこにこと頷いていた。


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