「よお、ケイン」
食堂を出てすぐ、偶然カイルに出くわす。
「ちょうど良かった。今、バクチ屋に行くとこなんだけどさ、お前も来るか? 」
「お前、昼間、マリスと一緒に稼いでるじゃないか。マリスとバクチ屋から出て来たのも、この間、見たぞ。その金は、旅の資金のためじゃなかったのかよ? 」
「だから、それを、バクチで更に大きくするんじゃねーか。どうも、マリスと一緒だと、負けることが多いんだ。あいつもバクチは強い方らしいんだが、……もしかしたら、運の良い同士は相性が悪いのか、それとも、俺の剣に棲む精霊さんが機嫌損ねるんだかは知らないが。なあ、付き合えよ。お前は、何も賭けなくていいからさ。俺の腕前を見せてやるぜー! 」
ケインは、カイルに無理矢理引っ張られていった。
「カイル、いつまで戻らないつもりだ? クレアなら、『潔癖性』は、大分治ってきたみたいだぜ」
「へー、そうか」
博打屋は込み合っていた。客たちのふかすタバコの煙で、見通しが悪い。
マリスとストリート・ファイトをしていた見覚えのある体格のいい者を、見かける。 そこでは、正六面体の角をカットされた小さいダイスを使い、刻まれた柄を当てるゲームをしていた。
ケインが目を留める。動物の牙や骨らしいものや、木で出来ているものもある。 彼の隣では、どのゲームに参加しようかと、カイルがきょろきょろしている。
「やっと自由になれたんだ。今までは荒野だとか、変なモンのいる砂漠だとか、変な種族のわけわかんねー仕事なんかさせられたり、たまったモンじゃなかっただろ? 自由になった時くらい、遊んでおかないと、またいつ遊べるかわかんねえもんな」
目だけを動かしながら、カイルは真面目な口調で語っていた。
「良かった。もしかして、お前が、メンバーから抜けちゃうんじゃないかって、ちょっと心配したんだ」
カイルは、そう言ったケインを振り返り、にやっと笑った。
「考えてもみろよ。どこが自分にとって安全な場所か。強いヤツの側だよ。そうだろ? 」 彼らしい答えに、ケインは笑う。
「俺は、自分の腕も実力も限界もわかってる。クレアのように努力家でもない。っていうと、コインザメみたく強いヤツにくっついてるのが一番得なわけよ。だから、俺は『マドラス』が女だって知らなくても、ヤツに付いて行ったんだ。幸いにして、『マドラスちゃん』は、暴れるのが好きだから、魔物を退治する時でも、俺にノルマは課さないしな。おまけに、あんなヤクザな金儲けにも強力してくれる……っつうか、もともとあいつが思い付いたんだっけ。単に正義を振りかざすヤツだったら、こうはいかない。あいつには、あんまり正義とか、そういうつもりはないみたいだから、俺もやり易いんだよ」
一度区切ってから、彼は付け加えた。
「お前は別だけどな、ケイン。正義感は強くても、お前は話のわかる方だと思ってるよ。あんまりカタイことも言わねえしな」
カイルは照れたように微笑んでみせた。ケインも、微笑んで応える。
カイルが、あるテーブルの前で足を止めた。 カードゲームのコーナーで、四人くらいがテーブルにつき、周りには大勢人が集まっている。
そのまましばらく観察していたカイルであったが、ふとまた語り始めた。
「お前もさ、クレアの特訓も大事だけど、たまにはマリスの相手もしてやれないか? 今日だって、見てたか? あんなに大勢の強そうな男どもを――あれは、三〇人以上いたぜ――どんどん投げ飛ばしていって、終わった後、一言、『物足りない』って呟いたんだぜ。ま、俺が、あんまり本領発揮するなって言ったから、思いっ切り出来なかったせいもあるんだろうけど、これまでは、お前ひとりでも足りてたわけだろ? あいつも、お前の実力を、充分認めてるんだよ」
「男三〇人分か……」
ケインは、ちょっとだけ誇らしかった。
「だけど、マリスは、さっき、砂漠でトカゲを取り合ったダイとかいう傭兵と、今度特訓するらしいぜ。ヤツは格闘マニア? なんだとか。結構、強いかも知れない。強ければ、この先、あいつと特訓していきたいみたいだった」
「ああ、あいつ、また現れたのか」 カイルは、バカにしたように、鼻で笑った。
「あんなヤツ、ケインに比べたら、たいしたことないさ。あの一緒にいる金髪キザ男は、もっとたいしたことないだろうけどな」
ククッと笑うと、カイルは、ポケットに手を突っ込み、持ち金を確認し、ゲームが終わって席を立った男と入れ替わりになった。
「見てろよ、ケイン。俺の強さを見せてやるぜ! 」
賭け金をテーブルの中央に放ると、その後、カイルは、後ろにいるケインを振り返らなかった。
ゲームは、店の男【ディーラー】が、革のカードをよく切り、テーブルに着いた四人の参加者【プレイヤー】に配る。あくまでも配る役である。
手札は常に五枚。 残ったカードは、テーブルの中央に、四つの山として置かれていた。
参加者は、順番に好きな山からカードを引いたり、捨てたり、拾ったりしながら、カードの絵柄や数字を組み合わせて、ヤクを作っていくのだった。
ひとりが上がれば、その時点でゲーム終了となり、出来上がったヤクの大きさで、賭け金の倍率が決まる。
世の中で、特に人気のある、簡単なカードゲームだった。
カイル以外の三人は、ガッチリとした体型で、いかにも金持ちだと見せ付けている高級葉巻をくわえている者と、モヒカン刈り、ボサボサ髪の人相の悪い者だった。
衣服は町人のような、皮のチュニックや、ブーツ姿ではあったが、時々、目配せをしていたり、にやにや笑い合ったりしている。
ケインは、この三人は野盗や盗賊の輩で、仲間同士であると踏んだ。
(きっと、カイルのことをカモにしようとしているに違いない)
当のカイルは、そんなことは気にしていないように、何気ない仕草で、カードを引いている。
思わず、カイルに忠告したくなったケインであったが、ゲーム中に話しかけることはイカサマと見られてしまう。場慣れしているカイルなら、とうに気付いているかも知れない、と思い直し、見守ることにした。
「アガリだぜ」 カイルが手札を伏せて、テーブルに置いた。
その時点で、四人とも、手札を見せることになる。
「なにぃ!? 」 「もうアガったってのか!? 」
驚いたのは【プレイヤー】だけでなく、周りの人垣もであり、ケインもだ。
「『青の龍』が一枚に、『黄色い魚』が四枚。ミクロ・ツーペアだぜ」
カイルのカードが、表に返される。
「そ、そんなチンケなヤクで、俺様のドラゴン・ストレート・フラッシュを――! 」
「へー、そりゃあ、すごいが、残念だったな。でも、それには、『赤の龍』があと二枚足りないぜ」
モヒカン男に悔しそうに睨まれても、彼は、のほほんと笑っていた。
残りの二人も、カードを見せると、それぞれ大きなヤクになりそうなのが、ケインにも客たちにもわかる。
最初のゲームが終了し、【ディーラー】がカイルに渡したのは、銀貨八枚であった。
賭け金が、全員最低レベルの銀貨一枚であり、下から二番目の小さいヤクなので、倍率も低かったのだ。
モヒカン男のいうドラゴン・ストレート・フラッシュであれば、ボーナスもあり、金貨はもらえたところであった。それだけに、彼らは悔しがっていた。
「いやあ、今日はツイてたぜ! 」
カードゲームのテーブルを離れる際、カイルは、革袋の中身を、じゃらじゃら言わせてみせた。
ケインにも信じられなかったが、彼は、わざと自信がないよう装ったり、自信ありげだったり、賭け金もハッタリで金額を増やしたり、減らしたり等して、プレイヤーたちの心理を撹乱させては、ちょこちょこと小さいヤクで勝ち続けており、最後に、大きなヤクで圧勝したのだった。
「見てた俺も、ついアツくなっちゃったぜ。お前、本当に強いなぁ! 」 「賭け事はな。実は、昔、博打の師匠に弟子入りしてな」
ケインとカイルが満面の笑みで、その場を立ち去ろうという時、背後に、大きな人影が現れた。
「よお、にいちゃん、随分儲けてたな。どうしたら、そんなに勝てるのかね? 」
二人が振り返ると、人相の悪い男が三人、腕を組んで見下ろしていた。
先のゲームの相手たちだった。 ふっと、カイルが肩をすくめて笑う。
「いるんだよなあ、俺があまりにも強いもんだから、ギモン持つヤツがさあ」
「貴様、このところ、昼間も広場でストリート・ファイトをやってるだろ? 金貨一〇〇枚に美少女付きなんて、気前のいい条件だと思ったら、あの娘があんな武道の達人だったとは――! な〜んか、てめえは、インチキくさいんだよ! 」
モヒカン刈りの頬に傷の入った男が、憎々し気に言う。
「ハッ! そう簡単に、世の中上手くいくと思ったら、大間違いだぜ! 悪いけど、彼女の腕が確かなのと同じくらい、俺のバクチの腕もホンモノだ」
革袋を肩にかけ、ハンサムな顔立ちをにやっと歪めて笑うカイルは、実際いい男であると、男のケインでさえ、そう思えた。
現に、何事かと、わらわら集まって来た客の中にいる女性たちの目は、ほとんどがカイルに釘付けであった。
「この八百長野郎が! 」
ボサボサの長髪の男が、太い拳を振り上げ、ピタッと止まった。
カイルがいつの間にか抜き放った剣先が、彼の目の前に突き出されていたのだ。
「あくまでも、いちゃもん付けようってんなら、仕方ねえ! 相手になってやらないこともないが、ここでは、他の客や店に迷惑がかかる。やるんなら、表でやってやるぜ! この俺の、魔法剣がお相手だーっ! 」
カイルは、あえて、「魔法剣」のところを強調して言った。
「ま、魔法剣? 」
三人はピクッとして、互いに顔を見合わせると、巨体に似合わず、こそこそと、背を丸めて奥に消えていったのだった。
魔法攻撃をされては、とてもかなわないと思ったのだろうが、彼の魔法は『浄化』であって、人体には影響はないのだった。
なので、またしても、彼のハッタリであった。
実際、その三人とカイルが戦ったとしても、カイルが勝つだろうということは、ケインには見当は付いていたが。
魔法剣を、元通り鞘に納めたカイルが、それが格好良い仕草と女たちの目に映るよう、意識的にやっていたと見えたのは、ケインの気のせいではなかっただろう。
「すごいわ! 」 「あの怖そうな三人を、何もせずに追い返してしまうなんて! 」 「その素敵な剣は、魔法剣なの? 素晴らしいわ! 」 「ねえねえ、あんた、どこから来たの? 」 「旅のお話でも、聞かせてよ」
女たちは、一気にカイルに押し寄せた。
「悪いけど、今日は先約があるから。また今度な」
あっさりと手を振り、ケインと博打屋を出るカイルを、女たちは名残惜しそうに、何も出来ず、ただ見送るのみだった。
「お前も多忙だな。もう先約がいるのか? 」
ケインが苦笑すると、カイルが笑った。
「お前のことだよ」
「えっ? 俺? それは、光栄だな」
ケインもカイルも、顔を見合わせて、笑った。
「いい男ってのは、そう簡単に、がっつかないもんなのさ。じらして、女どもを牽制(けんせい)させておいて、じっくり選ぶ。慌てなくても、女は逃げていかないからな」
「お前って、女なら、誰でもってわけじゃなかったんだな」
「当たり前だろ? 『来るものは拒まず』なんて、モテないヤツのすることさ。俺がやったら、大変だぜ。世界中の女どもの相手をしてやらなきゃ、ならなくなっちまう! 」
カイルは、わざと大袈裟に肩をすくめてみせ、ウィンクした。
二人は笑い合うと、久しぶりに、酒を飲み明かすことにし、近くの酒場に入って行こうとした。
「失礼」
後ろから、静かとも、陰気とも言える声がした。
振り返ると、そこには、ケインが、食堂でも広場の人混みでも見かけた、黒いフード姿の男だった。
「なんだい? 何か用か? 」 カイルが、何気なく答える。
「昼間、広場で見かけた者だが、お聞きしたいことがあるのでな。あの時、一緒にいた、赤い服の少女とは、どのようなご関係か? 」
夕暮れは過ぎ、空は真っ暗であり、フードを深々下げているその魔道士らしき男の顔は、すぐ近くにいる彼らにすら、見えない。だが、声を聞くかぎりでは、それほど年寄りではないだろう、と見当がついた。
「ああ、彼女か? 知らねえな。ばったり会っただけなんだ。お互い利益になるから、さっきは一緒にいたけど、それだけだね」
カイルは、何食わぬ顔で、答えた。
男が魔道士独特の平坦な喋り方で、聞き返す。 「本当に、関係ないのか? 」
「ああ。あの娘がどうかしたのか? 」
「いや、彼女の出身は、……実は、東洋ではないのではないかと、思ったもので……。邪魔をしたな」
男は背を向け、ゆっくりと去っていった。
「よしっ! じゃあ、飲みに行くか! 」 「ああ」
カイルは陽気にペラペラとケインに話しかけていたが、魔道士の気配が完全になくなるのを見計らって、途端に真顔になった。
「あいつ、何者だろうな? ずっと、俺とマリスのこと、付けてきやがるんだ。この街にも、当然魔道士はいる。だが、あいつは、明らかに、よそモンの魔道士だ。雰囲気でわかる」
ケインも、黙って頷く。
「最初は、もしかしたら、俺の魔法剣を狙ってやがるのかと思ってたけど、どうやら、狙いは、マリスみたいだな」
「まさか、ベアトリクスの追手か、蒼い大魔道士の一派じゃ――? 」
ケインの背筋に緊張が走る。 カイルも真面目な目のままだ。
「わからねえ。だが、それだったら、マリスのことは知ってるはずだろ? いちいち俺に確かめずに、直接彼女のところに行くんじゃないか? 」
「それも、そうだ。だったら、彼は、一体……? 」
「いよいよウワサの『暗黒秘密結社』のお出ましか? 魔道士だから関わってない、とは言い切れないもんな」
カイルが顎をさすり、考えながら、静かに切り出した。
「お前、一応、ヴァルにこのことを伝えておけ。敵か味方かわかるまでは、さっきのヤツには、余計なことは言わない方がいいだろう」
その後は、何事もなかったように、二人は、酒場で、楽しく飲み明かしたのだった。
「ケインたら、昨日は遅かったじゃないの」
「悪いな。カイルとバッタリ遇っちゃって、遊んじゃったんだ」
「まあ! あんな人となんて、遊ばなくたっていいじゃないの。私、ずっと待ってたのよ。ケインがなかなか帰ってきてくれないから、ひとりで練習してたんだから」
朝食を食べに、ケインとヴァルドリューズが食堂に行くと、食事を運んできたクレアが、かわいらしく頬を膨らませていた。
「ごめん、ごめん。今日は、早く帰るよ」 「絶対よ」
クレアがカウンターの奥に消え、ケインとヴァルドリューズは、野菜スープを啜る。
「あのさ、ヴァル、昨日――」 「なんか、奥さんと旦那さんみたいだね」
言いかけて、すぐに、話は遮られた。
いつの間にか、テーブルの上で、焼きたてのパンを抱えてぺたんと座っていたミュミュが、そのくりくりした丸い目で、ケインを見上げている。
ケインは、スープが器官に入りそうになり、ごほごほ噎せた。
「なに言ってんだよ」
「ケインは、クレアにはやさしいのに、ミュミュには、ちっともやさしくしてくれない。ミュミュがヴァルのおにいちゃんに付いても、全然ヤキモチ妬かないし、かえって、嬉しそうだし、全然ミュミュの心配してくれないー! 」
ミュミュが立ち上がって、ケインのスープに、パンをばしゃばしゃ浸けた。
「こら、やめろよ。なんだよ、いきなり怒り出して、どうしたんだよ? 」
「今の今まで、ミュミュのこと忘れてたくせにー! 」
ミュミュは、プーッと頬を膨らませて、ケインの目の前に浮かんだ。
「ケインは、ミュミュのこと邪魔だったの? いったい、どう思ってるのさ? 」
「どうって……そりゃあ、いつも一緒にいたネコが、突然いなくなって、ちょっとは淋しくなったような気がする――くらいには」
「ミュミュは、飼いネコかーっ! しかも、『さびしくなった』じゃなくて、『気がする』ていどなのーっ? 」
「えっ? ……ああ、ごめん、ごめん。『気がする」じゃなくて、ホントに淋しいよ」
「ウソだー! 絶対ウソだー! ああ〜ん、おにいちゃん! ケインが、ミュミュのこと、実はウザがってて、いなくてせいせいしてるんだよ。ひどいよー! 」
ミュミュが泣きながらヴァルドリューズのスプーンを持つ手の甲によじ登って、訴える。
が、ヴァルドリューズが、ミュミュの口の中に、野菜の切れ端を突っ込むと、ミュミュはそのままモゴモゴと、かじり出した。
どうやら、気が反れたようで、ケインは、ホッとした。
ちょっとした一騒動によって、ケインはヴァルドリューズに何を話そうとしたのか、すっかり忘れていた。
食堂を出て、それぞれの仕事先へ向かおうとすると、正面に、人影があった。
それが、どこから歩いてきたものではなく、いきなり、何もない空間から湧き出たことは、彼らには、すぐにわかった。
ヴァルドリューズの足が止まる。ケインも、足を止める。
人影は、ゆっくりと二人に近付き、ある程度の距離を置くと、立ち止まった。
背は高め、全身を黒いフード付きのマントで覆っている痩せた男。
それは、昨夜カイルとケインに話しかけてきた魔道士で、先程、ケインがヴァルドリューズに知らせようとした人物に、他ならなかった。
男は、重々しく口を開いた。
「まさか、このようなところで遇おうとは、思いもよらなかったが……久しいな、ヴァルドリューズ」
ケインは、はっとして、隣のヴァルドリューズを見上げた。
彼の表情には、僅かだが、緊張の色が見える。
「お久しぶり。『魔道士の塔』上層部員ベーシル・ヘイド」
二人の魔道士の視線は、既に、絡み合っていた。
魔道士の塔――
その名は、皆が度々耳にしてきたが、一体、どのような組織なのか、魔道士でない者には、馴染みがない。
ケインには、点の間に引かれた線が、徐々に、うっすらと姿を現してきたような気がした。
※実在するゲームに似ていますが、ちょっと違うので、決して参考にはしないでください。 あと、今さらですが、未成年の飲酒場面がちょくちょくあります。 特に、ケイン、がぶがぶ飲んでますが、 日本とは慣習が違うので、日本の皆さんは、真似しないで下さい。(^_^;
|
|