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作品名:Dragon Sword Saga 第5巻『点と線』 作者:かがみ透

第3回   T.『その後のトアフ・シティー』 〜 特訓 〜 
「感情で魔法を使ってはいけない」

 助けた少年を警備隊に預けた後、一行は、街の中心から外れた丘にいた。

「彼女が魔法能力が高かったから大事には至らなかったが、もしそうでなければ、罪もない人々を巻き込むところだったのだ」

「はい。すみませんでした……」

 ヴァルドリューズが淡々とした口調で、諭していた。クレアは、すっかりしょげて、頭をうなだれている。

「そうはいうけどさ、ヴァルだって、あのマリリンて子がたいしたことなければ、どうせ止めに入ってたんじゃないか? クレアは、まだ慣れてないだけで、悪気はないんだからさ、こんなに反省してるんだし、もういいんじゃないか? 」

 ケインが助け舟を出した。

 ヴァルドリューズは「以後気を付けるように」とだけ付け加えると、もう何も言わなかった。

 カイルとミュミュは、草むらの上に座り込んでいる。
 クレアも、気落ちした顔で、その場に腰を下ろした。

「ああ、私、やっぱりだめね。頭ではわかっているのに、いざとなると、どうしてこうなのかしら」

「大丈夫だよ。そのうち慣れるよ」

 すっかり落ち込んでいるクレアの隣に、ケインが座る。

「しかし、驚きだよなあ。まさか、あんなお子ちゃまが、あそこまでの技を簡単に吸収しちゃうなんてなあ」

 カイルが感心した声を上げるが、その言葉に、クレアはピクッと身体を強張らせた。

「しかも、随分ふざけた呪文だったよな。杖だって、オモチャみたいだったし。だけど、魔法のことはよくわからない俺だって、彼女が、まあまあ腕の立つ魔道士だったんだってことくらいは、わかったぜ」

「あのマリリンという少女――彼女は、意外と高い魔力を秘めている。彼女独自の呪文も編み出しているようだった。あの若さで、そこまでできる魔道士は、そうはいないだろう」

 カイルに続き、マリリンを褒めたのは、珍しいことに、ヴァルドリューズであった。

「どうも、そうみたいね。あたしも、まさか、あの子が、そこまでの実力を持ってた
なんて、意外だったわ」

 木にもたれかかり、脚を組んでいるマリスも、肩を竦めてみせた。その裏手には、魔族の王子ジュニアが同じように木に寄りかかる。

「あんなんでも、あの子は特別だったのかあ」
 言い終えてから、カイルが、クレアを向く。

「別に、魔法なんか、無理して極めなくたって、いいんじゃねえの? クレアはかわいいんだからさ、好きな男でも見付けて、幸せに暮らせばいいんだよ。黒魔法なんて、わざわざ向いてないことなんかしなくてもさ、治療の術は出来るんだし、それだけでも充分だと思うぜ」

 カイルは、ヘラヘラとクレアに笑いかけた。

「どうせ、私は、才能ないわよ! 」

 ぽろぽろ涙を流しながら、クレアは立ち上がった。

「お、おい、何も、泣くこと……! 」

 カイルも慌てて立ち上がり、クレアを引き止めようと、肩に手をかけるが、
「きゃーっ! 男ー! 」
 カイルを突き飛ばすと、クレアは泣きながら走っていった。

「ジャグ族の巫女に憑依されてた影響の潔癖性は、まだ治ってなかったか」
 ケインが立ち上がって、彼女を追いかけようとした時だった。

「限界を感じたのだったら、これ以上、無理に押し付けることはしない方がいい」
 ヴァルドリューズが再び口を開く。

「蒼い大魔道士の一味に、ベアトリクスの差し向ける刺客――それだけでも、かなり大きな敵と言えたたのが、先程マリスが名付けた『暗黒秘密結社』と『デモン・ソルジャー』など、得体の知れない組織が、この先、我々にもかかわってくるのだとすれば、おそらく、今のクレアの実力では、とても太刀打ちはできない。彼女を援護しながらでは、こちらのハンディになるだろう」

 彼女の師匠としてのヴァルドリューズの言葉は、クレアでなくともショックを覚えた。

「あの少女は特別だった。自分の魔力を充分に引き出していた。素質の点で言えば、悪いが、クレアより勝
(まさ)っていると言えよう」

「じゃあ、どうするんだ? クレアは、ここで置いていくのか? 」
 ケインの静かな問いかけに、ヴァルドリューズは無表情な碧い瞳を向けた。

「慰め、いたわりながら魔法を教えるつもりはないと、思っているだけだ」

 ケインには、すぐに相手に同情してしまう自分とは、主義が違うと言われたように思えた。

「本当に極めたいのなら、慰められずとも、自ら進んでやれるものだ。先にも言ったように、これからの敵は、得体が知れないのだ。ついて来られないのなら、カイルの言ったように、安泰な道を選んだ方がいいだろう。彼女には、私たちの戦いについて来なくてはならない義務などはないのだから」

 ヴァルドリューズが、カイルに、目に見えて賛同したところを見たのは、一行にとっては初めてであった。

 カイルは、「だけど、どうも、てめえが言うと、ムカッとくるんだよなー」と、ぶつぶつ言う。

「まったく、あなたも相変わらずね。そんなに厳しかったら、ついて来れる女なんか、まずいないわよ。それとも、クレアがかわいいから、ついいじめたくなっちゃった? 」

 マリスがヴァルドリューズにからかうように笑いかけた。それへは、彼は、ちらっと彼女を見ただけで何も言い返さず、代わりに、ミュミュが、プーッと頬を膨らませて、彼の髪の間から、顔を覗かせている。

「だけど、俺は、……クレアには、なんとか魔法頑張ってもらいたいんだ」

 あまり強くはない口調で、ケインは言っていた。
 それには、誰も、何も応えなかった。


「よろしくお願いします」

 しばらくして戻って来たクレアが、ヴァルドリューズに頭を下げた。

「才能はなくても、やっぱり、私には、これしかできないから……向いてなくても、極めることはできなくても、できるところまでやってみようと思います」

 皆、少し距離を取ったところで、彼女を見守っていた。

 ヴァルドリューズは静かな目で彼女を見下ろすと、ゆっくり口を開いた。

「では、今まで教えた技を、完璧にコントロールできるようになってから、次の技に進めるかどうかを、判断させてもらうことにする」

 クレアの表情は一瞬輝いたが、すぐに気を引き締めた表情に変わる。

「はい、頑張ります」

(よしっ! 頑張れよ、クレア! )
 魔法を続けることにした彼女を嬉しく思ったケインは、心の中でエールを送った。


「戦いの感覚は、身体で覚えるもんだ。それは、魔道も剣も同じだと思う」
「ええ」

 ケインの言うことを一言も聞き漏らすまいと、クレアは真剣に頷く。

 砂漠を旅してからおろそかになっていた剣の稽古を、ケインは再開させた。剣の腕が上達するとともに、魔法を放つタイミングも掴めるだろうと思ったのだった。

(皆は、クレアのことは戦いに向かないとして、いずれは置いていくつもりなのかも知れないけど、例え、そうなったとしても、一緒にいる間は、せめて、悔いのないよう頑張らせてあげたい)

 ケインは、自分の出来ることなら、何でもしてあげたいと思った。

「よし、さっきよりもいいぞ! その調子だ! 」

 アストーレ王国の鍛冶屋に、マリスが頼んだクレア用の剣を両手に構え、髪をひとつに結わえたクレアは、教えた通りの動きをしていた。彼女の突き出す剣を、ケインは、マスター・ソードで、時々弾き返す。

 だが、まだ応用は利きそうにない。そうなるには、数をこなすか、または、ある日突然コツがわかったりするものだと、経験上彼は知っていたので、彼女には気にしないよう伝えておき、彼自身も焦らないことにしていた。

 一時、休憩する。クレアのてのひらには、ずっと剣を握っていたため、まめができていた。

「大丈夫か? 」
「ええ。久しぶりに剣を持ったからかしら。でも、大丈夫よ」

 額に浮いた汗を拭い、彼女は、微笑んでみせた。片方ずつのてのひらに、治療の魔法をかけている彼女を、ケインは微笑ましく見つめる。

 ふと、木陰でマリスが手招きしているのに気付き、彼は、マリスへと歩いていった。

「あのね、ある食堂で雇ってくれることになったの。他に働き口が見付かれば、それぞれに働いた方が、早く資金も貯まるけど、見付かるまでは、みんなで交替で、そこで働こうと思うの」

「わかった」

「それで、あの、ケイン……」
 マリスが遠慮がちに彼を見上げる。

「ちょっと相手してもらえないかしら? 」
「組手か? 」
「ええ」

 彼女の特訓好きに付き合っていたのが、彼にとっても良い訓練となっていたのは確かであったが、ケインは、ちょっと考えてから返事をした。

「悪いな。今は、クレアに、剣の稽古をつけてるところなんだ。ずっと中断しちゃってたからさ。彼女が魔法攻撃する時にも役に立つはずだから、今ここで、しっかり教えておこうと思うんだ。早くクレアが戦力になった方がいいだろ? 」

「そう……。そうよね、その方が、いいと思うわ」
 納得したマリスは、その場を去って行った。


 休憩が終わると、訓練再開だ。

「今度は、ちょっと違う方から攻めてみるけど、基本は今までと変わらないから」

 ケインは、少し動きを早めると同時に、力も加えた。
 徐々にクレアも焦った表情になっていくが、それでも、彼の方はペースを変えなかった。

 彼女の形勢は崩れてきた。剣を彼に弾き返されると、足元もよろめき始める。

「……うう、……えーい! 」
「うわーっ! 」

 立場が不利になってきた彼女は、無意識のうちに、またしても風の魔法を放っていた。
 ケインは吹き飛ばされ、離れた草むらに落っこちた。

「ごっ、ごめんなさい! ケイン! 」

 慌てたクレアが、ケインを抱き起こしかけたが、
「いやーっ! 男ー! 」
 またしても、彼は吹き飛んでいた。

「きゃあっ! ごめんなさい! 本当に、ごめんなさいっ! 」

 本気で謝りながらも、彼に触れると、どうしても吹き飛ばしてしまう彼女であった。

「だっ、大丈夫だから! 」

 彼女に触れられないうちに、ガバッと、彼は自力で立ち上がった。
 これ以上、意味なくとばされるのは、本当に意味がなかった。

 彼女に戦い方を教えるのは、並大抵の気持ちではいけないことが、ケインは身に染みた。

「なるほど。確かにいい方法ではあるな」

 ケインたちの前に、ヴァルドリューズが進み出る。二人は、彼が、それまで、訓練の様子を見ていたと気付く。

 クレアが必死な表情で、両手を組み合わせた。

「ヴァルドリューズさん、ごめんなさい! またしても、私ったら、無意識のうちに魔法を使ってしまって……」

 ヴァルドリューズは、ふっと微笑み、ケインに向かって言う。
「これは、お前にとっても、良い訓練になるかも知れない」

「俺にとっても? 」

 ヴァルドリューズが提案したのは、ケインとクレアに、そのまま剣の稽古を続け、彼女には魔法の攻撃も有りとした。その時は、ケインもマスター・ソードに彼女の魔法攻撃を吸収させる、という方法だった。

「なるほど、そうすれば、俺の剣も魔力を吸収して成長するし、クレアも、戦闘のコツを覚えると同時に、剣と魔法両方が一遍に上達出来る」

 ケインは、嬉しそうに、クレアを振り向いた。

「剣も使える魔道士を目指してみるか? 」
「ええ! 私、絶対に頑張るわ! 」

 クレアが目の端に光るものを、そっと指で拭い、ケインとヴァルドリューズとに、笑顔を見せた。

 ヴァルドリューズも微笑み、彼女の肩に、そっと手を乗せた。

 彼が吹き飛ばされずに済んだのを、ケインは、さすがに師匠には気を付けたのだろう、と解釈し、別段不思議にも思わなかった。

「出来る技をタイミング良く使いこなせるところまで、まずは、やってみるのだ。新しい技は、それからだ。それまでは、魔道書を預かっておく」

 クレアは、フェルディナンドでヴァルドリューズからもらったチャール・ダパゴの魔道書を取り出し、不安気な様子もなく、彼に渡した。


 それから、役一週間ほどが経つ。
 白い騎士団一行は、まだトアフ・シティーに滞在していた。

 マリスの見付けてきた食堂では、彼女とクレアが働く。店の人は、マリスがクレアを連れて行くと、「野郎どもよりも、かわいい女の子の方がいい! 」と、はっきりと言い切ったので、彼女たちのみ雇うことにしたのだった。

 ケインは、商人たちが店に品を持って来た時に、運ぶのを手伝ったり、馬車の修理を手伝ったり、子守りまでやっていて、文字通り、よろず屋であった。

 砂漠の民ジャグ族の村にいた時よりは、ずっと仕事らしい仕事が出来た。

 ヴァルドリューズは、近くの診療所で治療を手伝い、カイルは、露店の客引きをしていた。
 その店では、他の店に比べ、客――特に女性客が圧倒的に多かったため、カイルは店の主人には、気に入られていた。

 言うまでもなく、ジュニアとミュミュは、何もしていなかった。
 そのように働いているうちは、何事もなく、平和に時は過ぎていったのだった。


 ある日のことだった。

「えっ……? 」
 マリスの言葉に、ケインは不可解な表情で聞き返した。

「だからね、要するに、ストリート・ファイトで、一気に儲けるのよ」

 不敵な笑顔で、マリスは人差し指を立てる。

「広場とかのスペースで、腕自慢の男たちを募って、お金を賭けて、あたしと勝負してもらうのよ。あたしに勝てる人なんているわけないんだから、お金は全部こっちのものになるでしょ? 」

 ケインもクレアも、唖然とする。

「そうだわ、ケインもやってみたら? あたしとはかち合わないようにして、別の場所とかで」

「だめよ、ケイン、そんな野蛮なことはしないで。まだまだ私に剣を教えてくれないと、困るわ。やっと少しコツが掴めてきたところなのよ」

 クレアが、ケインの腕を引っ張った。

「う〜ん、悪いな、マリス。俺も、そんな騙すようなことは、ちょっと俺の主義に反するかなぁ。マリスがやるのは勝手だけどさ」

「そお? じゃあ、あたしだけでやってみるわ。そうねえ、演出的には、か弱い女の子のふりをするとか、もしくは、『武浮遊術愛技』の色仕掛けで、ファイターたちを募って……」

 マリスがウキウキと歩きながら呟くのを聞いているうちに、ケインの目がだんだん吊り上がり、何か言いた気な顔になっていく。

「待ってよ、マリーちゃあ〜ん! 俺も強力するからさぁ! 」
 その後を、ジュニアが追いかけていく。

「さ〜てと、俺も行くか」
 カイルが立ち上がり、服についた草を払いのけた。

「行くって……どこに? 」
「決まってんだろ? ナンパだよ」
 彼は、フッと笑って、クレアの問いに答えた。

「クレアの潔癖性は、精神的なものなんじゃねぇの? ヴァルやケインのことは平気なんだからな」

 言われて始めて、クレアもケインも、まだクレアがケインの腕に触れていることに気付く。

「――ってことは、受け入れられないのは、俺だけなんだろ? そんなに嫌われてたとは知らなかったよ。だから、出て行くんだよ」

 ジャグの巫女がクレアに取り憑いた後遺症で、クレアが男性を拒絶していたはずが、ヴァルドリューズと、今ではケインは平気であるのを、カイルは「男に触れられないと思い込んでいるだけに過ぎない」と、言っているのだった。

「ま、まさか、もう帰ってこないなんてことは……」
 クレアは、ケインから手を引き、おろおろして、カイルを見上げた。

「へー、俺のこと嫌いでも、白い騎士団から抜けられるのは、淋しいってのか? 」

 カイルには、きっとそこまでのつもりはないのだろう、ちょっと意地悪して言っているだけに過ぎないんだと、ケインは思ったが、クレアは真に受け、ますますおろおろした。

「そんな……、私、あなたのこと、嫌いだなんて……」
「だったら、好きだっていうのかよ? 」

 彼の明るい青い瞳は、からかっているようにも、そうでないようにもとれる。

 クレアの黒曜石のような黒く美しい瞳は、大きく見開かれ、その白い面が、みるみる紅潮していったと思うと、

「バカ! そうやって、いつも私のことからかうんだから! 最低っ! 」
 前につんのめりかけて叫んでいた。

「はいはい。最低なヤツは出かけるから、安心しろよ」

 冷めた笑いだった。
 彼は、後ろ向きに手を振ると、マリスとは違う方向へと、消えていった。


 夜になっても、彼らは戻ってはこなかった。

 ケインとクレアが街を探し回ったが、マリスとカイルの姿はなかった。当然、ジュニアも。

「何も、そう心配することはない」
 ヴァルドリューズが淡々と言う。

「だって、マリス放っておくと何やらかすか……。カイルは、ああ見えても、まだちゃんとしてるけど」

「あら、私は逆だと思っていたわ」

「とにかく、彼らは、我々の気を引きたいだけだ。マリスにしても、まだまだ子供。遊びたいのもあるのだろう。こちらへ来てから手に入れたばかりのインカの香が減っていたので、持って行ったとみえる。ジュニアや、他の魔道士たちへの結界対策も考えているのだろう。そのうち、居場所を突き止めておく。彼らのことは好きにさせておいて、淋しくなって戻ってくるまで、放っておけばいい」

「マリスが、……子供? 」

 ケインもクレアも、拍子抜けするが、ヴァルドリューズには、一緒に旅をしてきた彼女の行動パターンが読めるらしいことには、少し安心したのだった。

(確かに、あいつは、しっかりしている面もあれば、意外に世間を知らないところもあるけど、『子供』とは、考えたことはなかったな……)

「……ヴァル、お前、子守りのバイトやらないか? 実は、俺より向いてるかも? 」

 思わず、ケインは、本気で尋ねていた。 

 ヴァルドリューズは、不可解な色を、その無表情な瞳に、浮かべただけだった。


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