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作品名:Dragon Sword Saga 第5巻『点と線』 作者:かがみ透

第2回   T.『その後のトアフ・シティー』 〜 焼けた館 〜 
 時の歯車が
 ゆっくりとすすみ、

 運命の糸が
 ひそやかに紡がれ、

 神の手も、魔の手も
 たぐり寄せる珠は
 凶と出るか、吉と出るか

 凶とするか、吉とするか
 ヒトの道よ
 真実を追い、
 求め、
 定めるのです

 どこに向かうのかを

 あなたたちは、それを見るのです
 子供たちよ


――妖精女王フェアリア


プロローグ


 風もなく、音もない、何色ともつかない色のうねりであった。
 様々な景色を混ぜてかき回したような、そのうねりの中に、二つの黒い影がある。

「おのれ……! なぜ、貴様のようなやつが……! 」

 焦りを露にした青白い顔が、フードの中から覗き、息を荒げ、吐き出すように言った。

 対する碧い瞳の男は、無言であり、何も表情に表してはいない。

「だが、貴様たちが、私を倒したところで、悪が消えるわけではない。組織は、かなりの完成度の特殊人間たちを造り上げている。私のような、ただの雇われ魔道士とは違うのだ。組織は着々と拡大している。貴様たちだけでは、どうしようもないだろう。残念だったな、ヴァルドリューズ! ふははははは! 」

 だが、そこで、笑い声は途絶え、男の身体のあちこちから、血が一斉に吹き出した。

「……自害したか」

 『組織』や『特殊人間』など、彼ら一味にとって重要だと思われるキーワードに、それ以上喋らされないよう、あらかじめ、呪いをかけておいたのだと、ヴァルドリューズは悟った。

 魔道士の塔では、禁じられている魔法だ。

 男は呪いを発動させるため、あえて、組織の存在をほのめかした、と考えられる。

 ヴァルドリューズの何も映っていないかのような瞳は、目の前の魔道士の落ちて行く様を、じっと見つめた。


 魔道士ジャクスターの最期であった。



第 T 話.『その後のトアフ・シティー』 〜 焼けた館 〜 


「おい、聞いたか? 領主様のお屋敷は、火事で全焼らしいぜ」

「俺もさっき見て来たけど、ありゃあ、ひどいもんだ! ほとんど跡形も残ってなかったぜ! 」

「放火の疑いが強いらしいが、それにしても、昨日のあの炎は、館全体に油をまいて、火を放ったとでもいうような勢いだったぜ! そうでもしなきゃあ、あそこまで炎上はしねえだろう」

「――にしても、そんな大量の油をどこで手に入れる? しかも、相当な金額だぜ? 」
「そうまでして、いったい、誰がそんなことを? あの領主様が、そこまで人に恨まれてたとは思えないし……」

「領主様印のウシ肉は、評判良かったもんな。その他の商品も好評だったし」

「それを妬んでる奴等がやったんだろう。それとも、年貢が払えなくなった奴の仕業かぁ? 年貢は払えなくとも、油は買えるのか? はっはっは」

「領主様は皆に崇められてただけじゃなく、かなりの資産家でもあったそうじゃないか」

「その資産も、息子たちが次々と亡くなっちまったために、今では継ぐものは、ひとりもいねえっつうから、もったいねえ話だよな」

「いやあ、それにしても、おどろいたなぁ! 」

 白い騎士団一行は、全員揃って、トアフ・シティーへ来ていた。
 着いて早々、町中が、昨日の領主邸の火事の話で持ち切りであった。
 食堂であろうが、道端であろうが、至る所で、人々は出会い頭にその話題が尽きないでいた。
 かかわった当人たちが、側にいるとも知らず。

「ふ〜ん、なかなか反響があるみたいね」

 少女戦士マリスが、感心したように、隣にいる傭兵ケインと、上級魔道士ヴァルドリューズとを見た。

 マリスの後ろには、元巫女で、今はヴァルドリューズに黒魔法を習っている黒髪の少女クレアが、そのまた後ろには、さらりとした美しい金髪が自慢の傭兵カイルがおり、妖精のミュミュが、彼の髪の中から、顔を覗かせている。

 街の警備隊が綱を張っていたため、焼け跡の館には近くまでは寄れないが、そこから見る限りでも、領主の敷地内の森は無事ではあったが、館は、噂通り、もはや、もとの原形をとどめてはいないのがわかる。

 ケインの見た、資金稼ぎたちから集めた魔物の屍骸を、良質の肉と偽り、加工していた不気味な機械も、呪術道具も、すべて、跡形もない。
 ケインとヴァルドリューズが破壊し、火炎系魔法で火を放ち、何もかも焼き尽くしたのだ。

 砂漠の民ジャグ族の村で、ジャグの巫女の霊に取り憑かれ、何も知らないでいたクレアは、なんとも言えない表情で、それらの残骸を見つめる。

「私の知らない間に、お二人は、ひとつの悪を倒していたのね……」

 それへ、ケインは視線を移す。

「まだ解決したわけじゃない。奴等は、魔物の入った肉を食べた人間のうち、魔物化しなかった者が、特殊な能力を身につけていると言っていた。それを欲しがっている組織も存在してるんだと。本当に恐ろしいのは、それらの人間を集めている、その謎の組織が何を企んでいるか、じゃないかな。領主を食った妖魔や、そいつと組んでたヤミ魔道士ジャクスターなんかよりも、ずっとずっと恐ろしい奴等なんだと思う」

「それは、今まで聞いたことのない組織だわ。この際、あたしたちの間での称号を決めときましょう。『暗黒非人道的人材派遣登録機関』に、魔物化しなかった特殊な人間たちを『魔物予備軍重要注意人物』とでも言いましょうか? 」

 そう言って、にっこりと人差し指を立てたのは、マリスであった。
 し〜んとした空気が、辺り一帯に流れる。

「……それは、そうかも知れないけど、その名前、長過ぎじゃないか? それに、覚えられないし」
 ケインが、意見してみた。

「だったら、謎の組織を『暗黒秘密結社』で、特殊人間の方は『デモン・ソルジャー』っていうのはどう? 」

 我ながら上手い名前だと悦に入ったらしいマリスは、瞳をきらきらと輝かせる。

「さすが、マリーちゃん! ネーミング・センスもばっちりだぜ! 」

 自らマリスの下僕へと成り下がった魔界の王子(今は魔力を封印されてはいるが)であるジュニアが、いつの間にか、そこにいた。彼は、自分に付けられた不名誉な名前のことなど、もう忘れたのか。何かとマリスに胡麻をすっている。

「暗黒秘密結社に、デモン・ソルジャーか」

 ケインが頷くと、マリスとヴァルドリューズ以外の皆も、半信半疑な顔で、バラバラに頷く。

 唐突に、子供の泣き叫ぶ声が響く。
 一行と、近くにいた警備隊も、声のする方を振り返ると同時に、森がざわめいた。

「うわ〜ん、助けてー! 」

 声が、そうはっきりと聞こえた時、その幼い声の主が一〇歳ほどの少年であるのがわかり、その後ろからは、緑色をした妖魔の小人――以前、マリス、ケイン、ジュニアがこの付近で見かけたのと同じような、でこぼこした丸まった背の、尖った耳を持つ魔族の小人が、走って逃げる少年の後を、不格好な走り方で、迫って来ていた。

「妖魔だ! 」

 警備隊十数人は、わあわあ言うだけで、何もできないでいる。
 ケインが小人に向かって駆け出すのよりも早く、マリスが駆け出していた。

「たーっ! 」
「ぐえええーっ! 」

 彼女の飛び蹴りは、見事、魔族の首に当たり、妖魔は叫び声を上げて吹っ飛んだ。

 だが、子供を追ってきたのは一匹だけではなかったらしく、似たような小人に、ヒトほどもあるトカゲなどに似た魔物たちが数十匹、やってきたのだった。

 ケインは、マリスと少年の前に出ると、マスター・ソードで次々と薙ぎ倒していった。

 ヴァルドリューズ、カイル、クレアも応戦する。ジュニアとミュミュの姿はない。

「サイバー・ウェーブ! 」

 カイルの魔法剣が銀色の霊気を解き放つ。触れた魔物たちは、一気に消し飛ぶ。

 クレアも、てのひらから炎の術を吹き出させる。一度に大勢を攻撃することには成功したが、森の中であったので、あたりは燃え始め、慌てて水の術に切り替え、消化している。未だ状況判断が難しいようだ。

 森はたいして燃えずに済むが、消火活動に気を取られているクレアの後ろに回った妖魔たちを、魔法剣の技で消し去り、さりげなく援護しているカイルの姿があった。面倒臭がりで軟派な彼ではあるが、気の利く面も見られる。

 そして、ヴァルドリューズは、傍目からは、いったいどういう技なのか
見当も付かないが、彼が手を翳すと、その目の前にいた魔物たちは、すべてバラバラになり、散っているのだった。
 皆がよく目にする、炎や稲妻といった魔道士定番の技とは違っていた。

「ぐぇおぼごっ! 」

 ケインの後ろから奇妙な叫び声がしたと思うと、妖魔がふっ飛び、地面に強く叩き付けられ、そのまま動かなくなった。

 マリスが殴り飛ばしたんだろう。妖魔を素手で……なんてヤツだ! と、ケインは思った。

「ふう、なんとか片付いたわね。大丈夫、ボク? 」
 少年を抱えながら、魔物をやっつけていたマリスが、彼に微笑みかけた。

 しばらく圧倒されたように彼らの戦い振りを覗いていた少年だったが、安心したのか、その場に座り込んでしまった。

「突然のことで、あたふたしてしまって面目ない。いやあ、助かりました! 」
 警備員のひとりがやってきて、少年の一番近くにいたマリスに声をかける。
「この街の人ではありませんね? 失礼ですが、あなたがたは……? 」

 マリスは、不敵な笑顔になった。
「正義の使者、白い騎士団です」

 ケインは、恥ずかしくて俯いた。警備員は、わかったような、わからないような顔をしていた。

「あ〜ら、結構やるじゃない」

 なにやら威圧する気配を漂わせた、一行の見たことのある大柄な美人女剣士だった。

 肩、肘、膝にのみ硬い防具を付け、大きく胸元の開いた黒い皮の服、ショートパンツの下は太腿があらわとなっている、いつもの大胆な露出の衣装で、一行の前に、仁王立ちになって現れた。

「ハア〜イ、お兄さんたち! 」

 その隣には、フリルの多いピンク色のワンピースを着て、小さめの水晶球を首から下げた、背の低い、可愛らしい女の子が、きゃっきゃ笑っていた。

 ケインたちが、二日前にも出会った、スーとマリリンという二人組に違いなかった。

「小娘のくせに、思ったよりは、腕が立つみたいじゃない。もっとも、剣の腕前は、どうだかわからないけどね」

 スーは、感心したようにも、小馬鹿にしたようにも取れる笑いを、切れ長の青い瞳に浮かべる。

 マリスは、キッと、スーを見上げた。

「あんたたち、いたんだったら、どうしてこの子を助けてあげなかったのよ! 」

 少年の両肩に、マリスは手を乗せた。少年は、安心したついでに、再び涙が込み上げる。

「何言ってるのよ。禁止区域に、興味本位で覗きにきたような子供になんか、いちいち構っていられるかってのよ。領主様はもういないんだから、魔物を倒したって、お金をくれる人はいないわけだし。いたにしたって、こんな下等な妖魔ばかりじゃあ、換金はしてくれないでしょうしね」

 スーは、男性の前で常に意識的にしているであろう、長い黒髪をかき上げ、ヴァルドリューズを盗み見た。

「まあ、なんてことを……! それなら、私たちが通りかからなかったら、この子が魔物に食べられてしまうのを、黙って見過ごしていたというの!? 」

 クレアが進み出て、スーを睨む。

「そんなこともないわ。助けたあかつきには、この子のうちから、それなりの報酬を頂けばいいことだもの」

 クレアの方は見ずに、スーは、ちらちらとヴァルドリューズに流し目を送りながら、答えていた。
 それに気付いたクレアは、余計に腹を立てたように、彼女を睨みつける。

「キャハッ! 」

 マリリンが笑った。
 無神経な笑いに、「何がおかしいんです! 」と、クレアの目が、キッと、マリリンにも向けられた。

「偉そうなのは、ロクに魔法も使えないシロウトさんの方じゃないのぉ〜? なあ〜に〜? さっきのあのバトルはぁ〜? マリリン、笑っちゃったぁ〜! 」

 ハッとしたケインとカイルが、クレアを振り向く。

 彼女は、わなわなと震えながら、マリリンを睨み、悔しそうに下唇をかんだ。

「マリリンの方が、よっぽど上手だったよぉ〜! おねえさん、魔力はそこそこありそうなのに、バトル慣れしてないみたいねぇ〜。他の人たちは、まあまあ強そうなのにぃ〜。もしかしてぇ、足引っ張ってるぅ〜? 」

 マリリンが大きな丸い目を、からかうように、くりくりと動かし、鼻につく大袈裟な動作で、クレアの顔を覗き込む格好をしてみせる。

「クレア、相手にするな」
 横でケインが囁くが、彼女には聞こえていない。唇が、微かに動くのを、ケインは見た。

(……まさか……!? )

 嵐のような暴風が、そこに起きた。

 クレアが両手をマリリンにかざし、呪文を発動させていた。
 得意の風系の技だが、それまでのものと違い、規模が大きい。

「クレア、こんなところで風の魔法なんか――! 警備隊をも巻き込むつもりっ!? 」

 暴風の中で、飛ばされまいと必死に少年を庇うマリスの、叱りつけるような声だったが、風の塊のような大きな気体は、収まることはなく、マリリン目がけて飛んで行く! 

「きゃっ! コワーイ! 」

 両手をグーにし、手首を顎の下でくっつけたポーズで、マリリンが宙に飛び上がる。

「ププリカパパララプルルルル〜! 」

 一行が聞いたことのない呪文を唱えると、彼女のてのひらには、パッと、ピンク色の短いロッドが現れた。

「え〜い! 」

 片足をピッと上げ、マリリンがにこやかに杖を一振りすると、クレアの放った風の魔法は、みるみるピンクのロッドに吸収されてしまったのだった。

「そ、そんな……! 」

 クレアの膝が、地面に落ちた。彼女を始め、今の光景には、皆、驚いて声も出せずにいた。

「よーいしょっと〜」

 マリリンは、ゆるゆる空中から降りて来る。地上に舞い降りた時、フリルをあしらったピンクの短いスカートが、ふわっと捲れ上がる。

「いやぁ〜ん、えっちぃ〜! 」
 スカートを押さえ、マリリンはブリブリ言った。

「ちっ! 」

 カイルは舌打ちすると、彼女から目を反らす。

「ガキの肌着なんか……! 俺としたことが、不覚だったぜ! 」

 カイルと一緒に、ケインも頷く。

「ちょっとぉ〜、変なモン見せんじゃないわよ〜! 」

 マリスが腹立たしくも呆れた声を出すが、そんなことは全然構わないのか、マリリンはぴょんぴょん飛び跳ねて、きゃっきゃ笑っていた。

「これが、実力の差ってやつよぉ〜。キャハッ! 」

「いつ見ても、マリリンちゃんの技は、惚れ惚れしちゃうわ! さ、こんな低レベル
な連中は放っておいて、さっそく美味しいものでも食べに行きましょう! 」

「うん、スーちゃん! 」

 二人は、仲良く一頭のウマに跨がると、一気に駆け出して行った。

 ――と思うと、また戻って来たのだった。

「今度遇う時までには、せいぜい上達しておくことね。でなければ、『正義の白い騎士団』っていうのは、名前だけってことになるわよ」

「どんなにあがいても、マリリンたちには、かないっこないでしょ〜けど〜」

「ほーっほほほ! 」
「キャッキャッ! 」
 二人は、笑い声を残し、去って行った。


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