宿屋の一室では一行が集まり、マリスの両脇にケインとジュニアが、マリスの正面にはカイルがテーブルに、クレアは戸口寄りのベッドに腰かけ、ヴァルドリューズは部屋の隅の窓側に立っていた。
ヴァルドリューズの焚いた香の結界が、部屋中に広まった頃であった。
「ねえねえ、せっかく祝日になったんだから、みんなで遊びに行こーよー! 」
テーブルの上では、ミュミュが透明の羽をぱたぱたさせ、ひとりずつの目の前に飛んでいっては、そう言い回っていた。
「その前に、資金も貯まってきたんだったら、次の目的地を決めよう。それから遊びに行っても遅くはないだろう? 」
ケインが言った。
「なにか、魔物の噂とか、聞かなかったか? 」ケインが皆の顔を見回して尋ねると、 「ああ、それなら、俺様が知ってるぜ」
テーブルで、ケインの真向かいに座っているジュニアが、小さい黒トカゲを口の中に放って言った。
「ジュニアは魔族だから、次元の穴の場所がわかるみたい」 マリスが何気ない表情で答える。
「本当か、ジュニア!? 」 「ああ。ここから一番近いところだと、エルマ公国だな」
ケインは期待したように、半ば、感心したようにジュニアを見つめる。
ヴァルドリューズが鋭い目付きになったのは、誰も気付いていない。
「エルマ公国ねえ……中原が近いわ。せっかく、アストーレから砂漠を超えたのに、また戻るの? 」
マリスがうんざりした顔になった。
「仕方ないよ。このトアフ・シティーが割と中原寄りだからさ。ここから一番近い次元の通路って言ったら、そうなっちゃうよ」
ジュニアが言った。
「エルマには、小さいが魔道士の塔支部がある。だから、例え次元の穴を通じて魔物が侵入してきても、彼らがなんとかするだろう。それよりも、もっと大規模な次元の入り組んだところがあるはずだ。そこから塞いでいくべきだろう。まだ行っていない辺境がある。そこへ向かう方がいいだろう」
ヴァルドリューズは、普段の平坦な口調で言った。
「ええっ!? 荒野や砂漠を越え、変な種族の村まで行って、やっと普通の町に来たってのに、また辺鄙なところに行こうってのか!? せめて、もうちょっと都会を旅してからにしようぜ」
カイルが焦ったように言う。
「う〜ん、辺境って言うと、俺様のデータじゃ古いから、その辺の魔族でも捕まえて聞いてみりゃあ、もっと詳しいことがわかるんだけどなぁ」
ジュニアが腕を組み、首を傾げる。
「だいたいさー、そいつの言うこと、本当に信じられるのかよ? 次元の穴を塞ぐってことは、魔族がこっちの世界に来る通路を塞がれるってことだろ? 魔族の不利になるようなことを、魔界の王子であるこいつが、わざわざ教えてくれるなんて、ちょっとおかしくないか? デマを流してる可能性の方が強いと、俺は思うぜ」
カイルが、ミシアの実をガジガジかじりながら、いかにも疑わしい目をジュニアに向けている。
皆からすれば、似た者同士の二人ではあったが、カイルがジュニアを快く思わないのは、近親憎悪のようにも取れた。
「ちっちっちっ! 」 そんなことは全く気にも留めないジュニアが、人差し指を振り、にやっと笑う。
「わかってないねえ。上の言うことには絶対服従って、上下関係がうるさいのは、下々の魔族のやることなんだぜ。しかも、オヤジが復活していない今は、俺様が魔界の王も同然だ。生憎、こっちの世界に来ちまったもんだから、公務は家臣に任せっぱなしだけどな。
人間の間じゃ、親を息子が売るなんてことは考えられないのかも知れないが、魔族は違う。絶対服従は、上下の関係においてのみであって、俺とオヤジは単なる上下関係じゃない。親子なだけだ。人間どもと違って、血のつながりだけじゃ、情は湧かない。
だから、マリーちゃんやお前らが、オヤジを倒してくれるんなら、俺にとって、こんな都合のいいことはないんだ。俺の封印も解けるし、オヤジが倒れた日にゃあ、俺が晴れて魔界の王になれるんだからな。
それに、俺は、マリーちゃんに正真正銘惚れてるんだ。だからこそ、魔界で王ヅラして、どっかり居座らずに、ここに、こうして、人間なんかの奴隷にまで成り下がったんだ。
好きでなきゃあできないぜ、こんなことは。血のつながりだけじゃあ、こうはいかない。とにかく、お前ら人間には理解出来なくとも、俺様の中では、筋が通ってることなんだよ」
ケインとカイルは、彼のまるで筋の通らない理屈を、ぽかーんと口を開けて聞き、わかったようなわからないような顔になっていた。
「ミュミュ、ジュニアの言ってること、わかるよ。この人、ウソついてないよ」
ミュミュがテーブルの真ん中で、ジュニアを指さし、皆の顔を見渡した。
「ありがとう、お嬢ちゃん。きみがもっと大人だったら、惚れてたかも知れないな」
フッとニヒルに笑い、ミュミュを見下ろしたジュニアであったが、ミュミュは、それに向かい、ピッと小さい舌を出すと、すぐにヴァルドリューズの方へと飛んでいった。
「じゃあ、まずは、中原に近くなっちゃうけど、エルマ公国を目指し、その間に、ジュニアに情報を集めてもらってから、辺境を目指しましょう。こいつの言ったことがウソだったりしたら、あたしが責任取るわ。だから、とりあえず、今は彼の言うことを信じましょう」
マリスは皆の顔色を伺いながら、普段よりは遠慮がちに言った。
ケインがそれに頷いた。カイルもクレアも、半信半疑にジュニアを見つめた後、仕方のなさそうに頷いた。
「次の目的地も決まったんだから、もういいでしょう? 今日はパーッと遊ぼうよー。せっかく祝日になって、みんなもこうして揃ってるんだしさー。お祭り行こうよー、お祭りー! 」
ミュミュがヴァルドリューズの手の上に乗っかり、遊びたくてしょうがなさそうに、羽をぱたぱたぱたぱたさせた。
「悪いけど、俺、先約があるから」
カイルが三つ目のミシアの実を手に取り、何気なく言った。
「どうせ、また女の子なんでしょう」
クレアが横目で呆れたように彼を見る。カイルは口笛を吹いて、あさっての方を向いていた。
「ケインは全然デートしたことないよね」 からかうように、ミュミュがケインの上で旋回する。
「はいはい、どうせ、俺は仕事ばっかしてモテませんよ〜」 「だから、たまには遊びなよ。カイル以外は、お祭りに行けるの? 」
「あたしも、人と待ち合わせてるから」マリスが立ち上がった。
さっと、ケインとジュニアがマリスを見る。
「ねえねえ、それって、女の人? 男の人? 」ミュミュが好奇心に瞳を輝かせる。 「男の人よ。広場の泉のところで会うことになってるの」
といったマリスの服装は、皮の少年服であり、デートとは程遠く見える。
立ち上がったマリスは、驚いた顔のケインとジュニアには気付かず、そのまま部屋を出て行った。
「そんな! 本当に男と会うのかい!? 待ってよ、マリーちゃん、俺、そんな話、聞いてないよー! 」
ジュニアは慌てて後を追って出て行った。
「さーて、それじゃあ、そろそろ俺も行くかな」
何事もなかったように立ち上がったカイルは、出口に向かうが、突然立ち止まると、腹を押さえ、慌てて出て行った。
彼のいたテーブルの上には、ミシアの実、五、六個分の皮が散乱していた。
(そりゃあ、腹も壊すわ。食い過ぎだってば……) ケインは内心呆れていた。
残った三人とミュミュで露店を見回り、安くなっていたインカの香を購入したヴァルドリューズが立ち止まった。
「では、私はここで失礼する」
ケインとクレアは、驚いて彼を見上げた。
「えーっ! お兄ちゃんも、行かないのー? 一緒に行こうよー」
ミュミュが残念そうな声を上げた。
「せっかくですから、ヴァルドリューズさんもご一緒に」
クレアも両手を組み合わせた。
「私は祭りなどに興味はない。インカの香を手に入れることが目的。図書館で調べものがある。なので、今日は、若い者同士、楽しんでこい」
ヴァルドリューズは珍しく微笑み、背を向けて、行ってしまった。
「えーっ! お兄ちゃんがいないんじゃ、ミュミュ、つまんない」
ミュミュはぷわぷわ浮いていたが、フッと消えた。
「なんだよ、自分がお祭りお祭りって騒いでたくせに。しょうがないなー、ミュミュのヤツは」
ケインは、ミュミュの消えた辺りを見ながら、呆れたように笑った。
「じゃあ、二人で行くか? 」
ケインが軽く言うと、しばらく考えていたようなクレアが、顔を上げた。
「やっぱり、私も図書館へ行くわ。師匠が勉強してるのに、弟子が遊んでるわけにはいかないもの」
「……だよな」
一人取り残されたケインは、なんだかちょっと淋しく思った。
そこへ、ケインにだけ、ヴァルドリューズの声が聴こえてくる。
ケインの表情が徐々に引き締まり、駆け出していった。
「なかなかやるじゃないの」 森の中では、相手の拳を腕で防御し、払いながら、マリスは言った。
「今までのファイターたちに比べたら、一番マシかもね」
にやっと笑ったマリスに、相手は真面目な、怒ったような顔で返す。
「当たり前だ。俺は格闘一筋だからな。そこらへんのシロウトと一緒にするな」
相手の男ーーダイは、マリスの手首を掴み、引き寄せた。マリスはよろけることなく、その場に留まり、両者睨み合いとなった。
「待て! 」
ダイがゆっくりと首だけ振り向いた。 「なんだ、貴様か、ケイン・ランドール。何をしに来たのだ? 」
マリスも目を見開いてケインを見る。
「そんなことやってる場合じゃないんだ、マリス、早く一緒に戻るんだ。手を放せよ、ダイ」
「ふん、俺との勝負を受けない弱者になど、命令される覚えはない」 「なに? 俺が、いつ勝負を受けないと言った? 」 「ついこの間、話を反らしたではないか! 」 「……そんなことあったっけ? 」 「思い出せないのなら教えてやろう! この女の働く店で、お前と再会した時、その伝説の剣を賭けて、俺と勝負しろと言ったのに、貴様はロクに返事もしなかったではないか! 」 「……ああ、そう言えば」
ケインは、そんなことはすっかり忘れていた。というより、その話には、本気で取り合うつもりはなかったのだった。
「とにかく、手を放せって言ってるだろ。ストリート・ファイトはもう終わりだ」
「こらっ、何をするのだ、ケイン・ランドール! 」
ケインが、マリスの手首を掴んでいるダイの手首を、上から掴む。ダイは呻くと、手を放した。
「いててっ! ちっ、この馬鹿力が! 今度こそ、その伝説の剣を賭けて、俺と勝負するんだぞ。この俺から逃げられると思うなよ、卑怯者め」
憎々し気に、ダイは、自分よりも身長の高いケインを見上げ、睨んだ。
「は? 俺がか? 俺は別に逃げてないけど? 」 「ふん、いつまでたっても、この俺と勝負しないではないか」 「なんなら、今度じゃなくても、今でも構わないけど? 」
けろっとしている顔のケインから、視線を反らさずに、ダイは、一歩後ろに下がった。
「いや、今度でいい。忘れるな! 」
「……」
ケインもマリスも、黙ってダイを見つめる。
「おいっ、てめえ、マリーちゃんをイジメるなよ! 」
そう言いながら、突然ダイの隣に現れたのは、ジュニアだった。 意表をつかれたダイが驚いて飛び退(の)く。
「なっ! なんだ、貴様はっ! 魔道士か!? 変な術など使って、いきなり出てきやがって! 」
(明らかに、登場が遅いぞ、ジュニア。お前、俺が来たから、安心して出て来たんだろ? )
ケインは、横目でジュニアを見る。
ジュニアとダイは、わあわあと捲し立て、子供のように言い合っていた。
「マリス、早くヴァルのところに戻るんだ。ジュニア、俺たちを運んで、空間移動してくれ」
ケインがマリスの腕を掴んだ時であった。
「もう遅いみたい」
マリスが油断なく、辺りの様子を伺っている。
ケインにも、目の前のジュニアたちと自分たちの間に、水の膜でも出来たような、現象を目の当たりにした。
二人には、ケインとマリスの声は聞こえていない。異様な雰囲気にも気が付いていない。
「危ないっ! 伏せて! 」
マリスがケインに飛びつき、そのまま飛ぶ。 途端に、どおおんという地響きとともに、二人のそれまでいた草の生えた地面は、炎に包まれた。
「何者っ! 」 マリスが、ある一点を見つめた。
ぼわっと空気が揺れ、そこには、黒い人影が現れた。
「お久しぶりですな、王女。やっとお会いできましたね」
重苦しい声が、いんいんと樹々の間に広まった。
(くっ、ジュニア……! )
ケインがジュニアを見るが、ダイと言い合いをしている姿は、徐々に黒い靄となり、消えていく。
ケインたちのいる辺りも、もともと薄暗い森が、一層暗くなる。
彼はその時、偶然マリスの腕を掴んだのが幸いして、自分も、こちら側ーーつまり、相手の結界の中にいられたのだと知った。
マリスが、不敵な笑みになる。
「本当に久しぶりね。一年以上経つかしら」
「正確には、一年と半年二十三日ぶりということになりますな」
マリスが小さく舌打ちする。 「相変わらず、細かいヤツ! 」
黒い影の顔は、既にはっきりと見えていた。
その年配者のような声は想像を裏切り、外見は意外に若く中年くらいの、冷たい青い瞳の男であった。白い面に、黒く長い直毛、そして、その額には、見慣れた赤いルビーが光っていたのだった。
「そちらの青年は、初めてお目にかかりますな。わたくしは、この度、王女探索の命を受けて、ベアトリクス王国から参った宮廷魔道士、ザビアンと申す者にございます。以後、お見知りおきを」
ザビアンと名乗った魔道士は、ケインに向かい、深々とお辞儀をした。
(こいつが、ヴァルが言ってたベアトリクスの魔道士団……! )
ケインの目が鋭くザビアンを見据える。
「さて、王女殿下」 「あたしは帰らないわよ」
「そうですか。やはり、お帰りにはなりませんか」 「当たり前でしょ」 「では、強制送還するしかありませんね」 「それも、真っ平ごめんだわ! 」
マリスが言うと同時に、ケインはマスター・ソードを抜き、彼女の前に出た。
魔道士の、彼を見る目が、細められた。
「ほう。あなたも、我々に刃向かおうというのですか。身の程知らずな。我々ベアトリクス魔道士団の実力がわかっておらんのでしょう。女王様からの指令は、王女を連れ帰ることのみですが、邪魔立てしようというのであれば、容赦は致しません」
魔道士ザビアンの背後には、ポツポツと黒い影が現れ、一〇人の小柄な痩せた魔道士の姿へと変わっていく。
「ヴァルがこいつらの気配を察して、俺に『心話』で教えてくれたんだ。ここは、俺がなんとか食い止めるから、マリス、なんとか逃げるんだ。そして、ヴァルに知らせるんだ」
振り返らずに、ケインが小声でマリスに言う。
「おやおや、いきなり逃げる相談ですか? これは意外ですね。しかし、残念ながら、ここは、既に私の結界の中。森の外に出たり、逃げることなどは不可能ですよ」
ケインは、あえて舌打ちしてみせた。だが、彼には策があった。
(バスター・ブレードは空間を裂くことも出来る。なんとか奴等の隙を突いて結界を破ったら、マリスだけでも脱出させよう)
フェルディナンド皇国の紅(くれない)通りで出会った、蒼い大魔道士の結界をも 破った背中の剣を頼りに、ケインは慎重にマスター・ソードを構え直した。
「よいか、王女は生かして捕らえるのだぞ。青年は、邪魔なようなら殺しても構わん」 「御意」
ザビアンが、手下の痩せた魔道士たちに命令する。彼らは、じりじりと、二人に近付き、そのうちの一人が、てのひらから炎を放った。
それを合図に、残りの九人も次々と、ケインに向け、赤い炎を発射させる。
待ってましたとばかりに、マスター・ソードがそれらを簡単に吸収した。
次に彼らが放った電撃技も、同様だった。
ひとりの魔道士の姿が、ひゅんと消えると、ケインの目の前に現れ、氷の塊が、まるでいくつもの剣のように伸び上がった!
ガシャッ! キーン!
マスター・ソードに受け止められた氷の剣は、ケインの身体に触れることなく、パキパキと折れていく。
いつの間にか、マリスがケインの後ろから飛び出し、魔道士のひとりに飛び蹴りを喰らわせた。
「武器も持たずに、ムチャすんな、マリス! 」
ケインには三人の魔道士が、交代で呪文攻撃を浴びせる。 彼は、剣で魔法を防ぎ、蹴りや拳で反撃するという、いつもの戦法で迎え撃つ。
マリスに氷の魔法で攻撃する魔道士がいた。氷は、ケインに向けられた鋭いものではなく、波打ち、彼女に向かって伸びていった。
マリスは側転を連続してそれを避け、呪文を唱えている途中の魔道士を盾にした。 盾にされた魔道士は波に飲まれ、あっという間に氷の岩に閉じ込められてしまった。 捕獲が目的であったので、身代わりとなってしまった魔道士も、死ぬことはないと読んでのことだった。
ケインにまとわりついている魔道士たちも、彼を殺そうというよりは、彼の注意を自分たちに向け、マリスから遠ざけようとしている。
心配するケインをよそに、マリスは水を得た魚のように、華麗に飛び回っていた。
「どうやら、貴様の剣には、魔力がかかっているようだな」
じっと戦況を見守っていたザビアンが、目を細める。
「この剣の正体を教えてやろうか? 」
剣の柄を掴み直して、ケインの目が笑う。
同時に、マスター・ソードを一振りすると、剣先からは真っ赤な炎が吹き出し、地面すれすれにうねりをあげていく!
炎は、マリスの周辺にいる魔道士三人に当てられ、彼らは、たちまち火ダルマとなってのたうちまわった。他の魔道士たちの、即座に唱えられた呪文によって消火し、また傷も癒される。
それがわかった上でのケインの攻撃であった。命を奪うほどの強力な技ではなく、魔道士の攻撃のタイミングを減らすのが目的だった。
彼は、魔道士団に、マリスを引き渡さなければいい、とだけ思っていた。隙を見て結界を破り、彼女を逃がせばいい、と。
「なるほど。ただの魔力をかけた剣ではなさそうだな。魔法剣か? 」
ザビアンが冷淡な青い瞳の表情も変えず、問いかけた。
「魔法剣じゃない。正義の剣、マスター・ソードだ」 「マスター・ソード……だと!? 」
ザビアンの瞳が、初めて見開かれた。 部下の魔道士たちにも、すぐさま動揺が現れ、攻撃の手が止まった。
「そのようなことが……まさか、本当に……! 王女と、マスター・ソードの使者が、……手を組んだというのか……! 」
彼らの驚きようは、ケインには思いもよらなかった。
マリスも彼の後ろへ戻って来ていた。二人は、少しずつ、彼らと距離を取ろうと、そうっと一歩ずつ、下がっていく。
「マスター・ソードは、『正義の剣』であるはずだ。数百年に一度しか、その使者は選ばれず、正義を貫き悪を倒すーー確か、そのような目的に使われる剣であったはずだ」
ザビアンが、じっとケインを見据えた。
「なのに、なぜ、王女に味方する? その女は、見たところまだ少女だが、……我が女王陛下に謀反を企て、そのお命ですら奪いかけた、極悪非道の性悪娘なのだぞ! 」
ザビアンが、ケインの後ろにいるマリスを指す。
(……マリスが、……女王を殺そうとしただって!? )
思わずケインは、首だけマリスを振り返った。
マリスには動揺は見られない。冷静な表情のままだ。
だが、紫の瞳は、僅かに細められた。
その瞳に込められた真意は、傍(はた)からは読み取れない。
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