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作品名:Dragon Sword Saga 第5巻『点と線』 作者:かがみ透

第10回   V.『点と線』〜 宮廷魔道士 〜
 宿屋の一室では一行が集まり、マリスの両脇にケインとジュニアが、マリスの正面にはカイルがテーブルに、クレアは戸口寄りのベッドに腰かけ、ヴァルドリューズは部屋の隅の窓側に立っていた。

 ヴァルドリューズの焚いた香の結界が、部屋中に広まった頃であった。

「ねえねえ、せっかく祝日になったんだから、みんなで遊びに行こーよー! 」

 テーブルの上では、ミュミュが透明の羽をぱたぱたさせ、ひとりずつの目の前に飛んでいっては、そう言い回っていた。

「その前に、資金も貯まってきたんだったら、次の目的地を決めよう。それから遊びに行っても遅くはないだろう? 」

 ケインが言った。

「なにか、魔物の噂とか、聞かなかったか? 」ケインが皆の顔を見回して尋ねると、
「ああ、それなら、俺様が知ってるぜ」

 テーブルで、ケインの真向かいに座っているジュニアが、小さい黒トカゲを口の中に放って言った。

「ジュニアは魔族だから、次元の穴の場所がわかるみたい」
 マリスが何気ない表情で答える。

「本当か、ジュニア!? 」
「ああ。ここから一番近いところだと、エルマ公国だな」

 ケインは期待したように、半ば、感心したようにジュニアを見つめる。

 ヴァルドリューズが鋭い目付きになったのは、誰も気付いていない。

「エルマ公国ねえ……中原が近いわ。せっかく、アストーレから砂漠を超えたのに、また戻るの? 」

 マリスがうんざりした顔になった。

「仕方ないよ。このトアフ・シティーが割と中原寄りだからさ。ここから一番近い次元の通路って言ったら、そうなっちゃうよ」

 ジュニアが言った。

「エルマには、小さいが魔道士の塔支部がある。だから、例え次元の穴を通じて魔物が侵入してきても、彼らがなんとかするだろう。それよりも、もっと大規模な次元の入り組んだところがあるはずだ。そこから塞いでいくべきだろう。まだ行っていない辺境がある。そこへ向かう方がいいだろう」

 ヴァルドリューズは、普段の平坦な口調で言った。

「ええっ!? 荒野や砂漠を越え、変な種族の村まで行って、やっと普通の町に来たってのに、また辺鄙なところに行こうってのか!? せめて、もうちょっと都会を旅してからにしようぜ」

 カイルが焦ったように言う。

「う〜ん、辺境って言うと、俺様のデータじゃ古いから、その辺の魔族でも捕まえて聞いてみりゃあ、もっと詳しいことがわかるんだけどなぁ」

 ジュニアが腕を組み、首を傾げる。

「だいたいさー、そいつの言うこと、本当に信じられるのかよ? 次元の穴を塞ぐってことは、魔族がこっちの世界に来る通路を塞がれるってことだろ? 魔族の不利になるようなことを、魔界の王子であるこいつが、わざわざ教えてくれるなんて、ちょっとおかしくないか? デマを流してる可能性の方が強いと、俺は思うぜ」

 カイルが、ミシアの実をガジガジかじりながら、いかにも疑わしい目をジュニアに向けている。

 皆からすれば、似た者同士の二人ではあったが、カイルがジュニアを快く思わないのは、近親憎悪のようにも取れた。

「ちっちっちっ! 」
 そんなことは全く気にも留めないジュニアが、人差し指を振り、にやっと笑う。

「わかってないねえ。上の言うことには絶対服従って、上下関係がうるさいのは、下々の魔族のやることなんだぜ。しかも、オヤジが復活していない今は、俺様が魔界の王も同然だ。生憎、こっちの世界に来ちまったもんだから、公務は家臣に任せっぱなしだけどな。

 人間の間じゃ、親を息子が売るなんてことは考えられないのかも知れないが、魔族は違う。絶対服従は、上下の関係においてのみであって、俺とオヤジは単なる上下関係じゃない。親子なだけだ。人間どもと違って、血のつながりだけじゃ、情は湧かない。

 だから、マリーちゃんやお前らが、オヤジを倒してくれるんなら、俺にとって、こんな都合のいいことはないんだ。俺の封印も解けるし、オヤジが倒れた日にゃあ、俺が晴れて魔界の王になれるんだからな。

 それに、俺は、マリーちゃんに正真正銘惚れてるんだ。だからこそ、魔界で王ヅラして、どっかり居座らずに、ここに、こうして、人間なんかの奴隷にまで成り下がったんだ。

 好きでなきゃあできないぜ、こんなことは。血のつながりだけじゃあ、こうはいかない。とにかく、お前ら人間には理解出来なくとも、俺様の中では、筋が通ってることなんだよ」

 ケインとカイルは、彼のまるで筋の通らない理屈を、ぽかーんと口を開けて聞き、わかったようなわからないような顔になっていた。

「ミュミュ、ジュニアの言ってること、わかるよ。この人、ウソついてないよ」

 ミュミュがテーブルの真ん中で、ジュニアを指さし、皆の顔を見渡した。

「ありがとう、お嬢ちゃん。きみがもっと大人だったら、惚れてたかも知れないな」

 フッとニヒルに笑い、ミュミュを見下ろしたジュニアであったが、ミュミュは、それに向かい、ピッと小さい舌を出すと、すぐにヴァルドリューズの方へと飛んでいった。

「じゃあ、まずは、中原に近くなっちゃうけど、エルマ公国を目指し、その間に、ジュニアに情報を集めてもらってから、辺境を目指しましょう。こいつの言ったことがウソだったりしたら、あたしが責任取るわ。だから、とりあえず、今は彼の言うことを信じましょう」

 マリスは皆の顔色を伺いながら、普段よりは遠慮がちに言った。

 ケインがそれに頷いた。カイルもクレアも、半信半疑にジュニアを見つめた後、仕方のなさそうに頷いた。

「次の目的地も決まったんだから、もういいでしょう? 今日はパーッと遊ぼうよー。せっかく祝日になって、みんなもこうして揃ってるんだしさー。お祭り行こうよー、お祭りー! 」

 ミュミュがヴァルドリューズの手の上に乗っかり、遊びたくてしょうがなさそうに、羽をぱたぱたぱたぱたさせた。

「悪いけど、俺、先約があるから」

 カイルが三つ目のミシアの実を手に取り、何気なく言った。

「どうせ、また女の子なんでしょう」

 クレアが横目で呆れたように彼を見る。カイルは口笛を吹いて、あさっての方を向いていた。

「ケインは全然デートしたことないよね」
 からかうように、ミュミュがケインの上で旋回する。

「はいはい、どうせ、俺は仕事ばっかしてモテませんよ〜」
「だから、たまには遊びなよ。カイル以外は、お祭りに行けるの? 」

「あたしも、人と待ち合わせてるから」マリスが立ち上がった。

 さっと、ケインとジュニアがマリスを見る。

「ねえねえ、それって、女の人? 男の人? 」ミュミュが好奇心に瞳を輝かせる。
「男の人よ。広場の泉のところで会うことになってるの」

 といったマリスの服装は、皮の少年服であり、デートとは程遠く見える。

 立ち上がったマリスは、驚いた顔のケインとジュニアには気付かず、そのまま部屋を出て行った。

「そんな! 本当に男と会うのかい!? 待ってよ、マリーちゃん、俺、そんな話、聞いてないよー! 」

 ジュニアは慌てて後を追って出て行った。

「さーて、それじゃあ、そろそろ俺も行くかな」

 何事もなかったように立ち上がったカイルは、出口に向かうが、突然立ち止まると、腹を押さえ、慌てて出て行った。

 彼のいたテーブルの上には、ミシアの実、五、六個分の皮が散乱していた。

(そりゃあ、腹も壊すわ。食い過ぎだってば……)
 ケインは内心呆れていた。


 残った三人とミュミュで露店を見回り、安くなっていたインカの香を購入したヴァルドリューズが立ち止まった。

「では、私はここで失礼する」

 ケインとクレアは、驚いて彼を見上げた。

「えーっ! お兄ちゃんも、行かないのー? 一緒に行こうよー」

 ミュミュが残念そうな声を上げた。

「せっかくですから、ヴァルドリューズさんもご一緒に」

 クレアも両手を組み合わせた。

「私は祭りなどに興味はない。インカの香を手に入れることが目的。図書館で調べものがある。なので、今日は、若い者同士、楽しんでこい」

 ヴァルドリューズは珍しく微笑み、背を向けて、行ってしまった。

「えーっ! お兄ちゃんがいないんじゃ、ミュミュ、つまんない」

 ミュミュはぷわぷわ浮いていたが、フッと消えた。

「なんだよ、自分がお祭りお祭りって騒いでたくせに。しょうがないなー、ミュミュのヤツは」

 ケインは、ミュミュの消えた辺りを見ながら、呆れたように笑った。

「じゃあ、二人で行くか? 」

 ケインが軽く言うと、しばらく考えていたようなクレアが、顔を上げた。

「やっぱり、私も図書館へ行くわ。師匠が勉強してるのに、弟子が遊んでるわけにはいかないもの」

「……だよな」

 一人取り残されたケインは、なんだかちょっと淋しく思った。

 そこへ、ケインにだけ、ヴァルドリューズの声が聴こえてくる。

 ケインの表情が徐々に引き締まり、駆け出していった。


「なかなかやるじゃないの」
 森の中では、相手の拳を腕で防御し、払いながら、マリスは言った。

「今までのファイターたちに比べたら、一番マシかもね」

 にやっと笑ったマリスに、相手は真面目な、怒ったような顔で返す。

「当たり前だ。俺は格闘一筋だからな。そこらへんのシロウトと一緒にするな」

 相手の男ーーダイは、マリスの手首を掴み、引き寄せた。マリスはよろけることなく、その場に留まり、両者睨み合いとなった。

「待て! 」

 ダイがゆっくりと首だけ振り向いた。
「なんだ、貴様か、ケイン・ランドール。何をしに来たのだ? 」

 マリスも目を見開いてケインを見る。

「そんなことやってる場合じゃないんだ、マリス、早く一緒に戻るんだ。手を放せよ、ダイ」

「ふん、俺との勝負を受けない弱者になど、命令される覚えはない」
「なに? 俺が、いつ勝負を受けないと言った? 」
「ついこの間、話を反らしたではないか! 」
「……そんなことあったっけ? 」
「思い出せないのなら教えてやろう! この女の働く店で、お前と再会した時、その伝説の剣を賭けて、俺と勝負しろと言ったのに、貴様はロクに返事もしなかったではないか! 」
「……ああ、そう言えば」

 ケインは、そんなことはすっかり忘れていた。というより、その話には、本気で取り合うつもりはなかったのだった。

「とにかく、手を放せって言ってるだろ。ストリート・ファイトはもう終わりだ」

「こらっ、何をするのだ、ケイン・ランドール! 」

 ケインが、マリスの手首を掴んでいるダイの手首を、上から掴む。ダイは呻くと、手を放した。

「いててっ! ちっ、この馬鹿力が! 今度こそ、その伝説の剣を賭けて、俺と勝負するんだぞ。この俺から逃げられると思うなよ、卑怯者め」

 憎々し気に、ダイは、自分よりも身長の高いケインを見上げ、睨んだ。

「は? 俺がか? 俺は別に逃げてないけど? 」
「ふん、いつまでたっても、この俺と勝負しないではないか」
「なんなら、今度じゃなくても、今でも構わないけど? 」

 けろっとしている顔のケインから、視線を反らさずに、ダイは、一歩後ろに下がった。

「いや、今度でいい。忘れるな! 」

「……」

 ケインもマリスも、黙ってダイを見つめる。

「おいっ、てめえ、マリーちゃんをイジメるなよ! 」

 そう言いながら、突然ダイの隣に現れたのは、ジュニアだった。
 意表をつかれたダイが驚いて飛び退(の)く。

「なっ! なんだ、貴様はっ! 魔道士か!? 変な術など使って、いきなり出てきやがって! 」

(明らかに、登場が遅いぞ、ジュニア。お前、俺が来たから、安心して出て来たんだろ? )

 ケインは、横目でジュニアを見る。

 ジュニアとダイは、わあわあと捲し立て、子供のように言い合っていた。

「マリス、早くヴァルのところに戻るんだ。ジュニア、俺たちを運んで、空間移動してくれ」

 ケインがマリスの腕を掴んだ時であった。

「もう遅いみたい」

 マリスが油断なく、辺りの様子を伺っている。

 ケインにも、目の前のジュニアたちと自分たちの間に、水の膜でも出来たような、現象を目の当たりにした。

 二人には、ケインとマリスの声は聞こえていない。異様な雰囲気にも気が付いていない。

「危ないっ! 伏せて! 」

 マリスがケインに飛びつき、そのまま飛ぶ。
 途端に、どおおんという地響きとともに、二人のそれまでいた草の生えた地面は、炎に包まれた。

「何者っ! 」
 マリスが、ある一点を見つめた。

 ぼわっと空気が揺れ、そこには、黒い人影が現れた。

「お久しぶりですな、王女。やっとお会いできましたね」

 重苦しい声が、いんいんと樹々の間に広まった。

(くっ、ジュニア……! )

 ケインがジュニアを見るが、ダイと言い合いをしている姿は、徐々に黒い靄となり、消えていく。

 ケインたちのいる辺りも、もともと薄暗い森が、一層暗くなる。

 彼はその時、偶然マリスの腕を掴んだのが幸いして、自分も、こちら側ーーつまり、相手の結界の中にいられたのだと知った。

 マリスが、不敵な笑みになる。

「本当に久しぶりね。一年以上経つかしら」

「正確には、一年と半年二十三日ぶりということになりますな」

 マリスが小さく舌打ちする。
「相変わらず、細かいヤツ! 」

 黒い影の顔は、既にはっきりと見えていた。

 その年配者のような声は想像を裏切り、外見は意外に若く中年くらいの、冷たい青い瞳の男であった。白い面に、黒く長い直毛、そして、その額には、見慣れた赤いルビーが光っていたのだった。

「そちらの青年は、初めてお目にかかりますな。わたくしは、この度、王女探索の命を受けて、ベアトリクス王国から参った宮廷魔道士、ザビアンと申す者にございます。以後、お見知りおきを」

 ザビアンと名乗った魔道士は、ケインに向かい、深々とお辞儀をした。

(こいつが、ヴァルが言ってたベアトリクスの魔道士団……! )

 ケインの目が鋭くザビアンを見据える。

「さて、王女殿下」
「あたしは帰らないわよ」

「そうですか。やはり、お帰りにはなりませんか」
「当たり前でしょ」
「では、強制送還するしかありませんね」
「それも、真っ平ごめんだわ! 」

 マリスが言うと同時に、ケインはマスター・ソードを抜き、彼女の前に出た。

 魔道士の、彼を見る目が、細められた。

「ほう。あなたも、我々に刃向かおうというのですか。身の程知らずな。我々ベアトリクス魔道士団の実力がわかっておらんのでしょう。女王様からの指令は、王女を連れ帰ることのみですが、邪魔立てしようというのであれば、容赦は致しません」

 魔道士ザビアンの背後には、ポツポツと黒い影が現れ、一〇人の小柄な痩せた魔道士の姿へと変わっていく。

「ヴァルがこいつらの気配を察して、俺に『心話』で教えてくれたんだ。ここは、俺がなんとか食い止めるから、マリス、なんとか逃げるんだ。そして、ヴァルに知らせるんだ」

 振り返らずに、ケインが小声でマリスに言う。

「おやおや、いきなり逃げる相談ですか? これは意外ですね。しかし、残念ながら、ここは、既に私の結界の中。森の外に出たり、逃げることなどは不可能ですよ」

 ケインは、あえて舌打ちしてみせた。だが、彼には策があった。

(バスター・ブレードは空間を裂くことも出来る。なんとか奴等の隙を突いて結界を破ったら、マリスだけでも脱出させよう)

 フェルディナンド皇国の紅(くれない)通りで出会った、蒼い大魔道士の結界をも
破った背中の剣を頼りに、ケインは慎重にマスター・ソードを構え直した。

「よいか、王女は生かして捕らえるのだぞ。青年は、邪魔なようなら殺しても構わん」
「御意」

 ザビアンが、手下の痩せた魔道士たちに命令する。彼らは、じりじりと、二人に近付き、そのうちの一人が、てのひらから炎を放った。

 それを合図に、残りの九人も次々と、ケインに向け、赤い炎を発射させる。

 待ってましたとばかりに、マスター・ソードがそれらを簡単に吸収した。

 次に彼らが放った電撃技も、同様だった。

 ひとりの魔道士の姿が、ひゅんと消えると、ケインの目の前に現れ、氷の塊が、まるでいくつもの剣のように伸び上がった!

 ガシャッ! 
 キーン! 

 マスター・ソードに受け止められた氷の剣は、ケインの身体に触れることなく、パキパキと折れていく。

 いつの間にか、マリスがケインの後ろから飛び出し、魔道士のひとりに飛び蹴りを喰らわせた。

「武器も持たずに、ムチャすんな、マリス! 」

 ケインには三人の魔道士が、交代で呪文攻撃を浴びせる。
 彼は、剣で魔法を防ぎ、蹴りや拳で反撃するという、いつもの戦法で迎え撃つ。

 マリスに氷の魔法で攻撃する魔道士がいた。氷は、ケインに向けられた鋭いものではなく、波打ち、彼女に向かって伸びていった。

 マリスは側転を連続してそれを避け、呪文を唱えている途中の魔道士を盾にした。
 盾にされた魔道士は波に飲まれ、あっという間に氷の岩に閉じ込められてしまった。
 捕獲が目的であったので、身代わりとなってしまった魔道士も、死ぬことはないと読んでのことだった。

 ケインにまとわりついている魔道士たちも、彼を殺そうというよりは、彼の注意を自分たちに向け、マリスから遠ざけようとしている。

 心配するケインをよそに、マリスは水を得た魚のように、華麗に飛び回っていた。

「どうやら、貴様の剣には、魔力がかかっているようだな」

 じっと戦況を見守っていたザビアンが、目を細める。

「この剣の正体を教えてやろうか? 」

 剣の柄を掴み直して、ケインの目が笑う。

 同時に、マスター・ソードを一振りすると、剣先からは真っ赤な炎が吹き出し、地面すれすれにうねりをあげていく! 

 炎は、マリスの周辺にいる魔道士三人に当てられ、彼らは、たちまち火ダルマとなってのたうちまわった。他の魔道士たちの、即座に唱えられた呪文によって消火し、また傷も癒される。

 それがわかった上でのケインの攻撃であった。命を奪うほどの強力な技ではなく、魔道士の攻撃のタイミングを減らすのが目的だった。

 彼は、魔道士団に、マリスを引き渡さなければいい、とだけ思っていた。隙を見て結界を破り、彼女を逃がせばいい、と。

「なるほど。ただの魔力をかけた剣ではなさそうだな。魔法剣か? 」

 ザビアンが冷淡な青い瞳の表情も変えず、問いかけた。

「魔法剣じゃない。正義の剣、マスター・ソードだ」
「マスター・ソード……だと!? 」

 ザビアンの瞳が、初めて見開かれた。
 部下の魔道士たちにも、すぐさま動揺が現れ、攻撃の手が止まった。

「そのようなことが……まさか、本当に……! 王女と、マスター・ソードの使者が、……手を組んだというのか……! 」

 彼らの驚きようは、ケインには思いもよらなかった。

 マリスも彼の後ろへ戻って来ていた。二人は、少しずつ、彼らと距離を取ろうと、そうっと一歩ずつ、下がっていく。

「マスター・ソードは、『正義の剣』であるはずだ。数百年に一度しか、その使者は選ばれず、正義を貫き悪を倒すーー確か、そのような目的に使われる剣であったはずだ」

 ザビアンが、じっとケインを見据えた。

「なのに、なぜ、王女に味方する? その女は、見たところまだ少女だが、……我が女王陛下に謀反を企て、そのお命ですら奪いかけた、極悪非道の性悪娘なのだぞ! 」

 ザビアンが、ケインの後ろにいるマリスを指す。

(……マリスが、……女王を殺そうとしただって!? )

 思わずケインは、首だけマリスを振り返った。

 マリスには動揺は見られない。冷静な表情のままだ。

 だが、紫の瞳は、僅かに細められた。

 その瞳に込められた真意は、傍(はた)からは読み取れない。


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