20代から中高年のための小説投稿 & レビューコミュニティ
 ようこそゲストさん トップページへ ご利用方法 Q&A 操作マニュアル パスワードを忘れた
 ■ 目次へ

作品名:Dragon Sword Saga 第4巻『魔界の王子』 作者:かがみ透

第7回   W.『トアフの領主』 〜 トアフ・シティーへ 〜
「お前みたいな不良巫女が、そんなことして大丈夫なのかよ? 」

 カイルが、疑り深い目を、マリスに向ける。

「そうねえ。ヴァルから説明してよ。あたしが言うより、皆も安心出来ると思うのよ」

 カイルの態度に腹を立てるでもなく、マリスはヴァルに言った。

「マリスでも大丈夫だ。私もゴールダヌス殿から伺ったが、少なくとも、サンダガーのように、ヒトに神を召喚する場合は、神官、巫女などの、白魔術系の素質が必要なのだ。母親は巫女であったため、マリスには、生まれつき高い魔力が備わっていたという。その上、ベアトリクスの神殿で洗礼を受けたからこそ、巫女の中では、
その能力も高い。

 サンダガーが彼女に乗り移る時、彼女の身体の周りに白い煙のようなものがたちこめるのを、二人とも知っているだろう? それは、白魔法の呪文によるものなのだ。
神を召喚するには、媒体を神聖化する必要がある。その呪文は、彼女自身によるものなのだ」

 感情の、まったくこもっていないヴァルの話は、そこで終わった。
 いかにも、自分の勤めは果たしたと言わんばかりに。

「じゃ、じゃあ、それも、……白魔法? 」

 俺たちに、マリスが頷いた。

「あたしも、一時期は白魔法を使えたんだけど、『全身浄化』の呪文が使えるようになった引き換えみたいに、それまで使えてた白魔法が、使えなくなっちゃったの」

 いまいちピンと来ない俺たちだったが、今の説明で、なんとなくわかった気がした。

 ぐるるるるるる……! 

 俺たちの目の前には、サイの頭に人間の身体をした、ヒトよりも一回り大きい獣人が、数十匹といた。

 さっき、俺たちのいた岩山から、さほど遠くはない森の茂みの中だった。

 聞こえていた地響きは、いつの間にか止んでいて、動物たちの移動も済んでいるのか。
 おそらく、あの地響きは、魔界の王子の復活によるものだったのだろう。

 そのように、仰々しく復活した割には、ヤツは、あんまりたいした能力はないみたいだったけど。

 ミュミュとカイルは、眠っているジャグやクレアを、村の中心まで、ミュミュの空間移動で何往復もして運んでいたので、ここにはいない。

 奴等、モンスターが数十匹、かかってこようと、俺とマリス、それにヴァルがいればラク勝なのは、目に見えていた。

 あっけなく、勝負はつき、俺たちの前には、緑色の体液を飛び散らせた、不気味な魔物の死体が、ごろごろと転がっている。

 マリスは、俺の貸したマスターソードで、勢いよく奴等をぶった斬っていき、ほとんど、彼女ひとりでやっつけてしまっていた。

 俺もヴァルも、一応構えてはいたのだが、最後まで出番はなかった。

 マリスは、手をパンパンはたくと、満足そうに、俺たちを見て、笑った。

「それじゃ、あたしは、こいつらを現金に換えてくるわ」
「待て」

 ヴァルが引き止めた。

「トアフ・シティーへは、ケインも連れて行け」

 俺は、耳を疑った。
 が、確かに、ヴァルは、そう言ったのだった。

「ケインを? ……わかったわ」

 彼らは、俺の意志も確かめずに、勝手に決めた。

 ヴァルが空間から銀色の鎖を引っ張り出し、マリスに渡すと、マリスがジュニアを呼びながら、鎖をたぐり
よせた。

「いててて! そんなに引っ張るなよ」

 先程出会ったばかりの、魔界の王子が、何もない上空から、鎖のつながった腕を、前に突き出した格好で、
舞い降りてきた。

「げっ! これ、みんな、お前らがやったのか!? 」

 正確には、マリスひとりだが。

 ジュニアは、魔物たちの死体を目の当たりにすると、左右の色違いの瞳を、思い切り開く。

「ひでえ……! なんてことを! 俺の仲間どもを……」

 彼は、しばし茫然と、その光景を見つめていた。

 無理もない。
 俺たちにとっては、人々を脅かす魔物だが、ヤツにとっては、かわいい僕(しもべ)なのだから。

 が――

「ま、いっか。俺の直属の部下じゃねえもんな」
 と、開き直ったのだった。

「さすが、魔族。血も涙もないわね」
 マリスが半ば感心したように、腕組みをして言った。

 きみに言われちゃあ……。

「こいつらと、あたしとケインを連れて、トアフ・シティーまで飛んで欲しいの」
「わかったよ」

 彼は、意外と素直に返事をし、パチッと指を鳴らすと、魔物の死体が消えた。

 彼らのやり取りの横で、ヴァルが、そっと横にきた。

「いいか、ケイン。奴は、魔力はたいして感じられんが、それは我々を油断させるためかも知れん。どんなに
人間臭くても、相手は魔族だということを、常に忘れるな。怪しいと思ったら、すぐに斬れ」

 ヴァルは、俺の耳元で、静かに言い、俺も、静かに頷く。

 ちょっとは、俺のこと、頼りにしてるのかな? 
 たいしたことは出来ないらしいと言っていた割に、彼は、ヤツを警戒しているようだ。

「じゃ、行ってくるわね」

 ヴァルに手を振るマリスと、俺の肩に、ジュニアが手をかけた時、目の前の視界は、まったく別物になって
いた。


 きっと、さほど時間は経っていないだろう。

 身体に絡み付くような、時空を越える時につきものの、あの独特な違和感は消え、いきなり地に足が着いたので、驚いて、目を開けた。

 ジュニアは、ヴァルのように、「もうすぐ着くぞ」などと、親切に予告してはくれなかった。

 目の前には、一変して、都会の風景が広がっていた! 
 甃(いしだたみ)の地面が続き、露店や商人たちの群れ、行き交う町人、馬車、小さな滝のある造られた泉などが、目に飛び込んできていた。

 ただ、もう少し、一目に着かないところに、ジュニアが現れてくれれば良かったものを、このような人通りの多い地帯にいきなり現れた三人組を、道行く人々は驚いて目を見開いていた。
 だが、それも、一瞬のことで、すぐに、何事もなかったような空気が復活する。

「トアフ・シティー――少しは、魔道に慣れてる国みたいね」
 隣で、マリスが静かに言った。

「まずは、人の集まってそうなところにでも行って、換金してくれる場所を探そうか? 」
「そうね」
 俺たちは、さっそく、酒場へ向かった。


 ビヤ樽の並んだ、ごく普通の、酒場のカウンターにいる、ちょっと無愛想な、太ったオヤジが、じろっと、
俺たちを見て言った。

「注文は? 」
「いいえ、ちょっと、お聞きしたことがあるだけなので」

 なにしろ、このところ、ロクな食事をしてこなかったから、本来なら、思いっきり飲んで、食いたいところ
なのだが、金もないし、時間もない。

 従業員の運ぶ美味(うま)そうな肉の焼いた匂いと、酒の匂いには、ついつられそうになるが、ここは、ぐっと
我慢。

 俺は、続けて、オヤジに尋ねた。

「ここの町で、魔物を現金に換えてくれるという噂を聞いたのですが、どちらへ行けばいいのでしょうか? 」

「領主様が魔物に賞金をかけるようになってから、他国からも、賞金稼ぎが、ぞくぞく来るようにはなったが、まさか、おめえたちのようなガキまでが、やってくるとは。お前ら、本当に、魔物を捕らえたのか? 」

 オヤジは、「注文もしねえで、まったく、近頃のガキは! 」とでも言いたげな顔で、鼻の下に生えた髭を
いじって、余計に、俺たちを、じろじろ見た。

 確かに、今、俺たちは、魔物を持ち歩いてはいないが、それは、ジュニアが空間に、しまっておいてくれて
いるからなのだ。

「ちょっと人目につかないところに隠してきたの。その領主様のいらっしゃるところを、教えて下さらない? 換金して頂いたら、その帰りには、必ずこちらに寄らせて頂くわ」

 マリスの珍しく丁寧な物腰に、俺は首の後ろがくすぐったい気がしたのだが、東方の赤い魅力的な装束に身を包んだ、パッと見、謎の美少女に、にっこり笑いかけられた酒場のオヤジは、気を良くしたみたいで、しかめっ面を、いくらかほころばせたのだった。

 こういう時、女はお得だった。どーせ、中身はわかりゃしないんだから。

 そのオヤジに教わったとおり、町の中心から離れた森に出た。

 夜になりかけているということもあるだろうが、やたら薄暗い森だ。

 領主様とやらの館のある敷地は、かなり広いらしく、この森が既に敷地のうちなのだという。

「この森を通る間にも、魔物に出くわしそうね。まさか、賞金稼ぎにやる賞金はない、なんていうつもりなんじゃないでしょうね」

「まさか……な」

 マリスと俺は顔を見合わせる。

 森に、一足踏み入れた途端だった。
 木々一本一本が、森全体が、一斉にざわめいたのだった! 

 風もないのに、さわさわ、ざわざわと、森に巣くうものたちの、異物の侵入を拒むような、ただならぬ神経質な空気が、俺たちに降り注がれている。

 今すぐ、俺たちを襲うでもなく、遠くから、高いところから、俺たちの進んでいくところ、いくところ、
ざわめきが待ち受けていたのだった。

 普通の人間では、到底我慢は出来なかったかも知れない。
 魔物の姿は見えず、ざわめきだけが先回りしているのだ。
 いっそのこと、例え恐ろしい異形の魔物であろうとも、姿を現してくれた方が、何倍もマシだ。

「皆、俺様の復活を喜んでやがるぜ! 」
 マリスの隣で、ジュニアが感動していた。

 そうか、お前のせいか!? 

 その時、

『魔だ。強い魔力を感じる』
『あいつだ。あの人間の女だ』
『なぜ、人間なのに、あれほどの魔力を……? 』

 姿は見えないが、耳を澄ますと、そのような言葉が聞き取れる。
 魔物の声なのだろう。

 霊感のほとんどない俺でさえ、奴等の言葉が、こうもはっきりと聞こえるというのは、ジュニアが一緒だからか、それとも、この場所が、それだけ魔物の力が大きいということなのだろうか? 

 俺が今まで足を踏み入れたことのない領域に、どうやら、入り込んでしまったようだ。

 ふと、隣のマリスを見てみる。
 彼女などは、俺よりは、その世界に慣れているせいか、全然驚いてもいないようだった。
 ただ凛とした表情で、そのまま森を突き進んでいる。

『人間のくせに、以上な魔力だ』
『危険だ。我らには危険だ』
『今のうちに、何とかしなくては……! 』

 森のざわめきが一層大きくなった時、マリスは、目だけ俺に向けた。
 俺も、黙って見返す。
 こんなところで、戦闘が始まろうというのか!?

「えーい、静まれ! 」

 いきなり、ジュニアが吠えた。
 森の見えない妖魅どもが、一瞬で静かになる。

「さっきから聞いてりゃあ、なんだ、てめえら! せっかく、この俺が復活したってのに、騒いでたのは、俺様の復活を喜んでいたわけじゃなかったってのか!? 」

 彼は、地団駄を踏んで、怒っていた。

 それは、魔界の王子である彼にしてみれば、非常に心外だったに違いない。

『王子だ! 王子殿下が、ご復活なさった! 』
『我らが王子殿下、ばんざい! 』

 妖魅どもは、今初めて気が付いたのか、慌てたように、口々に、ジュニアを讃え始めた。

「ふん! なんでぇ、白々しい! 」

 彼は、腕を組んで仁王立ちになり、そっぽを向いた。完全に、機嫌を損ねていた。

「お前ら、隙あらば、この女の生気を吸い取ろうと思ってただろうが、俺の命令だ、この森を抜けるまで、一切こいつらには手を出すなよ。わかったか」

 妖魅どもは、次第におとなしくなっていき、あの妙なざわめきは、だんだん薄れていった。

「へー、お前、そんなことができるのか。おかげで、戦闘にならずに済んだぜ」

 思わず感心して言うと、彼は手を腰に当てて、えっへんと威張ってみせた。

「魔力は全快してなくても、俺様の威厳は健在さ! どーだ、すごいだろー! 」

「別に、あんな魔物たちが襲いかかってきたところで、痛くも痒くもないけどね」
 暴れられなくて、残念そうに、マリスが言った。

 その時、近くで女の悲鳴が聞こえた。
 俺とマリスは、一気にダッシュしていった。

「きゃあああ! 」
 ひとりの女性が、小人くらいのものに衣服を引っ張られている。
 そいつは、一見して、明らかに、小人族とは違う。緑色のつるつるした皮膚をして、背中は曲がり、でこぼことしている。

 頭には二本の触角が、うねうねと動き、長く尖ったエルフのような耳が、左右に張り出した、魔族の小人だった! 

 俺は、マスターソードを突き出し、小人と女の間に入る。
 すぐにぶった斬ってもよかったのだが、ジュニアの手前、躊躇った。
 ヒトにとっては敵でも、ヤツにとっては同じ種族なのだ。

 この場では、できれば、彼に、さっきみたいに引っ込めてもらった方がいいだろう。

「ジュニア、あいつを止めて」

 同じように思ったのか、マリスが言うと、ジュニアは、片手を小人に翳した。

「げぴっ! 」

 小人は、変な音を発して、俺の目の前から消え失せた。

「殺したの? 」
 マリスも俺も驚いてヤツを見る。

「ああ。どうせ、またすぐに湧いてくるからな」

 ヤツは、何事もなかったかように、平然としていた。
 なんだ、だったら、遠慮せず、ズバッといけばよかった。

「大丈夫ですか? 」

 俺は、後ろに庇った女の人を振り返った。
 よく見ると、彼女の腕には、赤ん坊が抱かれていた。

「ありがとうございます。ああ、なんとお礼を申し上げてよいやら……」

 気が抜けたのか、一見して町民のその女の人は、へなへなと、その場に座り込んでしまった。

「なぜ、こんなところを歩いていたの? しかも、子供連れで、さっきの妖魔は、きっとその子を狙ったんだわ。下等な魔物でも、魔物ってのは、赤ん坊の生き血が好きなものよ。いかにも、こんな魔物の巣の中を、
お守りや魔除(まよ)けもなしに通ろうなんて、無茶もいいところだわ」

 明らかに、その女性の方が年上であるにもかかわらず、マリスがずけずけと言った。

「しかし、僕がやっつけてしまいましたから、もうご安心下さい。美しい奥さん」

 誰かと思ったら、俺の横にジュニアが来て、やさしく彼女の肩に手をかけると、左右の色の違う宝石のような瞳をきらめかせた。

 その瞳に魅了されたように、女性はしばらく、ヤツから目を反らすことが出来ないでいるみたいだった。

「やあ、かわいい赤ちゃんだなあ! あれほど、お母さんが大変な目に合っていたってのに、こんなにぐっすり眠っているとは、たいした子だなあ! 」

 ジュニアは、にこにこしながら、母親の手から、赤ん坊を抱き上げると、あやし出した。

 こいつ、子供好きなんだろうか!? 

「ところで、さっきも聞いた通り、どうして、こんなところを歩いていたんです? 」

 へたり込んでいる母親に、再度尋ねてみると、彼女は、我に返ったように、俺を見上げた。

「領主様のところへ、年貢を納めに参ったのです。その帰りに、ついうっかりと、いつもの道を通ってしまったのです。いつもは、もっと早い時間で、子供を連れてはいませんでしたから。しかし、この森では、早い時間帯であっても、子供を連れている時は、別の道を通らなくてはならないのです。魔物が子供を狙って現れることは
聞いてはいましたが、まさか、本当に――」

 話の途中で、ジュニアが、カプッと、赤ん坊の腕に噛み付いた! 

 俺も母親もびっくりした。

「こら! 何してんの! 」
 マリスが、ごつっ! と、ヤツの頭を殴った。

 ヤツは、呻きながら、殴られた頭を押さえてしゃがみ込む。

 わんわん泣いている赤ん坊を、俺が引ったくって取り上げ、女性に返した。

「いてえなあ! あんまり美味しそうだったから、つい……。なんだよ、ほんの出来心じゃねえか! 」

 ジュニアが涙目になって、マリスを見上げる。

 どうやら、『違う意味で』子供好きだったらしい。

「そ、その人は、人間じゃないのですか!? 」

「や、やあね。そんなことないわよ。冗談よ、冗談! 」

 マリスが取り繕った笑顔になって、ジュニアの頭を無理矢理押さえ、謝らせた。


← 前の回  次の回 → ■ 目次

■ 20代から中高年のための小説投稿 & レビューコミュニティ トップページ
アクセス: 2671