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作品名:Dragon Sword Saga 第4巻『魔界の王子』 作者:かがみ透

第6回   V.『魔界の王子』〜 もうひとりの巫女 〜
 マリスは、ヴァルの術を剣で受けた時、衝撃を感じたのだろう。
 剣を持っていた方の手を、痺れを取るように、振っていた。

「マリス、どういうつもりだ」

 ヴァルの碧眼が、ぎらっと光った。

「いくら相手は魔族だと言っても、自分で言った通り、まだ彼は何もしちゃいないわ。父親との相性もよくないって言ってたから、魔王との決戦の時が来ても、二人が手を組むとは思えないし。だから、わざわざ今殺す
ことなんて、ないと思うのよ」

 俺とカイルは、ぽかんと口を開けて、マリスの言い分を聞いていた。

 後ろに庇われているジュニアも、目を白黒させている。

「しかし――! 」
 ヴァルが言いかけた時、

「あなた、何を言ってるんです! 」

 抱えていたカイルの腕を振り解き、クレアが血相を抱えて、つかつかと、マリスに近付いていく。

「この魔族を生かしておくと言うのですか!? 一体、誰の許可で!? 」

 マリスは、人差し指を立てて、にっこり答えた。

「例え、魔族だって、使いようよ。昔から言うでしょ? 『バカと魔族は使いよう』って」

 そんな慣用句はない。

 魔族を前に、ちょっと失礼な気もするし……などと、考えていると、マリスが、いきなりクレアの腹部を拳で突いた! 

「悪いけど、しばらく眠っててもらうわ。ジャグの巫女さん」

 どさっと地面に崩れ落ちそうになったクレアを、マリスはとっさに抱え、地面に横たえた。

 カイルが慌ててクレアを抱える。

 それを見届けてから、マリスは、腰に手を当てて、俺たちを見回した。

「それに、こいつがいた方が、役に立つことも、多少はあるかもよ? なにしろ、あたしたちの情報源では、
いまいちモンスターや魔族のことで、わからないことが多過ぎるわ。魔王の封印された場所や、次元の穴の情報だって、聞き込みや、魔道の力で探るのは、限界があるでしょう。魔族側から見てみれば、また違った見解も
あるかも知れないわ」

 ……そういうもんだろうか? 

「一理あるかもな」

 マリスの意見に賛成したのは、カイルだった。
 ジュニアは、怯えたような目で、俺たちとマリスとを見回している。

「だがな、俺は、そいつを連れて歩くのまでは、賛成しないぜ」
 カイルにしては、真面目な声だった。

「どうも、俺の魔法剣が、さっきから落ち着かねえ。こいつに近付いたら、その感じが一層強くなったぜ」

 クレアを抱えながら、カイルは、腰に下げた剣を、顎でしゃくってみせた。

「魔法剣……」
 ぽそり、とジュニアが呟き、剣へと視線を走らせた。

「わざわざ知ることもないことまで、知ってしまうのは、危険だ」
 ヴァルが鋭い目をマリスに向ける。

 敵にさえ、彼が、そのような目をするのは珍しかった。

 ヴァルには、彼女には知らせたくないことがあった。それが、わかってしまうのを心配しているのだろう。

「殺そうと思えば、いつでも殺せるわ。わざわざサンダガーを呼びつけるまでもなく、あなただけでも充分なんでしょ? 」

 いたずらっぽく、彼女の瞳が光るが、それには対照的に、彼の瞳は鋭いままだった。

「私たちはいいが、他の、何も知らない人々に禍が及ぶかも知れないのだぞ」

「でも、たいした能力もないみたいじゃない。どうせ、何もできやしないわよ。ねえ? 」

 マリスがジュニアを振り返ると、彼も、うんうん必死に頷いた。

 しばらくしてから、ヴァルは、微かに溜め息を漏らした。
 俺の知る限り、彼のそんなところを見たのは初めてだった。

「……確かに、今のところ、奴からは、たいした魔力は感じられない。だが、何かあれば、すぐに消滅させる」

「さんきゅー! さすが、ヴァル! 」

 マリスが飛び跳ねて、ヴァルの手を握った。
 ヴァルの方は、いくらか呆れた顔で、マリスを見下ろしている。

「ありがとう! 兄さん、ありがとう! 」

 マリスに続いて、ジュニアまでが、喜んでヴァルの手を握った。

 それへは、ヴァルは、いくらか嫌そうな顔を向けていた。

「――てことで、今日から、あんたは、あたしのペットよ」

「えっ!? 」

 彼女の発言には、ジュニアでなくとも驚いた。

「魔族と契約しようというのか? いいぜ。それなら、『それに見合う対価』が必要だぜ。例えば、生け贄とか、自分の若さだとかな」

 ジュニアのセリフに、俺もカイルも、ぎょっとして、マリスを見る。

 ヴァルも、注意深くマリスとジュニアとを見つめている。

「なにをトボケたこと言ってるの。今、あなたの命を救ってあげたじゃない? それなのに、あたしから契約金取ろうっていうの? 」

 ヴァルを除いた俺たちは、ぽかんとマリスを見つめていた。

「それに、正義の味方の白い騎士団団長のこのあたしが、魔族と契約だなんて、そんな非人道的なこと、するわけないじゃない。あなた、今、特に何の能力もないわけでしょう? それでいて、契約金取るなんて、いかにも詐欺じゃないの」

 腕を組んだマリスが、ジュニアに詰め寄っていく。

 詐欺もなにも……相手は魔族なんですけど? 

 マリスは、魔界の王子に対して商談というか、ほとんど一方的に値切っていた。

「うっ……」

 言葉を詰まらせたジュニアは、ほっとしたのも束(つか)の間な気分を味わっていたことだろう。

「ヴァル、銀の環を」

 マリスが、ヴァルに向かって、手を差し出す。ヴァルが、空中から何かを取り出して、それを彼女に渡す。

「これを使うのは、久しぶりだわ」

 微笑むと、マリスは、そのうちのひとつを、後退るジュニアの首に、もうひとつを、ジュニアの手首にはめた。

 マリスが離れると、ジュニアの首には、刺のついた銀色に光る首輪と、手首にも、鎖のついた同じく刺のある銀色のリストバンドがはめられていた。

 鎖は途中で消えているように見えるが、続きは空間の中のどこかにつながれているみたいに、彼が腕を動かしても、ぷらぷら揺れたりはしなかった。

 ジュニアが、不思議そうな、というよりも不安気に、マリスを見ている。

「これはね、大魔道士ゴールダヌスの発明したものよ」

 その名前を聞いたジュニアの目が、ピクッと歪められた。

「捕まえたモンスターで、他のモンスターたちを誘(おび)き寄せるために、使うものなんだけど、今のあなた程度の魔力なら、これらを壊すことはできないでしょう。例え、空間に逃げ込んでも、あたしたちの必要な時に、
鎖を手繰(たぐ)り寄せれば、すぐに出てくるようになってるわ。つまり、逃げようと思ってもダメなわけ」

 ぞっとしたような色を、王子は、左右の色の違う目に浮かべた。

「ね? これなら、ヴァルも安心でしょ? 」

 ヴァルは、静かに、マリスを見下ろしていた。

「だからといって、油断は禁物だ」
「わかってるわ」

 マリスが、ころころ笑いながらヴァルを見る。
 それを、ヴァルは、呆れたように見ていた。
 おもちゃを買ってもらった子供が、はしゃぎ、その親が「もうこれっきりだぞ! 」
とでも言っているような光景だ。

「とりあえず、あなたは、どこかで遊んでてちょうだい」
 マリスは、困惑しているジュニアを、無理矢理空間に押し込めてから、じっくりと、俺たちを見渡した。

 その顔には、大胆不敵な、いつもの笑みが、戻ってきていた。

『きっと、またとんでもないことを言い出すに違いない』

 俺と同じように、誰もが、そう心の中で、覚悟していたことだろう。
 ヴァルでさえも。

「ジュニアを空間に隠したところで、あの唸り声は、一向に止まらないわ。魔物は、まだ近くにいるんだと思うの。あたしは、今から、その魔物どもを倒す。そして、その後――」

 そこで、いったん言葉を区切って、続きを言おうとした時、彼女は、真面目な表情になっていた。

「トアフ・シティーへ行くわ。魔物を現金に換金してもらいにね」

 俺たちは、はっと彼女を見つめた。

 砂漠に入る前の荒野で出会った、スーちゃんとマリリンという二人連れの女戦士と魔道士が言っていた話を
思い出した。

 確か、トアフでは、魔物の死体と交換に金貨がもらえ、スーちゃんたちのような賞金稼ぎが増えているとも
聞いた。

 かなり遠いと思うが、マリスは、今度は、そこへ行こうというのだった。

「ちょっと待てよ」
 カイルが、動揺しながら、口を挟んだ。

「クレアはどうなるんだよ? ほんとに置いてっちゃうのかよ!? 」
「最後まで聞いて」
 凛とした口調で、マリスがカイルを抑えた。

「トアフ・シティーへ行くのは、一瞬よ。ただし、ヴァルは、何かあった時のために、皆と一緒に、ここに
残った方がいいし、ミュミュはジャグの言葉がわかるから、やっぱりここにいた方がいいでしょう? さっき、ちょうど、空間移動の出来るヤツを手に入れたんだもの。あたしが、そいつと行ってくるわ。そんなに時間は
かからないと思うから大丈夫よ、クレアのタイムリミットまでには、必ず戻るわ。
 そして、換金した現金を、例の食堂や、村長に支払う」

 皆、じっとマリスの作戦に耳を傾ける。

「村人一件一件の手伝いをして、これ以上この村に留まっているわけにはいかないわ。本当はトンズラしちゃいたいところだけど、やっぱりそうも行かないでしょう。ジャグ族がヒト族不信にでもなったら、彼らと商売してる連中も困ることだしね。

 そこで、『あたしたちには時間がないので、嫌な方法だけど、ここは、お金で解決しましょう。もう充分に
反省してますから』って、クレアから、店主や村長に話して、許してもらうのよ。あの娘の言うことなら、
ジャグの人たちも納得するでしょう? 」

「――てことは、それまで、クレアの憑依は解かないってことか」
「そういうことね」

 マリスと俺の会話を聞いていたカイルが、また動揺した。

「そんなことしてる間に、クレアが戻れなくなっちゃったら、どうするんだよ! だいたい、もとに戻す方法を、お前ら、知ってんのか!? 」

 寝ているクレアを抱きかかえたまま、カイルが、キッという視線を、マリスとヴァルに注いだ。

「方法は、いくつかある。ひとつは、バシャルシュという薬草を煎じて飲ませ、白魔法の呪文を唱える」

 ヴァルの平坦な言葉を聞いて、カイルの瞳が希望に満ちあふれてきた。

「それで、その薬草は、どこにあるんだ!? 」
「手に入らないことはないが、一昼夜干したものを煎じなくてはならないので、今回は無理だろう」

 がくっと、カイルがうなだれた。「だったら、言うなよ……」と、呟いている。

 同感だ。

「それと、『魔道士の塔』か『魔道士協会』に連れていって、憑依を解いてもらうって手もあるわよ。それなら、そんなに時間はかからないはずよ」

 マリスが指を立てる。はっと、カイルが顔を上げた。

「そうか! それなら、ヴァルが空間を移動して、連れていってやればいいんだもんな! 俺とケインは留守番して、またあの織物工房で働いて――」

 カイルの顔が、また活き活きとしてきた。

「だが、私は、魔道士協会を脱している。正規の彼らからすれば、私はヤミ魔道士ということになる」

「あっ、そっか。魔道士の塔は、ヤミ魔道士を目の敵(かたき)にしてるんだっけ。だったら、ヤブヘビだわね。
それに、ミュミュに行ってもらったとしても、妖精は珍しいだろうから、研究材料にされるか、標本にされるのがオチだろうし、ましてや、ジュニアなんかは言語道断。捕らえられて、さっきヴァルがやろうとしていたみたいに、その場で消滅させられちゃうかも」

 がくっと、カイルがまたうなだれる。

 その他、いろいろと、彼らの案を聞かされて、カイルの顔は輝いたり、うなだれたりを、繰り返していた。

「おめえらの知識のひけらかしは、もうたくさんだぜ」
 カイルががっかりしたまま、うるうる泣いていた。

「もうひとつ、あるよー」

 いつの間にか、ヴァルの肩の上に、ちょこんと座っていたミュミュが、思いついた。

「ああ、そうかよ」
 カイルは聞き流していた。
 もう、すっかり、神経が疲れ果ててしまったようだった。

「クレアの中に、誰かの精神が入り込んで、ジャグの巫女を叩き出せばいいんだよ」

 そのミュミュのセリフに、マリスとヴァルが、はっとして、顔を見合わせた。

「はあ? なんだよ、それ? そんなこと、どうやるんだよ? やれって言われても、俺にはわかんないぜ?」

 呆けた顔で、カイルが言うが、

「なるほど、その手があったわーっ! 」

 マリスが突然飛び上がったので、カイルも違う意味で飛び上がった。

「ミュミュ、あなたって天才! 」

 手を握り合いながら、マリスとミュミュは小躍りしていた。

 なんのことやらわからない俺とカイルは、二人で顔を見合わせてから、説明を求めるように、ヴァルを見たのだった。

「巫女の魂は、生前よりも神聖なものとなっていると思われる。よって、普通の人間の精神はおろか、汚れや
邪(よこしま)なものを、一層拒むようになっている。
 ジャグの巫女が宿ったクレアの身体は、もしかすると、我々の精神を受け入れることが出来ず、拒絶反応を
起こしてしまうかも知れないのだぞ」

 ヴァルは、マリスとミュミュにも向かって言った。

 俺たちは、今度は、彼女たちに、訴えるような視線を送った。

 二人は踊るのをやめて、こっちを向いた。

「だったら、同じ巫女同士なら、拒絶反応の心配はないわけでしょ? 」

 にっこり笑顔になって、彼女は続けた。

「忘れたわけじゃないでしょ、ヴァル? あたしだって、ベアトリクスの由緒ある神殿で洗礼を受けた巫女なのよ。あたしが、クレアの中に入って、ヤナと戦うわ」

 俺もカイルも、はっとして、マリスを見つめた。


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