どごーん……どごーん…… ぐるるるるる……! バサバサバサ……! キエーッ!
岩山には、さまざまな音がしていた。
獣の唸(うな)る声、大型のトリが上げるような羽音、奇声、それに、岩の中から伝わって来る響きが地面を通じて伝わる。
俺たち、クレアを除いた五人(ミュミュも含めて)は、身を寄せ合い、いつでも戦闘態勢に移れるよう身構えた。
獣または魔物は、一向に姿を見せる気配はない。 だが、空気が少し生暖かいような、蒸しているような感じはしているし、空も、夕暮れから夜になりかけた時のような薄暗い紫色に、急激に染まって行った。
今は、まだ夕刻に入ろうとしている頃だというのに。
「なあ、魔物が出て来るにしては、いつもより――なんていうか、時間的にもまだ早いし、その、……妙に、物々しくないか? 」
俺の後ろに、ぴったり背をくっつけているカイルが、そわそわしながら囁いた。
確かに、そうだった。 その証拠に、ヴァルも、防御のための結界を、張ろうとしていない。
「木がざわめいてる。どうしたんだろう? 」
ヴァルの肩に止まっているミュミュが、ところどころ生えている木々を、じっと見据えてから、ぼそっと言った。
戦闘になりそうな時は、どこかへ隠れてしまうミュミュでさえ、まだここにいる。
「どうやら、魔物の登場とは違うみたいね。それとも、今までの魔物とは、段違いのものが出て来る前触れかしら」
静かにそう言ったマリスの顔は、相変わらずの不敵な笑みが浮かんでいたが、普段よりも、幾分引き締まって見える。
俺は、無言で、マスターソードを鞘ごとマリスに渡した。 武器をもっていない彼女に貸すには、重厚なツーハンドソードのバスターブレードよりも、扱いやすいだろうと思ったのだ。
彼女は、表情を変えず、俺に頷いてみせてから、受け取った。
俺は、背負っていたバスターブレードに、いつでも手をかけられるよう、左手を浮かせた。
がさっ
ミュミュが、ピクッとしたように、音のした方に目を向けた。 木の葉の間から、物音が聞こえる。かなり小さいもののような音だったので、ムシか何かだろう。
「ミュミュ、どうした? 」
ヴァルの小声で、俺も皆も、もう一度振り返ると、ミュミュはいきなり飛び立っていた。
「おい、ミュミュ、どうしたんだよ! 」 カイルもびっくりして声を上げる。
と同時に、俺はダッシュしていた。
「ミュミュ、いったいどうしたっていうんだよ? いきなりひとりで飛んでいったら、危ないじゃないか! まだ魔物が、どこからやってくるか、わかんないんだから」
心配している俺の言うことが聞こえていないのか、ミュミュは、羽根をばたつかせながら宙に浮かび、目の前にある樹を見上げている。
「……何か見つけたのか? 」 ヴァルが、ミュミュに静かに尋ねた。
「なにか、いたよ」 ミュミュは、それだけ言うと、同じところを、じっと見続ける。
「あっ……! 」
枝の間に入って行こうと、彼女がさらに浮かび上がった時、青々とした葉の裏から、何かが覗いたのだった。
「……!? 」
皆、息を飲んだ。
それは、ミュミュと同じくらいか、少し小さめの顔だった!
相手も驚いていて、口をぽかんと開けて、ミュミュを見ていた。
「どうかしたの? ぼうや」
小さいが、柔らかい声がし、俺たちは、もっと驚いた。
向かいの葉っぱから、また別の小さな顔が、覗いたのだった!
「エルフ――!? 」
ミュミュは、茫然と、そう言っていた。
それは、妖精の親子だった。
子供の方は、ミュミュよりも、更に幼いだろうか、丸みのある可愛らしい顔立ちに、大きな目、薄い緑色の衣をまとっていて、はやりミュミュと同じように、身体の小ささや、身体全体の色素の薄さを除けば、ヒトの子供とたいしてかわらないように見える。
母親の方も、やはりヒトを小さくしたような感じで、息子よりは大分色素がハッキリしていて、長い黒髪と、少し鋭角な顔に、黒い瞳をしていた。
同じ妖精ではあるらしいが、彼らが、ミュミュと決定的に違っていたのは、ミュミュよりも幾分鋭角な形の透明の羽を持っているということと、これは、ちょっと、ヒトとも違っていたが、尖った長い耳をしているということだった。
彼らは、驚いたように、ミュミュと俺たちとを見比べていたが、やがて、子供の方の妖精が口を開いた。
「ママ、見て。ニンフの子供だよ」
エルフは、ミュミュを指差して、隣に来た母親に、物珍しそうな声で知らせる。 母親は、彼を軽く抱き寄せた。
「ニンフ……、なぜ、こんなところに? 」
柔らかな声であったが、親しみがこもっているようには聞こえない。
「エルフこそ、ヒト前には、滅多に出て来ないのに……」
ミュミュの方も、日頃の俺たちに対する親し気な口調とは違う。
だが、敵同士というほどでもないのか、違う縄張りの者同士が、群れから離れた時に、ばったり出くわしてしまったが、そこはお互いの領地ではないし、縄張りのリーダー同士でもないので、争う必要もない――というような雰囲気だ。
クエーッ!
さっきから聞こえていたトリの奇声が、大きくなった。 ばたばたばたっと、カラス(ガガ)たちが、すぐそこの岩山から飛び立って行く。
「ここには、もう、いられそうもありません。私たちは、新たな住処(すみか)を求めて、飛び立つのです」
エルフの母は、静かな瞳を、ミュミュと俺たちに向けた。
「ヒトと共存していく妖精だけあって、どうやら、あなたはヒトと行動を共にしているようね。だけど、私たちエルフは違う。ヒトとは一緒に暮らしていけない。この岩山も、もうすぐ崩れ去ってしまうでしょう。ヒトの手の入っていない場所を求め、私たち自然の仲間たちは移動するのです」
地響きは、だんだん大きくなってきていた。
エルフたちのいる木も、地響きを受けて、葉がざわめいていた。
「待って! この辺の土地を開拓するのは、禁止されたわ。もう二日ほど、工事はされていないはずよ。 それなのに、どうして、出ていくの? それに、なんだか、魔力の波動のようなものも感じられるわ。 ここでは、一体、何が起きようとしているの? 」
マリスが、エルフに向かって言った。
エルフの母親は、静かな視線を、マリスに向ける。
「本来なら、ヒトと語らうなどはしない身ですが……、あのお方の、ご復活が近付いております。私たちには、あのお方の存在は強大過ぎる。ですから、離れておく必要があるのです」
その時、エルフの後ろを、黒い靄が、すーっと通り過ぎていった。
あれは、夜になると湧いて出てくる下等のモンスターだった。他にも、爬虫類に似た黒い影、いろいろな虫のようなものなど、ここを通り過ぎるそれらのものは、下等モンスターたちだった。
それだけではなく、普通のムシたち、トリ、小動物たちなどの、自然の生き物が、脇目も振らず、方々へ散っていく。
「泣いてるよ、ママ、ニンフの子供が泣いてるよ」
エルフのぼうやは、母の、葉に形状の似ている服を引っ張りながら、俺の掌の上に座っているミュミュを指差す。
「さあ、お父様は、先に行っているわ。私たちも、急ぎましょう」
母は、息子の頭を撫でると、彼を抱いて羽ばたいた。
「さようなら、ニンフ。もう会うことはないでしょうけど。あなたも、ヒトなどと一緒にいないで、ご自分の 住処へ、お帰りなさい。それが一番よ」
「待って! あの方って――!? 」
「ご復活が、もうじき始まる。我が種族の遠縁に似た、美しき人間よ、あなたや、あなたやお仲間には忠告する義務はありませんが、あのお方は、私たち、自然の生き物、魔の生き物にとっては、王に近い存在であっても、あなたがたにとっては、禍(わざわい)となるでしょう」
マリスの質問に答え終わると、エルフの身体は、だんだん透明になっていったみたいに、周りの景色の色に 染まって行った。
「ママ……ママ……大妖精さま……」 泣いているミュミュの口からは、そのような言葉が漏れていた。
「ミュミュ」 マリスがミュミュに向かって、やさしく微笑んだ。 どこか、はにかむようでもあったが。
「いずれ、あなたの故郷には、あたしが連れていってあげる。あなたの探している『なんとか君』とやらも、 見付け出してあげる。だから、それまで、もうちょっと待ってて」
「マリスー! 」
ミュミュが、えんえん泣きながら飛んで、マリスにしがみついた。
エルフの親子を目にしたミュミュは、ホームシックにかかったのだろう。
「――ってことで、なんだか、相当な者が、ご復活とやらをするらしいわね」 ミュミュを抱えながら、マリスが、引き締まった顔に戻って、言った。
「まさか、予言で言ってた、……魔王が復活するんじゃ……!? 」
カイルが強張(こわば)った表情を、マリスに向ける。
「それには、まだ早いだろう。もし、魔王の復活であれば、この程度の異変では済まされないはずだ」
代わりに、ヴァルが答える。
「なら、『サンダガー』で戦っても、差し支えない相手ってわけね」 マリスが、ボキボキ指を鳴らしながら、言った時だった。
「あなたたち、何をしているの!? 」
その声に振り返ると、クレアが、数十人ものジャグを引き連れて来ていた。
「胸騒ぎがして来てみれば、案の定だわ。ここは、立ち入り禁止になったはずよ! 今すぐ、出て行きなさい! 」
クレアの表情は、怒りで赤くなっているかと思いきや、引き攣り、青ざめている。
「へー、どうやら、あんたには、ここに何があるのか、わかってるみてえだな、巫女さんよ」
さっきまでの戦(おのの)きようはどこへやら。カイルが、余裕の笑みを浮かべて、クレアに一歩ずつ近付く。
「いけません! 何も知っては、いけないのです! 」
彼女を守るがごとく、棒を持ったジャグたちが、カイルの前に立ちはだかった。
パチン。
ヴァルが指を鳴らすと、ジャグたちは一斉に崩れた。
「な、何をしたのです!? 」 クレアが、悲鳴のような声を上げた。
「死んではいない。騒がれると面倒なので、眠らせただけだ」 ヴァルは、ちらっとクレアを見ただけで、すぐに視線を、地鳴りのする岩山へ戻す。
「さて、じゃ、そろそろ教えてもらおうか。ここには、何が眠っているのか、知ってるんだろ? 」
カイルが、再び、クレアに歩み寄る。
「よ、寄らないで、! わたくしに、触れてはなりません! 」 クレアは、よろめきながら、後退(あとずさ)っている。
「ただの魔物じゃないんだろ? なんなんだよ? 」 「寄らないで、男! 汚らわしい! ……きゃーっ! 」 カイルに腕を掴まれて、クレアは悲鳴を上げた。
ここから見ていると、まるで、人さらいかなにかが、聖女を誘拐しようとしている図のようだ。 そんな彼は、フェミニストからほど遠く映った。
ぐらっ!
その時、目の前の岩が――女神像のすぐ後ろにあった、ヒトの二、三倍はあろうかという岩が、揺れた!
「みんな、下がって! 」
岩の一番近くにいたマリスが叫ぶ。
ピシ……ピシッと、大きな岩に、割れ目が出来る。 さっきからしている魔物のような唸り声が、一段と大きくなった!
「きゃああああ! 」 クレアが両手を耳に当て、屈み込んだ。
「どうした、クレア!? 」 カイルも一緒に屈む。
「復活してしまう! 一〇〇〇年の時を経て――! 恐ろしい悪の大王――! 」
「なんだって!? 悪の大王だって!? 」
カイルが、俺たちにも聞こえるよう叫んだ。
どごおおおおぉぉぉんん……!
とうとう目の前の岩が、崩れた!
そこに現れたものは、ヒトが入れるほどの巨大な卵の形の、黒い空間だった!
バチッバチッ! と、稲光を放電させると、こっちの身体中に、びりびりと伝わる異様な念波がやってきた!
放電が止むと、その黒い空間から、にょきっと、ヒトの腕のようなものが現れた!
足も続いて出てくる。
なんの躊躇(ためら)いもなく、身体の片側から、全身を表したのは、ひとりの男(ヒト)の姿だった!
これが、悪の大王だって!? それって、やっぱり、予言で言ってた……魔王――!?
「――の息子! 」
クレアの声が、岩のくずれる轟音に混じって、聞き取れた!
男は、中肉中背で、浅黒い皮膚をしていた。
黒いカーリーヘアのセミロングは頬にかかり、額から突き出た一角獣のような角があった。
歳は、二十歳くらいに見える。
顔立ちは、悪くない。が、男にしては、どこかかわいい感じで、俺と同じく童顔の部類かも。
エメラルドみたいな緑石をはめ込んだのかと思うくらいの、澄んだ緑色の瞳と、サファイアのような綺麗な ブルーの瞳――左右の色の違う輝く瞳が、妙に印象的だ。
ふと、彼の黒い衣装に違和感を感じ、よく見ると、腰のところに巻かれたサッシュだと思っていたものは、 黒光りする二匹のヘビだった。
ヘビは、ちろちろ赤い舌を出したり、引っ込めたりして、こちらに首を持ち上げている。
そのヘビと似たような細長いものが、彼の後ろから覗く。尻尾だろうか?
ヒトのなりはしているが、それは、明らかに、ヒトではなかった!
「魔王の……息子!? 」
カイルの茫然とした声が、後ろから聞こえてきた。
それを受けて、目の前の男が、にやりと笑う。 笑うと、ヒトの八重歯よりも、大きく尖った牙が覗き、獰猛な本性が感じられた。
「ジャグ族の崇める女神モラの巫女ヤナ。久しぶりだな。といっても、今までずっと一緒だったが」
若い男の声だった。腰に手を当て、クレアに向かって、またしても獰猛な笑みを浮かべる。
「あああ……! とうとう……とうとう、復活してしまったのね! この世の終わりだわ! おお、モラ様!」
クレアは彼から目を反らせずに、強張(こわば)った表情で叫んだ。
ジャグの巫女が乗り移ったと言っても、言っていることは、普段の彼女と、似たり寄ったりだ。
「……あなた、魔王の息子って、ほんとなの? 」
俺の隣にいたマリスが、彼女にしては、おそるおそる口を利(き)いていたが、普通の者にしてみれば、魔族を 前にして言葉をかけるなどとは、できることではなかっただろう。
「ほう、貴様、人間のくせに、俺様が怖くはないのか? いかにも、俺は、ヤナの言う通り、魔界の王子『☆◎△□*』だ! 」
彼は、へへん! と威張って自己紹介したのだが――
「はあ? なんですって? 」
すぐに、マリスが、怪訝そうな顔で聞き返す。
「だから、『☆◎△□*』だって、言ってるだろ」 調子を狂わされて面白くなさそうに、魔界の王子は、人間には発音不可能な音を繰り返した。
「なによ、それ。ちゃんとわかるように言ってよ」 「『☆◎△□*』は『☆◎△□*』としか、言いようがないだろ? 」 「だって、そんなの、言えないじゃない」 「知るか! そんなこと」
魔界の王子だというなんとかかんとか――。 今のうちは、俺たちに敵意を見せるようでもなかったので、二人の言い合いを、それほどヒヤヒヤせずに見守ることができた。
もちろん、今のうちは、だろうな。
「闇の帝王『ダーク・デスター』――即ち、我々が、魔王と呼んでいるものの嫡子だろう」
ヴァルが口を開いた。 さすがの彼も、呆れて、口を挟まずにはいられなかったのだろう。
「あたしたち流には、なんて呼んだらいいの? 」
「『彼』を表す言葉は、まだない」
「えーっ! 俺は、魔界の王子なんだぞ!? それなのに、人間どもには、俺様を表す言葉は、ないってのかよ!? 」
ヴァルの答えを聞くや否や、なんとかかんとかが、不平一杯の声を上げた。
「……じゃあ、とりあえず、『魔王ジュニア』でいいかしら? 」
マリスが、また変な名前を付けた。
「やだよ、そんなの。カッコ悪い! 」 「だって、他にどう言えば……? 」
王子は、何か言いたそうな顔で、しばらくマリスを見ていたが――
「……じゃあ、ヒトの言葉で発音出来るカッコいい名前を、考えておくぜ。それまでは、しょうがねえや」
と、ぶつぶつ言いながら、折れたのだった。
「で、時にあなた、何しにこの世界に来たの? 」 恐れ気もなく、マリスはジュニアに質問した。
「どーもこーも……ちっ! まったく、クソ面白くもねえ! 」
彼は、エメラルドとサファイアの美しい瞳を歪ませて、腕を組んだ。
「今から、ちょうど一〇〇三年前、魔王の怒りを買った俺は、魔力を封じられ、ヒトの姿にされちまった。 もともと親子の間でも、相性はよくない方だが、父王の怒りは、それだけでは収まらず、俺を人間界の、こんな辺鄙(へんぴ)な岩山なんぞに閉じ込めやがったのさ。ここなら、しばらく掘り起こされる心配もないと、思ったんだろう。
そのうち、ジャグどもが住み着くようになり、あいつらの造った女神像とやらを、ここに祀(まつ)るようになった。親父のやつ、そうなることを、ちゃんと予想してやがったんだ!
女神像を、狂信的に拝んでいたジャグの巫女ヤナは、ここに、俺様が封じられているのを漠然と察知し、俺を復活させまいと、ずっと神に祈った。
もともと生涯女神に尽くすつもりでいた彼女は、時が経つと、女神像にすがるようにして死んで行った。
そのせいで、神の神聖な力がパワーアップし、長年俺様を苦しめたんだ! 一〇〇〇年以上もの間、こんな岩山の時空の歪みの中で、俺様は、ずっと神聖な力によって、抑えつけられていた! 本気で死ぬかと思ったぜ! 」
彼は、ずっと誰かに聞いて欲しかったように、つらつらと喋っていた。
一〇〇〇年もの間、ずっとひとりだったのだから、まあ、無理もないか。
皆、半分呆気に取られたように、話を聞いている。 だが、いつでも剣には手をかけられるように、心の準備は怠ってはいない。
「手下の魔族どもは、俺を助け出そうと、いろいろやってくれてはいたが、なにしろ、魔界の王のかけた呪いだ。ヤツ以外のものに、解けるわけはなかった。 俺でさえ、解くことは出来ねえ。呪いってのは、かけた本人以上のヤツが解くか、かけた本人が解くか、 かけた本人が死ぬまでは解けねえのさ。
ところが、親父のヤツ、俺の呪いを解く前に、神との戦いで破れやがった! 死んじゃいない。封印されただけだけどさ、そのおかげで、俺様は、一〇〇〇年もほったらかされたままに! そこまでは、親父のヤツだって、予測していなかったはずなんだ! 」
「ちょ、ちょっと待って! 一〇〇〇年前、既に、魔王と神は戦っていたっていうの!? 」
「ああ、そうだけどよ」 マリスに話を遮られ、ジュニアは腕を組んだまま、むっとしたように答えた。
「……その時の、神って……? 」
ごくっと唾を飲むように、彼女が続けて尋ねる。
「俺は知らねえよ。最も、神本人だか、神の立てた代理人だったかも、あんまり覚えてねえし、どこに封印されたかも、知らねえ。俺も封じ込められちゃってたからさ、知るすべさえもなかったわけよ。 ただ、破れた時の、親父の念は、なんとなく伝わってきたぜ。
『おのれ、この若造獣神め! 私が復活したあかつきには、絶対に生かしてはおかんぞ! 』とかなんとか」
獣神? 若造の? それって、サンダガー!?
皆、無言で顔を見合わせる。考えていることは、多分、一緒だった。
以前、サンダガーが話していた。自分は、五人の獣神のひとりだと。
一〇〇〇年前にも、同じように、サンダガーのような獣神を呼び出して、または世界の危機だということで、神自身が現れて、この世を救ったという事実があったというのだろうか!?
ボッ!
いきなり、ヴァルの掌から、銀色の炎が燃えて、浮かんだ。
「ひえっ! な、なにを――!? 」
ジュニアは、その炎を見て驚愕し、後退りした。
「封印されたままの魔王子なら、ヒトでも倒せる。魔王との戦いに於いて、魔族たちに団結されないうちに、 倒しておいた方がいいだろう」
ヴァルが、いつもの静かな瞳のまま言った。
魔界の王子には、その炎の威力がわかったらしく、冷や汗を拭うことを忘れるほど、恐れ戦(おのの)いていた。
「そうです! その者を倒すのです! 放っておけば、いずれ大きな禍となって、わたくしたちに降り注ぐやも知れません! そこの魔道士、早くそやつを倒すのです! 」
屈み込んでいたクレアが、勢いよく立ち上がり、自分の師匠をつかまえて、そう言った。
ヴァルの炎は、ますます大きくなっていく。
「ま、待ってくれよ! 俺はまだ何も悪いことはしちゃいないじゃないか! 人間界に来たのだって、封印されてこの方初めてだったんだぜ!? いくら魔族だからって、こんな無防備の、何の能力も持たない者を、手に かけようってのか!? あんた、それでも人間か!? 」
魔界の王子は、慌てて懇願し始めた。 その様子は、人間臭く、人間であるはずのヴァルドリューズよりも、ずっと人間じみていた。
だが、ヴァルの静かな碧い瞳は、何も語らずに、魔族の王子に降り注ぐ。
「ヒトの姿になってはいても、魔族としての能力は、いくらか残っているはずだ。お前が、この世界に禍をもたらす前に、ここで消滅させておく」
「そんな――! 能力っつったって、空間を移動するとか、姿形を変えられるとか、たいしたことはできないぜ? そんなことが出来たって、お前たち人間には、害じゃないだろう!? 」
獰猛な笑いの影は、もうない。 彼は、もはや、俺たちに、ただ許しを乞う哀れな人間にしか映らなかった。
「さあ、何をしているのです! 早く、抹殺するのです! 」
クレアの命令と同時に、ヴァルの炎が発動した!
「うわあああああーっ! 」
魔界の王子が、両手で身を守るようにして、屈み込んだ。
ぎゅうぅぅぅぅううううん――!
強い風圧が、俺たちに向かってきた。 俺もカイルも、一緒になって飛んできた小石や枝を防ぐ。
ヴァルも、とっさに片手でミュミュを覆い、目を細めた。
「ちょっと乱暴なんじゃない? ヴァル」
風が収まった。
魔界の王子の前にいたのは、マスターソードを向けたマリスだった!
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