「へえ、器用なものねえ」
狩り用に枝を拾ってきて、弓矢にに仕立てている俺の手元を覗きこんで、マリスが感心してみせた。
「金がない時は、自分で食い物を調達してたからな。このくらいは、朝メシ前さ」 「ふ〜ん」
マリスが、しゃがんで、じーっと見ている。自分の頬に、うっすら赤みが差してるのを感じるが、平静を 装う。
「ほんと、ケインは何やっても器用だなあ」 その後ろで、カイルがゴマをする。
普通の傭兵なら、これくらいのことは、皆やっていると思うのだが、彼は『普通』ではなかったから、 こういう時は全然役に立たない。
だから、俺一人で、弓矢を三つとも作らなくてはならなかった。
「うん。なかなか立派な弓矢だわ」
マリスが試しに、その辺の木に、矢を構えてみせた。 狩りは得意だと言うだけあって、そのフォームは、なかなか綺麗だった。 俺は、感心して、マリスのその様子を眺めていた。
ピンと張った草のつるから放った矢は、木の幹に当たって跳ね返った。
「これだけの原始的な材料で、ここまでのものが出来るなんて……! すごいわ、ケイン! 」 「いやあ、ほんと、すげえ、すげえ! 」 マリスもカイルも、素直に褒めてくれた。
が、カイルは、単に調子イイだけだろう。
なんとか三人で、仕留めてきた野ウサギやアヒルを、それぞれ竃(かまど)焼きや、挽き肉にしてから団子にし、スープに入れたり、ぶつ切りにして、根菜と煮たり、いろいろやってみた。
そうして、食い物屋の準備は、着々と進んで行ったのだが――
ひゅ〜……
野原に、屋台を構えた俺たちのところには、誰も通りかからなかった……。
「……あのさあ、ここって、立地条件が、あんまりよくないんじゃないか? 」
店先で、ぼーっと、突っ立っていたカイルが、俺たちを振り返って呟いた。 確かに、ここは、村の中心から、はずれていた――。
それは、仕方のないことだった。 村人から反感を買っている俺たちに、しかも、何の資金もない俺たちが、村の中心に店を出すなど、出来る わけはなかったのだった。
「商売の条件のひとつ、立地条件がマズいってのは、致命的だわ。となると、……やっぱり、客引きかしらね」 マリスが腕を組んで考えていた。
「よしっ! あたしとカイルとで、なんとかお客を連れてくるわ。ケインは、店番してて」 「えーっ! 俺も行くのー? 」 「そうよ。女性客ならお手の物でしょ? 」 「女性客ったって、……あれじゃあ……」 「いいから」
マリスとカイルは、あーだこーだ言いながら、出かけていった。
二人が戻ってきたのは、それから間もなくのことだった。
「喜んで、ケイン! ほら、こんなにお客が! 」 「……は、はあ……」
満面の笑みで顔を綻ばせたマリスは、両腕に何人ものジャグを抱え込んでいた。
その後ろには、同じくジャグを抱えたカイルが、顔を引き攣らせていた。
それが客か!?
「まさか、通りすがりの人々に、襲いかかって、気絶させて、ここまで連れてきたんじゃないだろーな? 」
彼女は、にっこり笑って頷いた。
「なんてことするんだ! それじゃあ、誘拐じゃないか、誘拐! しかも、白昼堂々! 」
「あら、大丈夫よ。後ろから殴ったから、顔はみられてないし。気が付いて『ここはどこだろう? 』って 思っても、ケインの料理を食べれば、『おお! これは、うまい! 』って、細かいことなんか、忘れちゃう わよ」
細かいこと……か?
いつもの如く、彼女の神経は、フツーじゃなかったのだった。
そのうち、ひとりのジャグが気が付いた。
「いらっしゃいませー! 」 マリスが思いっきり笑顔で言った後、「……で、いいんだっけ? 」と、小声で、俺に確かめる。 「ああ、まあな」と、俺が頷く。
石の塊を積んだだけのテーブルで、頭を振りながら正気付いたその客に、マリスが、竃焼きを運んでいった。
「お待たせしました。どうぞ〜」
ウキウキと、器を置くマリスとは逆に、客は、うさん臭そうな表情だ。
「お客さん、これ、とっても美味しいのよ。当店の看板メニューなの。これに目を付けるなんて、さすが、 お目が高いわ。さあ、どんどん食べてちょうだいね、社長」
いったい、どこでそんなこと覚えてきたのか?
俺のいる厨房(とまで呼べるかどうか)の場所に引っ込んだマリスは、にこにこ笑顔を絶やさず、客の様子を 見守っている。
カイルは、他の、まだ寝ているジャグたちを、それぞれテーブルにつかせていた。 マリスには呆れたり、圧倒されたりしながらも、こいつも、案外付き合い良かった。
「オエイアオエイッ! 」
竃焼きを食べたジャグは、ペッと口の中の物を、吐き出した。
「ああっ! 何すんのよ! 」 マリスが、つかつかと、その客に詰め寄っていった。
心配だったので、俺もついていく。 心配なのは、あくまでも、ジャグの身である。
「ソソエイアオイヂ! 」 「なによ、あんたたちが普段食べてるものなんかよりも、ずっとおいしいでしょ!? 」 「イエオヰアエオエイギ! 」 「これのどこがマズいってのよ! 」
言葉は通じてなくても、意味は通じているようだった。
肉だんごスープを食べていた客も、やはり同じように一口食べたら吐き出している。
結局、連れ込んだジャグは皆、俺の作った物を、マズがって、帰っていった……。
彼らには、彼らの味覚があり、俺には泥にしか思えなかった食堂のあのスープや、砂漠の軟体動物を焼いた物なんかの方が、断然美味しく感じるのだろう。
味覚の違いだとわかってはいても、それなりにショックだった。
「食い物屋は、失敗だったか……」 マリスが、ぼそっと言った。
「ケイン、気にすることないわ。あなたの腕が悪いわけじゃないもの。他の国でやれば、きっと、当たってたわ」 「そうだぜ。ま、あいつらが食べてくれなかったおかげで、こんなうまい残りもんが思い切り食えるんだから、俺としては、よかったけどな」
マリスに続いて、カイルが竃焼きをばくばく食べながら言った。
調子いいだけだとわかってはいても、そう言ってもらえると、ちょっとは慰められた。
「ただいまー」 ミュミュが、近くの空間から、ヴァルドリューズと一緒に現れた。
「あなたたちも、ご苦労さん」 マリスが、ヴァルとミュミュにも、余った料理を勧めた。
「さっき、織物工房で、クレアに会ったよー」 根菜をかじりながら、ミュミュが思い出したように言った。
「クレアは、この村に残るんだって」
「なにっ!? 」 カイルとマリスが驚いた。
「俺にもそう言ってたけど、ミュミュと、ヴァルにも言ったってことは、……やっぱり本気だったのか」
「なんだって!? 」
俺の顔を見てから、カイルが困惑したように、マリスを見る。
「おい、どうするんだよ、マリス。本当に、クレアを置いていくのか? 」
彼女は、ヤツの質問に、しばらく黙っていた。
「……どうしても残りたいんなら、あたしには、止める権利はないわ。……残念だけど……」
沈んだ声で、マリスは答えた。
「そんな……! クレアが、こんな村で、しかもひとりでなんて、やっていけるわけないだろ!? 何が何でも、連れ戻そうぜ! 」
カイルが、マリスと俺を交互に見る。
「クレアは彼らと言葉が通じるわ。女神のように、崇められているし、……あたしたちよりは、ずっとこの村を、居心地よく感じてるんじゃないかしら」
「だって、せっかく魔法だって頑張ってたのに……。 それに、彼女は、あんなにかわいいのに、巫女だったせいで、まだ男と付き合ったこともないんだぜ? あんな種族の違う奴等と暮らしてたら、一生、誰とも結ばれないで終わっちまう。そんなのは、もったいなさすぎる! なあ、ケイン、そうだろ!? 俺は、ひとりの男として、フェミニストとして、ひとりでも多くの女性に、幸せであって欲しいと望んでるんだ! こんなことは、断じて許すまじ! 」
アツくなって語っているカイルの勢いに、俺は圧倒されていた。
「そのクレアだが……」
ヴァルが、重々しく口を開く。
マリスもカイルも、振り返る。
「少々、気になることがある」
ヴァルは、それきり黙ってしまった。
「なんだよ、気になることって? クレアが気になるってのか? ……それって、好きってことか? 」 カイルが睨むような目で、ヴァルにつっかかっていく。
そうは言ってないと思うのだが?
「確かに、俺も、クレアと話した時、なんか変に思ったんだ」 ヴァルも皆も、そう続いた俺の方に、視線を移した。
「言葉遣いも、ちょっと気取って聞こえたし、妙に、そのう……神憑(かみがか)ったような……? だけど、いつもの彼女のようにも思えたし……」
「言われてみれば……、いつものクレアのようであって、そうでなかったように、あたしも思ったわ」 俺に続いて、マリスも、静かに言った。
「そうかあ? 俺には、いつものクレアにしか見えなかったけどなぁ」 カイルが首を捻る。
「あのね、ミュミュね、みんなで開拓作業やってて、あの女神像が出て来た時に、なんか白い煙みたいなのが、クレアの身体に吸い込まれていったのを見たよ」
「女神像……」
ミュミュのセリフを聞いて、マリスが腕を組んだ。
「そう言えば、あの開拓工事、まだ途中だったはずなのに、なんで中止になったのかしら? なかなか面白い 作業だったから、ちょっと残念に思ってたのよ」
「領地を広げるって目的だったっけ? 言われてみれば、中途半端だったよな」
マリスも俺も、その時のことを、もっと詳しく思い出そうとした。
「確か、クレアが言い出したんだよ。『この土地を、これ以上、掘り起こしてはいけません』とかなんとか。 理由までは言わなかったけどさ」
カイルが言った。
「ふ〜ん……。もしかしたら、あの場所に、もう一度行けば、何かわかるかも知れないわね」
マリスは顔を上げて、皆を見回した。
その夜、俺たちは、再び開拓工事の場所に来ていた。
小さな立て札があり、ミミズの這っているような文字が並んでいた。 多分、ジャグの言葉で書かれた『立ち入り禁止』の文字だろう。
「あったわ。この女神像ね」 マリスが、ヒトの大きさほどもある岩の彫刻を見付ける。
「ヴァル、何かわかった? 」
女神像に触れているヴァルドリューズに、マリスが尋ねた。その側を、ミュミュが、ちらちら飛んでいる。
「……やはり……」
ヴァルが、ぼそっと、だが、確信のこもったを呟きだ。
「なんだよ、『やはり』って? 」 カイルが、少しじれったそうに、イライラした口調で言った。
「ちゃんと、俺たちにもわかるように、はっきり言えよ」
ヴァルは、像から手を放して、ゆっくり口を開いた。
「この女神像には、何者かが宿っていたようだ。形跡からすると、おそらく、この女神を崇める大昔のジャグの巫女のように思われる」
「ジャグの巫女だあ? 」
カイルは、眉をへの字に曲げ、素っ頓狂(とんきょう)な声を上げた。
「この女神に、異常に執着していたのか、何かの偶然かは知らぬが、おそらく、同じ巫女同士、クレアと波長が合ったのかも知れぬ」
「そうよね。彼女には、ヴァルにも聞こえない何かが、聞こえていたものね。その巫女の念だったのかしら?」
マリスが、ヴァルに頷く。
「で、それが、どうしたってんだよ? 」
自分だけわかっていないのが、つまらないとでも言うように、カイルは口を尖らせた。
それへ、ヴァルが、ゆっくりと、淡白な視線を移す。
「多分、クレアが、像に触れた時、……その巫女が、彼女に、……憑依(ひょうい)したと思われる」
「なんだって!? 」
俺もカイルも驚いて、ヴァルを見つめた。
「ミュミュも、そう思うよ。あの時のクレア、なんか様子がおかしかったもん」 ミュミュも、丸い目を、こっちに向けて、ぱたぱた飛ぶ。
『おいっ、憑依(ひょうい)って、何だ!? 』
俺を振り返ったカイルの顔には、そう書いてあった。
「砂漠での疲れと、魔力の弱まったところへ、巫女が乗り移ったのだろう。普段の彼女になら、簡単に憑依などは出来ないはずだ」
ヴァルの話を聞いているうちに、どんどんカイルが動揺していく。
「じゃ、じゃあ、クレアは、そんな大昔の巫女が乗り移ったまんま、……もう、もとには戻れないっていうのか? 」
カイルの言うことに、俺も心配になってきた。
「今なら、まだ間に合う。だが、長時間の憑依は危険だ。巫女の霊は、こうしている間にも、クレアの精神を、徐々に支配しているだろう」
「そ、そんな……! 」
俺は、思わず、マリスに答えを求めるように見た。
彼女は、顔色一つ変えず、何か考えている。
「おい、ヴァル、なんとかしろよ! どうしたら、元通りのクレアに戻るんだよ? お前なら出来るんだろ? 戻せ! 今すぐ彼女を、もとに戻すんだ! 」
ヴァルがやったわけじゃないのに、カイルが、ヴァルの襟元を掴んだ。
「クレアの方のタイムリミットは、いつ頃? 」 マリスが、冷静な声で尋ねた。
「憑依が始まって、二日ほど経っている。おそらく、……明日の晩くらいまでだろう」
ヴァルのセリフを聞いて、再び喚(わめ)き出しそうになったカイルよりも先に、マリスが言った。
「だったら、まだギリギリ時間はあるわね。クレアを連れ戻す前に、どうしても調べておきたいことがあるの」
俺たちは、呆気に取られて、マリスを見た。
「こんな時に、何、暢気(のんき)なこと言ってるんだよ! 早くしないと、クレアが――! 」 「わかってるわ」
動揺しているカイルを、マリスが、きっぱりした口調で遮った。
「掘ってた時に感じてたんだけど、どうもこの岩山は、うさん臭いわ。ここへ来て、ますますその感じが強くなってきたわ。不思議なことに、この間よりも、ずっと、はっきり感じられるの。ここには、『魔の気配がする』って」
マリスの話を受けて、カイルが頭を抱える。
「なんだ、そりゃあ!? この村には、魔物なんかいないって聞いてたのに、実はいたっていうのか? この上、またとんでもないものが出て来るかも知れないってことかよー!? それとも、俺には何も感じられないのに、マリスは感じるってことは、今度は、マリスが魔物に憑依されちまうってことかあ!? 」
「俺もお前も魔力がないから、何も感じられないだけだろ? 少しは落ち着けって」 パニくりそうなカイルの肩を、俺は押さえた。
「ただの魔物とは違う。気を付けろ」
ヴァルが、淡々とマリスに言った。
「うわー! やっぱり、魔物なのかー! 」
まだカイルが騒いでいた。
そこへ、――
がるるるるる……! 聞き慣れた、獣の唸り声のようなものが、辺りに響き渡った!
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