「あ〜あ、毎日毎日、なんで俺たちばっかり、こんなことしなきゃならないんだ? 」 「仕方ないだろ、金がないんだから。これから、どこへ行くかも、まだ決まってないんだし、もういい加減、 腹くくって働いた方が、かえってラクだぜ」
俺は、ぶーぶー言いながら洗濯板でジャグ族の着るボロ布を洗っているカイルをたしなめた。
「このあたしに、そんなことできると思って!? 」
ふと見ると、マリスが、織物道具を手に、ジャグたちにキレかかっているのを、ヴァルが押さえていた。
俺たちご一行は、今度は、ジャグの機織(はたお)り工房で、手伝わされているのだった。
ジャグ族は、自分たちはボロい布をはおっているだけなのに、織物の技術は、物がない割には発展していて、手織りでも、なかなかにきれいな模様を編み込んだ敷物類を作っていた。
ここで働くようになってから知ったのだが、同じボロでも、女性は目の下にも四角い布を垂らして、顔を隠している。 その布に、よく見ると、独特な刺繍が施されているのだった。
そして、この工房には、ほとんど女性ばかりが勤めていた。 工房と言っても、石造りの建物の中に、敷物を作る人たちが集まっているだけだ。
俺とカイルは、彼らの着ていた、山積みになった服を洗濯し、マリスとヴァルは、簡単な織物の手伝いをしているのだ。
「あ〜あ、こんなに汗水垂らして働いても、稼ぎは全部,食堂のオヤジのふところに入っちまうかと思うと、 ますます働く気なんか失せちゃうぜ〜」
昼の休憩になった時だった。 止めても、カイルの口からは、愚痴がこぼれるばかりだ。
「あたしも、まさか、こんなところに来てまで、縫い物なんかさせられるとは、思っても見なかったわよ」 マリスもフテ腐れて茶を啜る。
が、シブかったらしく、顔をしかめた。
「マリスは、貴族のお嬢様だったんだろ? 縫い物くらい、習ってるんじゃないのか? 」 王女だったとまでは知らないカイルが、悪気はないのだろうが、ぶーたれた顔のまま尋ねた。
「ちょっとくらいは、やったことあるけど、苦手だったわ。下手だったし。士官学校にいた時の方が、のびのびしていられたわ」 「だろうな。想像つくよ」 俺がくすっと笑うと、マリスが、じろっと睨んだ。
「それにしても、クレアも、薄情だよな。俺たちが、こんなに大変な思いをしてるってのに……いいご身分だぜ」
カイルは、またぶちぶち言い出した。
「クレアが、あいつらに女神扱いされた時、俺は、正直言って『やったー! これで、働かされないで済む!』って、思ったんだぜ。彼女の言うことは標準語でも、なぜか彼らには通じてるみたいだったからな。 それなのに、実際、働かなくてよくなったのはクレアだけでさ。 あの時やってた土木工事から解放されたのはいいけど、次の行き場も決まってないし、相変わらず、村中の 手伝いをし終わるまでは、この村にいるしかないんだろ? 」
クレアの姿は、ここにはない。
ジャグたちの拝んだ女神像を発見してからというもの、彼女は、奴等から丁重にもてなされるようになり、 俺たちとは別々に行動しているのだった。
「カイルの言う通り、あたしも、もしかしたら、これで変な仕事をしなくて済むのかもって、思ったんだけど……。クレアが、自分だけ免れてぬくぬくしているような人とも思えないし、なんで、あたしたちを解放するように、言ってくれなかったのかしら」
マリスが不可解そうに首を傾げていた時、ちょうど、クレアが、何人かのお付きのジャグ族を連れて現れた。
「皆さん、お勤めご苦労様です」 ジャグの女たちは、一斉に立ち上がって、クレアに平伏(ひれふ)した。
「あなたたちの作る絨毯は、砂漠の行商人(キャラバン)たちに、とても評判がいいそうですね。これからも、 頑張って、美しい織物を作り続けて下さいね」
クレアが、天使のような微笑みをたたえて言った。 ジャグたちは、歓声を上げた。
「おい、クレア」 カイルが、ぶすっとした顔で立ち上がる。
「奴等に言葉が通じるようになったんだったら、長老のところに行って、この村から出させてくれるように頼んでくれよ。俺はもう、こんなところで、わけのわかんねえ仕事するのなんか、うんざりなんだからな! 」
クレアは、俺たちの方に顔を向けただけで、近付いて来ようとはしない。
「何を言っているのです。働かざる者食うべからずです」
「なんだよ、今は、そんなこと言ってる場合じゃないだろ? だいたい、俺たち、いつまでこんなことしてりゃあいいんだよ? 村中の人間の言うことを聞かなきゃ、村から出られないなんて、いったい、何日かかるんだ。いや、数週間で済めばまだいい。下手したら、何ヶ月もここにいなきゃなくなるんだぞ。 俺たちには、そんなヒマはないはずだろ? 次元の穴や、魔物どもを、これ以上、野放しにしておいていいのか!? 」
珍しく、カイルが、本来の目的に触れていた。
だが、クレアは、一向に表情を変えなかった。
「ここでは、わたくしの決めたことには、絶対服従です。あなたがたは、ジャグの 掟に従うべきです」
「ちょっと、クレア! 」 マリスも立ち上がった。
「もとはと言えば、あなたが店の主人を説得する際に、勘違いして壁を壊したんじゃないの。そうなる前に、 逃げようって、あたしが言ったにもかかわらず、店主を説得するんだって言い張ったのは、あなたでしょう? その結果、ジャグの住民の言うことを、一件、一件聞かなくちゃならないハメになったんじゃないの。 それなのに、その、自分には何の責任もないような言い方はないでしょう! 」
ちょっとムッとしたように、マリスが言った。
「無銭飲食をしておいて、平気で逃げようとする神経の方が、わたくしには信じられません。反省が足りないようなら、新たな処罰も、考えなくてはなりません」
毅然とした態度で、クレアは、そのまま出て行った。
「……なーによ、あれ! 」 「ひどいぜ、クレアのヤツ。あんな冷たいヤツだったのか!? 」
マリスもカイルも怒っていた。
「クレア」 俺は、クレアの後を追いかけた。数人の供を連れた彼女は、首だけ、こちらを振り向いた。
「どうしちゃったんだよ」 「別に、なにも」 「だって、なんか変だよ」 「わたくしは、当たり前のことを言ったまでですわ」
クレアは、俺から目を反らすと、また歩き始めた。
「ちょっと、待っ――」 「わたくしはね、ケイン」 彼女は、俺の言葉を打ち切って、再び足を止め、そのまま続けた。
「このまま、ジャグの村に残ろうと思うの」
……えっ!? ……今、何て……?
突然の彼女のその告白に、俺は身動きひとつ出来ないでいた。
「彼らは、とても純粋だわ。生きることに、一生懸命なの。私たちヒト族のように、争ったり、傷付け合ったりしないわ。皆、強力しながら生きているの。幸い、ここには、魔物もいない。食べ物は、まだ慣れないけど、 ここの人たちの、ひたむきな姿に、この数日で、心を打たれたわ。 だから、ケインたちは、償いが終わったら、わたくしに構わず、出て行っていいのよ」
長く、美しい黒髪が、ふわっと風に舞う。
クレアが、冗談でこんなことを言う人間ではない。 その黒い大きな黒曜石のような瞳にも、嘘はなかった。
「……本気なのか? 」 「ええ」
初めて出会った彼女の村で、それ以来、ずっと一緒に旅をしてきたが、彼女がそんな風に言うなんて……。
俺には、どうしても、それが、彼女の言葉だとは思えなかった。
中原の大国アストーレに残らず、皆と旅に出ることに決めた時だって、彼女は、俺が来てくれて良かったって、言ってくれた。
そのクレアは、マリスと違って、お城が居心地悪そうには見えなかったし、魔物退治なんて危険な度よりも、お城での生活の方が合っていたようにみえた。 王女殿下にも気に入られてたから、アストーレ城に残るのも、クレア次第だっただろう。
それなのに、ラクな方を選ばず、俺たちとの旅を選んでくれた彼女が――
巫女から魔道士に転向し、使える術も増えてきたし、俺にも、ちょっとずつ、慣れない剣を教わって、頑張っていた彼女が、こんなことを言い出すなんて――!
「……クレア、そんなこと言うなよ。一緒に旅を続けようよ」
思わず、クレアの腕を掴んだ。 クレアが、俺の顔を見上げる。 澱(よど)みの無い、美しい黒曜石の瞳が、一瞬、揺らいだ気がした。
「ロオアイエジャオアジィッ! 」
お付きのジャグたちが、次々と、俺の手をはたいてきた。
彼女は、俺の手が離れると、また進行方向に視線を戻し、歩き始めた。
「おーい、夕飯出来たぞー」
布団代わりに敷いているボロ布の上に、俯(うつぶ)せていたカイルと、マリスが、起き上がる。 切り株に座っていたヴァルとミュミュも、こっちへ来た。
「今日は、ちょっと豪勢なんだぜ」 俺は、得意気に皆の顔を見渡した。 さっきのクレアのことが、気にかかってはいたから、空威張りだ。
「あら、肉が入ってるわ! 」 スープの中身を見て、マリスが嬉しそうな声を上げた。 カイルも、マリスの器を覗いてから、自分のスープを啜り始めた。
「おいしい! これ、何の肉なの? 」 「トリ。さっき、あっちの川で見つけて捕まえたんだ」
いつも木の実や根菜ばかりだったから、このトリのスープは、自分でも言うのもなんだが、非常にウマい。
ミュミュも、幸せそうな顔で、バクバク食べている。
「それにしても、ケインて、料理上手ね」
マリスが、ちょっとだけうっとりしたように、俺を見ている。 ちょっと、いや、大分、嬉しかった。
「昔、よく親父と交代で料理してたんだ」
『彼』を親父と呼んだ試しはなかったから、気恥ずかしい気もする。
「ああ、そのバスターブレードの持ち主だった人ね。……あ……」
マリスが片手を口に当てた。
「どうかしたか? 」 「……また、亡くなったお父さんのこと、思い出させちゃったわね」
そう言えば、レオンは死んだことになっていたんだった。
バスターブレードを受け継いだ時、『俺のことは、死んだものと思ってくれ』という彼の言葉と、彼を知っている蒼い大魔道士の手下どもの目を欺くためもあって、俺は、バスターブレードを、彼の今際(いまわ)の際(きわ)に、もらったことにしているのだった。
そうとは知らないマリスは、俺の言った通りに信じているんだろう。
本当のことを教えてもいいのだが、蒼い大魔道士に限らず、魔道士というヤツは、どこで聞いているかわからない。
迂闊に話しているのを聞かれ、レオンに恨みを持っている魔道士か何かが、彼のところへ向かうのを避けるため、騙すつもりはないが、今のところは、一応そのままにしておくか。
「気にすることないさ」
俺は、マリスに微笑んでみせた。マリスも、少し安心したような微笑を浮かべた。
「とか何とか言って、本当は女に教わったんだろ? 」 肉を頬張りながら、カイルがニヤけている。
「お前じゃないんだからな。女性に教わったには違いないが、肉屋の太ったオバちゃんだぜ」
俺も、にやりと返す。 最近は、こいつにおちょくられても、引かずに、対処出来るようになってきた。
「ホントかぁ? お前が昔付き合ってったっていう女から教わったんじゃねーのかよ? 」
マリスが、きょろきょろと、俺とカイルとを見ている。
「前に、お前と酒飲んで一晩明かした時に、言ってたじゃないか。故郷(くに)に女がいたって。その女が、お前に料理教えたんだろ? 」
カイルが、ヘラヘラ笑って、こっちを見ている。
いくら酔ってても、そんな話はしていない。 どうせ、こいつは適当なこと言って、俺をからかおうというのだろう。 もうその手には乗らないぜ!
「何言ってんだ。そんなヤツ、いねえよ」 もうヤツには取り合わずに、さっさと片付けてしまおうと立ち上がると、
「またまたトボけちゃって。いたんだろ? クレアみたいな綺麗な黒い髪をした女だったって、言ってたじゃないか」
ヤツのそのセリフは、俺の足をピタッと止めた。
「……俺、いつそんなこと、言ったっけ? 」
ヤツは、ぱっと目を輝かすと、途端に、俺の首に腕を回し、ジャレついてきた。
「こいつぅ! なかなか自分のこと言わないもんだから、適当にカマかけてみたんだが、やっぱり、そうだったのか! 故郷に女がいたんだな!? どんな娘(こ)だ? 美人か? いや、お前のことだから、美人系より、かわいい系だったに違いない! そうだろ!? 」
カイルは嬉々としながら、勝手なことを言っていた。
生憎(あいにく)だが、リディアは、美人系だったもんね!
だが、これ以上は、絶対に喋るまい、と思っていたそばから、
「リディアっていって、美人だったんだって」
ミュミュが、カイルの側に、ぱたぱた飛んで行って、バラしやがった!
「まーた、ミュミュはーっ! ヒトの心を勝手に読むなって言ってんだろー! 」 「いーじゃん、このくらい」 「それで、そのリディアちゃん――いや、美人系なら、リディアさんか。彼女とは、どこまでいったんだよ? 教えろよー! 」
そんなこと、マリスの前で、絶対言いたくなかった。
「放せってば! 」 「正直に言えよ! 」 「きゃはははは! 」
俺たちが、変に盛り上がっている最中であった。
「そうだわ! みんなで食い物屋をやりましょう! 」
マリスが人差し指を立てて、いきなり立ち上がった。
「はあ? 」 眉を寄せた俺とカイルの声は、同時だった。
「だからー、このまま、この村の人間のいいなりになって、タダ働きさせられるだけじゃなくて、どうせなら、あたしたちだけでも、お金を稼いでおいた方がいいと思うの。いずれ、この村とは、おさらばするんだし、 その時のために、ちょっとずつ資金を貯めておくのよ」 マリスが、目を輝かせる。
「それは、わかるけどさあ、それが、なんで食い物屋なんだよ? 」 カイルが、眉間に皺を寄せる。
マリスは、俺に向かって、にっこりした。
「ケインの料理食べて、思いついたのよ。さっきのような簡単なものでいいから、ケインが料理を作って、 それをジャグたちに売るの。材料になりそうなトリとか、小動物は、あたしが捕まえてくるわ。これでも、 狩りは得意だったのよ。任せてちょうだい」
マリスが、どんと胸をたたいてみせた。
「そうかあ。その方が、俺たちも、毎日うまいモンが食べられるもんなあ」 うっとりと、カイルが天を見上げている。
「何言ってんの。店のものには、手をつけないでちょうだい。手の空いてる人は、今まで通りジャグの手伝いをするのよ」 「ええーっ!? それって、俺とヴァルは、またあの手織り工房に行けってことかよー!? 」 「当たり前でしょ」
マリスに言われて、カイルは「う〜ん」と、ちょっとの間考えていたが、
「だったら、俺も行く! 俺は、狩りだって得意なんだぜ」
……やはり、どうしても遊べそうな方へと、行ってしまうカイルだった。
それにしても、安易な思い付きであった。
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