「キルワオシグイソイアオジョシェウサイ! 」 「サボらないで、しっかり働くように、だって」 一人目のジャグの言葉を、ミュミュが訳した。
ミュミュの説明によると、どうも、あの長老の前に出来た長蛇の列の、ひとりひとりの仕事を手伝い、そこで集めた資金を、すべてメシ屋に払うというものだった。 しかも、食べた分プラス迷惑料込みで。
当然、メシ屋の壁も、俺たちが直すのだが、それは賃金はもらえない。 しかも、人質代わりに、クレアとヴァルの二人が捕らえられた。
ヴァルは、いつもの黒ずくめの魔道士スタイルではなく、オアシスを過ぎてからは、ずっと、俺とカイルと お揃いの、白い膨らんだズボンと、ベストにターバンという、東方でも西寄りの格好だった。
なんとなく、彼らジャグにとって、危険な人物と思われたというよりは、俺たちのことを三人兄弟(全然似てないのだが、ジャグからすればヒト族はそう見えたのかも)で、長兄を人質に捕っておけば、弟たちは真面目に働くと思ったらしかった。
もうひとりの人質である、壁を壊した張本人のクレアは、充分、危険人物だったのだろう。
ということで、俺、マリス、カイル、その髪の中に隠れているミュミュ――は、ただの通訳なので――、三人で働かなくてはならなくなったのだった。
その小人の家畜小屋――といっても、トリを始めとした小動物くらいしかいないが、そこの掃除だったから、まずはラッキーだった。
「そうじなんか、したことないわ」 マリスは、先が三つ又に分かれている道具を、不思議そうに眺めている。 「それで干し草をそっちにどけてくれ」 動物たちを蹴飛ばさないよう気遣い、地面を箒(ほうき)で掃きながら、俺は言った。
「カイル、桶に水を汲んできてくれるか」 「なんで? 」 「なんでって、動物たちに水と餌をやるんだよ。その隙に掃除すれば邪魔じゃないだろ? 」 「ああ、なるほどな! 」 ヤツは、ぽんと手を打った。
「へー、ケインて、手慣れてるのね」 「ほんと、ほんと」 マリスもカイルも感心してくれていた。 「いくさのない時は、よろず屋だからな。家畜小屋の掃除から用心棒まで、悪いこと以外は、たいていなんでも引き受けてたんだ。カイルだって、そうなんじゃないのか? 」
マリスはお姫様だったから、当然掃除なんかしたことはなかっただろうけど、カイルは俺と同じく傭兵なんだから、いくさがない時は別の方法でカネを稼いでいたはずだ。
「俺は、ケインみたいに地道な方法で稼がなかったからな。用心棒くらいはやったことあるけど、こんなこと、したことねえよ」
「じゃあ、どうやって食べてたの? 」 ミュミュが、カイルの髪の中から顔を覗かせた。
「女のヒモ」 ヤツは、けろっと答えていた。 どうせ、そんなこったろうな……。
「後は、博打かな」 ……ロクなこと、してないなー。
「俺、賭け事には強い方なんだぜ。それに加えて、この美貌だろ? 女がしょっちゅう寄って来たもんだったけど、この村には、そんな女たちは、いそうもないしなー。この俺が、違う意味で肉体労働とは……」 彼は、情けなさそうに、汲んできた水を桶に入れた。
「ふ〜ん、バクチねえ……」 マリスが、ぶつぶつ言いながら、何か考え込んでいた。 「そうだわっ! この村にもバクチ屋があるはずよ! カイルがそこで稼いでくればいいんだわ! 」 マリスの目は輝いていた。
「おいおい、いくら俺だってなあ、こんな得体の知れない種族どものバクチなんか、知るわけねえだろ」 「覚えればいいじゃない」 「お前なあ、簡単に言うけど、いくら天才のこの俺でも、そんなモン――」 「じゃあ、あたしがやってくるわ」
は!? おいおい、お姫さんてばっ。キミはいったい――?
「マリス、お前、バクチなんか――? 」 驚いている俺とカイルを交互に、彼女は見た。
「夜になったら、あたし、ミュミュと行ってくる」 「そんなことしないで、地道に働いた方がいいんじゃないか? 」 「ケインは地道に働いてて。そうだ、地道斑と冒険斑に分かれましょう! 」
何を言うんだ、何を?
「あ、俺、それ賛成! 当然、冒険班ね」 カイルが即座にマリス側についた。
おのれ、お前ら、そんなに掃除がイヤか!?
その後、金もなく、寝床もないので、皆が帰るまで、俺はひとりで野宿の準備をしていた。
クレアやヴァルは、見張り小屋にいるので、俺たちとは、寝る時も別行動だ。 結局、人質の方がいい暮らしをしているように思えなくもない。
ジャグ族から分けてもらったいらないボロ布を、草むらに敷いていると、マリスとカイルがミュミュを連れて戻って来た。 全員、がっくり肩を落としている。
「ありゃあ、ダメだな」 カイルがボロ布の上に、どかっと腰を下ろした。 「あんなののどこが面白くて、皆やってるのかしら? 」
二人の話によると、俺たちの知っているような、動物の皮を乾燥させて作ったものに絵の描かれたカードゲームだとか、動物の牙で作ったサイコロだとかを使う、一般的なゲームと違って、誰が一番遠くに石を投げられるか競ったり、木の上から葉を一枚落とし、地面に落ちた時に表か裏かなどを当てるとか、そんな原始的なもの ばかりだったらしい。
二人とも、見るだけ見て、帰って来たのだ。
「だから、そんなことやめろって言っただろ。これでも食べて、もう寝ようぜ」 俺は、さっき作った、木の実と根っこを、大きめの葉に包んだものを、二人に渡す。
「これは、どうしたの? 」と、マリス。 「石を集めて竃(かまど)を作って、火で燻(いぶ)したんだ。こうすれば、食べられるって教わって。金がないなら、自炊しかないだろ? さっきの家畜小屋の主人が、竃作りを教えてくれたんだ」
マリスもカイルもミュミュも腹が減っていたらしく、がっついて食べていたので、すぐになくなった。
「ご馳走さま。ありがとう! 食堂の食事よりも、美味しかったわ」 マリスが、尊敬したような眼差しを、俺に向けた。
ちょっと、ドキッとした。
「明日は、ケインを見習って地道に働くわ」 「えーっ! ……しょうがねえなー。じゃあ、俺もそうするか」
マリスに続いて、カイルも、不満そうだったが、明日こそは、真面目に働いてくれるようだ。
「グエンソイネイサオイグリ! 」
朝早く、昨日とは別のジャグ族に起こされると、さっそく、鍬(くわ)に似た農具を手渡された。
そんなものを持って農作業、と言われると、どうしても甦(よみがえ)ってしまう、変な思い出があるが、それを頭から振り払って、作業に打ち込むことにした。
「あたし、農作業なんか、したことないわ」 マリスが言った。
「だけど、掃除よりは、こっちの方が面白そう」 彼女は喜んで土を掘っていたのだが――
「なんで、そんなに深く掘ってるんだ? 」 後ろで土を掘り返していたカイルの声がして、振り返ると、彼女は、膝が埋まるくらいにまで深く地面を抉(えぐ)っていたのだった!
「あーあ、何やってるんだよ。そんなに掘って、どうするんだよ」 「えっ? だって、まだ食い物が出てこないから」
カイルがコケた。
「……あのなあ、俺たちは種を植えるんだよ? 食い物は、これから育てるの」 「なんだ、そうだったの……」
ちょっとがっかりしたみたいだったが、彼女は、それ以来、見よう見まねで土を掘り返し出した。
王女だったせいか、そういうところは世間知らずらしい。 やっぱり、ほんとに王女だったんだな、と改めて思った。
「土木作業か。ガサツな貴様にはお似合いだな」 通りすがったダイが、マリスに向かって、ふふんと笑った。
この日は、クレアとヴァルも加わっていた。二人は、ずっと店の修理をさせられていたのが終わり、俺たちと一緒に、数十人のジャグ族と共に、開拓工事を手伝っている。 目の前の、ごつごつとした岩々を砕き、領土を広げるのだという。
クレアは、ここまでの肉体労働などやったことがないので、一番軽い道具を持たせ、隣で、俺がやり方を教えている。
ヴァルは、魔法を使ってしまえば簡単なのだろうが、黙々と作業している。 カイルは、ぶーぶー文句をたれ、マリスは、なんだか面白がってやっていた。
そんなところへ、例の二人組が現れたのだった。
「日頃の行いが悪いから、そういうことになるのだ」 ダイが、マリスのブーツ跡もくっきりの顔で、バカにしたように笑う。
こいつは、いつも何かと俺たちにつっかかってくるのだが、今は、相手にしている場合ではないので、無視して作業を続ける。
「可哀相に。あなたがたのその手は、そんなことに使っていいものじゃない」 クリスが、ツルハシを握っているマリスの手を、やさしく包み込み、目をじっと見つめる。
キザな奴だ。
「だったら、代わって」
表情も変えずに、マリスが言うと、クリスの顔は、「ひっ! 」と引き攣った。
「か、代わってあげたいのはやまやまなんだけど、そうしたくとも出来ないところが、世の中の、理不尽なところなんだぁ! 」
クリスは、自分の理不尽さを世の中のせいにして、遠くの山に向かって「ああ! 」 と嘆いた。
「せいぜい頑張るのだな」 ダイは、俺たちに、またまた見下した笑いを送ると、さっさと行ってしまった。
しばらく経つと、俺の隣で、クレアが地面に座り込んだ。 「大丈夫か? 」 手を止めて、俺は、クレアを覗き込む。
砂漠を越えたとは言っても、この場所も日の光を遮る木なんかは近くに何もなく、日は暮れてきていても、 気温は平地に比べれば高い。
彼女の顔は青ざめ、冷や汗が滲んでいた。
「まだ身体が完全に治ってなかったのか」 「治ったと思っていたのだけど……」 「無理するな」 「でも、私のせいで、皆が……」 「クレアのせいじゃないよ。他の村に行っても、どうせ資金集めしなくちゃならないんだからさ。しばらく、 向こうで休んでいなよ」
俺を見るクレアの大きな黒い瞳が、じわっと潤んだ。
「ごめんなさい……結局、いつも皆に頼ってしまって……本当に、ごめんなさい」 といって、クレアはぽろぽろ涙を零し、俺たちから少し離れたところに腰を下ろした。
「ミュミュ、また体力を回復してやれよ。お前の魔力みたいなモンは、ヒトと違って減らないんだろ? 」 カイルが、肩に乗っているミュミュに言うと、小さい妖精は、クレアの方へと飛んで行った。
「店を修理していた時は、砂漠病は完治していたようであったが……病気にしては、少し長過ぎる」
俺の隣で、ヴァルが呟いた。魔道士独特の、いつもの平坦な口調で。
「今まで、あまり休む暇がなかったから。何日か、安静にさせた方がいいのかな? 」 俺も、ちょっと心配になって、ヴァルにそう言った時、ちょうどミュミュが戻った。
「クレアの体力は、ちゃんと回復してたよ。魔力は弱まってたけど」
俺たちは、首を傾げた。 マリスは聞こえてなかったみたいで、ひとりガツガツ岩を砕いている。
クレアがサボってるとは思えないし、……また新たな病気にでもかかったのかな?
「それにね、ミュミュ、クレアの体力を回復しようとした時、なんかヘンな感じがしたよ。普段のクレアの魔力の感じと、違う感じが、ちょっとだけしたような気がする」
またまた俺たちは、首を傾げることになる。 ヴァルは、工具を置いて、クレアに寄って行く。
「ちょっとー、あんたたち、何サボってんのよ。真面目にやれって、あたしが怒られちゃったじゃないの」 ツルハシをぶんぶん振り回しながら、マリスがやってきた。
「ヴァルとクレアは、何してるの? 」 片膝をついたヴァルは、クレアの額に、てのひらを翳(かざ)している。 俺は、ざっと成り行きを説明した。
「ふ〜ん……どうしたのかしらね? 」 後ろ髪引かれるように気にしながら、マリスは、もとの位置に戻って、またガツガツやり始めた。
掃除の時と違って、こういう乱暴な作業(?)は、性に合っているらしい。 しょっちゅう暴れていないと気が済まないという、またまた王女にあるまじき性質の彼女は、こんなことで ストレス解消できてしまうのだろうか? おかげで、ここのところ、俺とは格闘の特訓をせずに済んでいた。 ヒヤヒヤものの攻撃を受けなくて助かるが、ちょっと淋しい気もする。
「チウセウギソエイウアヲイウシ! 」 監督役のジャグに怒られ、ヴァルもクレアも戻り、再び俺たちも岩掘りを再開した。
だが、間もなくして、クレアが、ツルハシを降ろして、耳を澄ませる。 「……なにか……なにか聞こえるわ……」
彼女の隣にいるヴァルに、目で訴えてみるものの、彼は、首を横に振る。 「私には、何も聞こえないが……」
意外だった。 ヴァルにも聞こえないというのに、彼女は、いったい何を感じ取っているんだ?
「あちらの方から、聞こえてくるわ」 ジャグのひとりが掘っている岩の辺りを、クレアが指さす。
「どうしたの? 何が聞こえてるの? 」 不審に思ったマリスも、手を止める。
「わからないわ……だけど、……なんだか、何かを訴えているような……神秘的な、何かを、感じるわ……」 クレアは、半分上の空のような言い方だ。
「どうやら、なにかあるみたいね。よしっ! 」 マリスは、クレアの指さした方に行くと、そこを掘っていたジャグに、身振り手振りで交渉する。周りには、他のジャグたちも集まってくる。
「ちょっと、離れてちょうだい」 ジャグたちにそう言うと、手でコンコンと岩を叩く。
「この辺なら、いけそうね」 そう言ってツルハシを置き、マリスは、手にアイアン・ナックルを握った。
ツルハシも、もちろん王女様の小道具とはかけ離れていたが、今握っているものも、負けず劣らず、王女の アイテムではない。
「……まさか……? 」
呆れて言葉にすることは出来なかった俺を横目に、マリスは、「その通り」と、にっこり微笑んだ。
「『武遊浮術(ぶゆうじゅつ)究極奥義』で、ここらへんを破壊するわ」
やはり、またしても、無茶を言い出すのだった!
「やめとけよ! 拳がイカレるぞ」 「大丈夫よ」 「俺が、マスターソードの術で壊すから! 」 「ここの連中、きっと魔法なんか知らないわ。驚かれて、これ以上悪者扱いされるのは、もうごめんだわ」
彼女は、自分の倍ほどもある岩の前に立ちはだかった。
深く息を吸い込み、吐き出すと、拳を覆う鋭い突起のついた鉄の塊を、右手で握り、一度、岩に向ける。
もう一度、岩に向けた時には、マリスの拳は、見事、目の前の岩を砕いていた。
「こ、これは……! 」
マリスの砕いたところは、中が空洞になっていて、その中央には、人間と同じ大きさの、ヒトを象(かたど)ったものが、建っていたのだった!
岩を削って造られたもののようだ。 頭からすっぽり布を被り、身体には、薄布を巻き付けている。
「これだわ! 私に訴えかけていたのは」 側でわいわい言っているジャグを押しのけて、クレアが、その像の前に進み出る。
「ゴシツッティジヤナ! 」 「モラ! 」 「ヤナ! 」 ジャグ族が、口々にそう叫び、像に向かって跪き始めた。
「これは、ジャグ族の拝んでいる女神の像みたいだよ」 ミュミュが、カイルの髪の間から顔を覗かせて言った。
「ついこの前、このへんで大きな地震があって、その時に、岩が落っこちてきて、この女神像が埋もれちゃったんだって」
「その地震て、もしかして、俺たちが地割れに巻き込まれて、地下帝国へ落っこちた、あの時かな? 」 俺が皆を見回すと、皆も頷く。
「災いから、村を守ってくれるとして、古くからジャグ族が祀(まつ)ってきた女神像らしいわ」 女神像に触れながら、クレアが言った。
「なんで、そんなことわかるの? 」 マリスが、うさん臭そうに、クレアを見て言う。
「私、突然、彼らの言葉がわかるようになったみたいなの」
俺たちは驚いて、一斉に、クレアに注目した。
彼女の顔は、さっきの具合の悪かった時と違って、血色も良かったし、表情も晴れ晴れとしていた。
「体調もよくなってきたし、作業を続けましょうか」 そう言って、クレアが再びツルハシを持ち上げた時、跪いていたジャグたちが、慌てて、彼女の周りに集まり、ツルハシを取り上げ、一変して、敬っているかのように、彼女に向かって、平伏(ひれふ)したのだった!
「なんだ、どうしたんだ? 」 俺とカイルは、きょろきょろとそれを見直していた。
クレア本人も驚いていたが、やがて、困ったように、眉を寄せて、俺たちに言った。
「……どうやら、私を、……その女神か何かだと思って、いきなり崇め出したみたいなの」
「ええっ!? 」
わけがわからず、俺たちは、ツルハシを持ったまま、茫然としていた。
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