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作品名:Dragon Sword Saga 第4巻『魔界の王子』 作者:かがみ透

第2回   T.『砂漠を越えた村』〜 よろず屋 〜
「キルワオシグイソイアオジョシェウサイ! 」
「サボらないで、しっかり働くように、だって」
 一人目のジャグの言葉を、ミュミュが訳した。

 ミュミュの説明によると、どうも、あの長老の前に出来た長蛇の列の、ひとりひとりの仕事を手伝い、そこで集めた資金を、すべてメシ屋に払うというものだった。
 しかも、食べた分プラス迷惑料込みで。

 当然、メシ屋の壁も、俺たちが直すのだが、それは賃金はもらえない。
 しかも、人質代わりに、クレアとヴァルの二人が捕らえられた。

 ヴァルは、いつもの黒ずくめの魔道士スタイルではなく、オアシスを過ぎてからは、ずっと、俺とカイルと
お揃いの、白い膨らんだズボンと、ベストにターバンという、東方でも西寄りの格好だった。

 なんとなく、彼らジャグにとって、危険な人物と思われたというよりは、俺たちのことを三人兄弟(全然似てないのだが、ジャグからすればヒト族はそう見えたのかも)で、長兄を人質に捕っておけば、弟たちは真面目に働くと思ったらしかった。

 もうひとりの人質である、壁を壊した張本人のクレアは、充分、危険人物だったのだろう。

 ということで、俺、マリス、カイル、その髪の中に隠れているミュミュ――は、ただの通訳なので――、三人で働かなくてはならなくなったのだった。


 その小人の家畜小屋――といっても、トリを始めとした小動物くらいしかいないが、そこの掃除だったから、まずはラッキーだった。

「そうじなんか、したことないわ」
 マリスは、先が三つ又に分かれている道具を、不思議そうに眺めている。
「それで干し草をそっちにどけてくれ」
 動物たちを蹴飛ばさないよう気遣い、地面を箒(ほうき)で掃きながら、俺は言った。

「カイル、桶に水を汲んできてくれるか」
「なんで? 」
「なんでって、動物たちに水と餌をやるんだよ。その隙に掃除すれば邪魔じゃないだろ? 」
「ああ、なるほどな! 」
 ヤツは、ぽんと手を打った。

「へー、ケインて、手慣れてるのね」
「ほんと、ほんと」
 マリスもカイルも感心してくれていた。
「いくさのない時は、よろず屋だからな。家畜小屋の掃除から用心棒まで、悪いこと以外は、たいていなんでも引き受けてたんだ。カイルだって、そうなんじゃないのか? 」

 マリスはお姫様だったから、当然掃除なんかしたことはなかっただろうけど、カイルは俺と同じく傭兵なんだから、いくさがない時は別の方法でカネを稼いでいたはずだ。

「俺は、ケインみたいに地道な方法で稼がなかったからな。用心棒くらいはやったことあるけど、こんなこと、したことねえよ」

「じゃあ、どうやって食べてたの? 」
 ミュミュが、カイルの髪の中から顔を覗かせた。

「女のヒモ」
 ヤツは、けろっと答えていた。
 どうせ、そんなこったろうな……。

「後は、博打かな」
 ……ロクなこと、してないなー。

「俺、賭け事には強い方なんだぜ。それに加えて、この美貌だろ? 女がしょっちゅう寄って来たもんだったけど、この村には、そんな女たちは、いそうもないしなー。この俺が、違う意味で肉体労働とは……」
 彼は、情けなさそうに、汲んできた水を桶に入れた。

「ふ〜ん、バクチねえ……」
 マリスが、ぶつぶつ言いながら、何か考え込んでいた。
「そうだわっ! この村にもバクチ屋があるはずよ! カイルがそこで稼いでくればいいんだわ! 」
 マリスの目は輝いていた。

「おいおい、いくら俺だってなあ、こんな得体の知れない種族どものバクチなんか、知るわけねえだろ」
「覚えればいいじゃない」
「お前なあ、簡単に言うけど、いくら天才のこの俺でも、そんなモン――」
「じゃあ、あたしがやってくるわ」

 は!? 
 おいおい、お姫さんてばっ。キミはいったい――? 

「マリス、お前、バクチなんか――? 」
 驚いている俺とカイルを交互に、彼女は見た。

「夜になったら、あたし、ミュミュと行ってくる」
「そんなことしないで、地道に働いた方がいいんじゃないか? 」
「ケインは地道に働いてて。そうだ、地道斑と冒険斑に分かれましょう! 」

 何を言うんだ、何を? 

「あ、俺、それ賛成! 当然、冒険班ね」
 カイルが即座にマリス側についた。

 おのれ、お前ら、そんなに掃除がイヤか!? 


 その後、金もなく、寝床もないので、皆が帰るまで、俺はひとりで野宿の準備をしていた。

 クレアやヴァルは、見張り小屋にいるので、俺たちとは、寝る時も別行動だ。
 結局、人質の方がいい暮らしをしているように思えなくもない。

 ジャグ族から分けてもらったいらないボロ布を、草むらに敷いていると、マリスとカイルがミュミュを連れて戻って来た。
 全員、がっくり肩を落としている。

「ありゃあ、ダメだな」
 カイルがボロ布の上に、どかっと腰を下ろした。
「あんなののどこが面白くて、皆やってるのかしら? 」

 二人の話によると、俺たちの知っているような、動物の皮を乾燥させて作ったものに絵の描かれたカードゲームだとか、動物の牙で作ったサイコロだとかを使う、一般的なゲームと違って、誰が一番遠くに石を投げられるか競ったり、木の上から葉を一枚落とし、地面に落ちた時に表か裏かなどを当てるとか、そんな原始的なもの
ばかりだったらしい。

 二人とも、見るだけ見て、帰って来たのだ。

「だから、そんなことやめろって言っただろ。これでも食べて、もう寝ようぜ」
 俺は、さっき作った、木の実と根っこを、大きめの葉に包んだものを、二人に渡す。

「これは、どうしたの? 」と、マリス。
「石を集めて竃(かまど)を作って、火で燻(いぶ)したんだ。こうすれば、食べられるって教わって。金がないなら、自炊しかないだろ? さっきの家畜小屋の主人が、竃作りを教えてくれたんだ」

 マリスもカイルもミュミュも腹が減っていたらしく、がっついて食べていたので、すぐになくなった。

「ご馳走さま。ありがとう! 食堂の食事よりも、美味しかったわ」
 マリスが、尊敬したような眼差しを、俺に向けた。

 ちょっと、ドキッとした。

「明日は、ケインを見習って地道に働くわ」
「えーっ! ……しょうがねえなー。じゃあ、俺もそうするか」

 マリスに続いて、カイルも、不満そうだったが、明日こそは、真面目に働いてくれるようだ。


「グエンソイネイサオイグリ! 」

 朝早く、昨日とは別のジャグ族に起こされると、さっそく、鍬(くわ)に似た農具を手渡された。

 そんなものを持って農作業、と言われると、どうしても甦(よみがえ)ってしまう、変な思い出があるが、それを頭から振り払って、作業に打ち込むことにした。

「あたし、農作業なんか、したことないわ」
 マリスが言った。

「だけど、掃除よりは、こっちの方が面白そう」
 彼女は喜んで土を掘っていたのだが――

「なんで、そんなに深く掘ってるんだ? 」
 後ろで土を掘り返していたカイルの声がして、振り返ると、彼女は、膝が埋まるくらいにまで深く地面を抉(えぐ)っていたのだった! 

「あーあ、何やってるんだよ。そんなに掘って、どうするんだよ」
「えっ? だって、まだ食い物が出てこないから」

 カイルがコケた。

「……あのなあ、俺たちは種を植えるんだよ? 食い物は、これから育てるの」
「なんだ、そうだったの……」

 ちょっとがっかりしたみたいだったが、彼女は、それ以来、見よう見まねで土を掘り返し出した。

 王女だったせいか、そういうところは世間知らずらしい。
 やっぱり、ほんとに王女だったんだな、と改めて思った。


「土木作業か。ガサツな貴様にはお似合いだな」
 通りすがったダイが、マリスに向かって、ふふんと笑った。

 この日は、クレアとヴァルも加わっていた。二人は、ずっと店の修理をさせられていたのが終わり、俺たちと一緒に、数十人のジャグ族と共に、開拓工事を手伝っている。
 目の前の、ごつごつとした岩々を砕き、領土を広げるのだという。

 クレアは、ここまでの肉体労働などやったことがないので、一番軽い道具を持たせ、隣で、俺がやり方を教えている。

 ヴァルは、魔法を使ってしまえば簡単なのだろうが、黙々と作業している。
 カイルは、ぶーぶー文句をたれ、マリスは、なんだか面白がってやっていた。

 そんなところへ、例の二人組が現れたのだった。

「日頃の行いが悪いから、そういうことになるのだ」
 ダイが、マリスのブーツ跡もくっきりの顔で、バカにしたように笑う。

 こいつは、いつも何かと俺たちにつっかかってくるのだが、今は、相手にしている場合ではないので、無視して作業を続ける。

「可哀相に。あなたがたのその手は、そんなことに使っていいものじゃない」
 クリスが、ツルハシを握っているマリスの手を、やさしく包み込み、目をじっと見つめる。

 キザな奴だ。

「だったら、代わって」

 表情も変えずに、マリスが言うと、クリスの顔は、「ひっ! 」と引き攣った。

「か、代わってあげたいのはやまやまなんだけど、そうしたくとも出来ないところが、世の中の、理不尽なところなんだぁ! 」

 クリスは、自分の理不尽さを世の中のせいにして、遠くの山に向かって「ああ! 」
と嘆いた。

「せいぜい頑張るのだな」
 ダイは、俺たちに、またまた見下した笑いを送ると、さっさと行ってしまった。

 しばらく経つと、俺の隣で、クレアが地面に座り込んだ。
「大丈夫か? 」
 手を止めて、俺は、クレアを覗き込む。

 砂漠を越えたとは言っても、この場所も日の光を遮る木なんかは近くに何もなく、日は暮れてきていても、
気温は平地に比べれば高い。

 彼女の顔は青ざめ、冷や汗が滲んでいた。

「まだ身体が完全に治ってなかったのか」
「治ったと思っていたのだけど……」
「無理するな」
「でも、私のせいで、皆が……」
「クレアのせいじゃないよ。他の村に行っても、どうせ資金集めしなくちゃならないんだからさ。しばらく、
向こうで休んでいなよ」

 俺を見るクレアの大きな黒い瞳が、じわっと潤んだ。

「ごめんなさい……結局、いつも皆に頼ってしまって……本当に、ごめんなさい」
 といって、クレアはぽろぽろ涙を零し、俺たちから少し離れたところに腰を下ろした。

「ミュミュ、また体力を回復してやれよ。お前の魔力みたいなモンは、ヒトと違って減らないんだろ? 」
 カイルが、肩に乗っているミュミュに言うと、小さい妖精は、クレアの方へと飛んで行った。

「店を修理していた時は、砂漠病は完治していたようであったが……病気にしては、少し長過ぎる」

 俺の隣で、ヴァルが呟いた。魔道士独特の、いつもの平坦な口調で。

「今まで、あまり休む暇がなかったから。何日か、安静にさせた方がいいのかな? 」
 俺も、ちょっと心配になって、ヴァルにそう言った時、ちょうどミュミュが戻った。

「クレアの体力は、ちゃんと回復してたよ。魔力は弱まってたけど」

 俺たちは、首を傾げた。
 マリスは聞こえてなかったみたいで、ひとりガツガツ岩を砕いている。

 クレアがサボってるとは思えないし、……また新たな病気にでもかかったのかな? 

「それにね、ミュミュ、クレアの体力を回復しようとした時、なんかヘンな感じがしたよ。普段のクレアの魔力の感じと、違う感じが、ちょっとだけしたような気がする」

 またまた俺たちは、首を傾げることになる。
 ヴァルは、工具を置いて、クレアに寄って行く。

「ちょっとー、あんたたち、何サボってんのよ。真面目にやれって、あたしが怒られちゃったじゃないの」
 ツルハシをぶんぶん振り回しながら、マリスがやってきた。

「ヴァルとクレアは、何してるの? 」
 片膝をついたヴァルは、クレアの額に、てのひらを翳(かざ)している。
 俺は、ざっと成り行きを説明した。

「ふ〜ん……どうしたのかしらね? 」
 後ろ髪引かれるように気にしながら、マリスは、もとの位置に戻って、またガツガツやり始めた。

 掃除の時と違って、こういう乱暴な作業(?)は、性に合っているらしい。
 しょっちゅう暴れていないと気が済まないという、またまた王女にあるまじき性質の彼女は、こんなことで
ストレス解消できてしまうのだろうか? 
 おかげで、ここのところ、俺とは格闘の特訓をせずに済んでいた。
 ヒヤヒヤものの攻撃を受けなくて助かるが、ちょっと淋しい気もする。

「チウセウギソエイウアヲイウシ! 」
 監督役のジャグに怒られ、ヴァルもクレアも戻り、再び俺たちも岩掘りを再開した。

 だが、間もなくして、クレアが、ツルハシを降ろして、耳を澄ませる。
「……なにか……なにか聞こえるわ……」

 彼女の隣にいるヴァルに、目で訴えてみるものの、彼は、首を横に振る。
「私には、何も聞こえないが……」

 意外だった。
 ヴァルにも聞こえないというのに、彼女は、いったい何を感じ取っているんだ? 

「あちらの方から、聞こえてくるわ」
 ジャグのひとりが掘っている岩の辺りを、クレアが指さす。

「どうしたの? 何が聞こえてるの? 」
 不審に思ったマリスも、手を止める。

「わからないわ……だけど、……なんだか、何かを訴えているような……神秘的な、何かを、感じるわ……」
 クレアは、半分上の空のような言い方だ。

「どうやら、なにかあるみたいね。よしっ! 」
 マリスは、クレアの指さした方に行くと、そこを掘っていたジャグに、身振り手振りで交渉する。周りには、他のジャグたちも集まってくる。

「ちょっと、離れてちょうだい」
 ジャグたちにそう言うと、手でコンコンと岩を叩く。

「この辺なら、いけそうね」
 そう言ってツルハシを置き、マリスは、手にアイアン・ナックルを握った。

 ツルハシも、もちろん王女様の小道具とはかけ離れていたが、今握っているものも、負けず劣らず、王女の
アイテムではない。

「……まさか……? 」

 呆れて言葉にすることは出来なかった俺を横目に、マリスは、「その通り」と、にっこり微笑んだ。

「『武遊浮術(ぶゆうじゅつ)究極奥義』で、ここらへんを破壊するわ」

 やはり、またしても、無茶を言い出すのだった! 

「やめとけよ! 拳がイカレるぞ」
「大丈夫よ」
「俺が、マスターソードの術で壊すから! 」
「ここの連中、きっと魔法なんか知らないわ。驚かれて、これ以上悪者扱いされるのは、もうごめんだわ」

 彼女は、自分の倍ほどもある岩の前に立ちはだかった。

 深く息を吸い込み、吐き出すと、拳を覆う鋭い突起のついた鉄の塊を、右手で握り、一度、岩に向ける。

 もう一度、岩に向けた時には、マリスの拳は、見事、目の前の岩を砕いていた。

「こ、これは……! 」

 マリスの砕いたところは、中が空洞になっていて、その中央には、人間と同じ大きさの、ヒトを象(かたど)ったものが、建っていたのだった! 

 岩を削って造られたもののようだ。
 頭からすっぽり布を被り、身体には、薄布を巻き付けている。

「これだわ! 私に訴えかけていたのは」
 側でわいわい言っているジャグを押しのけて、クレアが、その像の前に進み出る。

「ゴシツッティジヤナ! 」
「モラ! 」
「ヤナ! 」
 ジャグ族が、口々にそう叫び、像に向かって跪き始めた。

「これは、ジャグ族の拝んでいる女神の像みたいだよ」
 ミュミュが、カイルの髪の間から顔を覗かせて言った。

「ついこの前、このへんで大きな地震があって、その時に、岩が落っこちてきて、この女神像が埋もれちゃったんだって」

「その地震て、もしかして、俺たちが地割れに巻き込まれて、地下帝国へ落っこちた、あの時かな? 」
 俺が皆を見回すと、皆も頷く。

「災いから、村を守ってくれるとして、古くからジャグ族が祀(まつ)ってきた女神像らしいわ」
 女神像に触れながら、クレアが言った。

「なんで、そんなことわかるの? 」
 マリスが、うさん臭そうに、クレアを見て言う。

「私、突然、彼らの言葉がわかるようになったみたいなの」

 俺たちは驚いて、一斉に、クレアに注目した。

 彼女の顔は、さっきの具合の悪かった時と違って、血色も良かったし、表情も晴れ晴れとしていた。

「体調もよくなってきたし、作業を続けましょうか」
 そう言って、クレアが再びツルハシを持ち上げた時、跪いていたジャグたちが、慌てて、彼女の周りに集まり、ツルハシを取り上げ、一変して、敬っているかのように、彼女に向かって、平伏(ひれふ)したのだった! 

「なんだ、どうしたんだ? 」
 俺とカイルは、きょろきょろとそれを見直していた。

 クレア本人も驚いていたが、やがて、困ったように、眉を寄せて、俺たちに言った。

「……どうやら、私を、……その女神か何かだと思って、いきなり崇め出したみたいなの」

「ええっ!? 」

 わけがわからず、俺たちは、ツルハシを持ったまま、茫然としていた。


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