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作品名:Dragon Sword Saga 第4巻『魔界の王子』 作者:かがみ透

第16回   Z.『精神バトル』 〜  巫女との戦い  〜
 そこは、ヒトの体内ではあっても、精神の部分だった。
 空間を渡る時のように、さまざまな色合いの、形のない『うねり』の世界。
 音などは一切聞こえず、風もない。暖かいのか寒いのかも感じられない。

 マリスは、魔力を高めるイメージ・トレーニングを、ヴァルドリューズとしていた時のことを思い出した。
 その時のように、彼女の身体は半透明になり、意志だけが、『ここ』に存在している。

 ヴァルドリューズが、黒い三角形の鋭く尖った宝石のように見えるもので攻撃し、それをマリスが念で躱すという訓練を、していたのを思い出す。

 今回も、そのような戦いになるのだろうと、マリスは漠然と考えていた。

 精神を研ぎ澄ませる。

 ジャグ族の巫女を、早く見付けなくてはならない。
 それを追い出し、クレアの本来の精神を探し出す手筈になっていた。

『なにやつ!? 』

 太く、しわがれた男のような声がし、離れた前方に、ぼやっと何かが現れた。
 マリスが、はっと身構える。

 茶褐色の皮膚に、白い布を巻き付けた、幅のある女だ。顔にも白い布を垂らしているため、マリスからは目しか見えなかったが、それは、険しい表情で、こちらを伺っていた。

(あれが、ジャグの巫女、ヤナ……! )

 マリスが半透明であるのに対して、彼女は、はっきりと、ヒトそのもののように存在していた。

 加わえて、大きさも、マリスの三倍はあった。
 クレアの精神の中で、いかに彼女の占める割合が高いかを、充分に知らしめていた。

(勝てんのかしら、こんなヤツに……? )

 思わず弱気になると、マリスの半透明の身体が、ゆらゆら揺れ出した。動揺すると、ここは、精神世界のため、すぐに、このように現れてしまう。

(いけない! 戦う前からこれじゃ)

 しかし、ここでは、剣も『武浮遊術(ぶゆうじゅつ)』も通用しない。精神のみで、戦わなくてはならない。

 マリスは、気持ちを引き締め、キッと、ヤナの目を見返した。

「ちょっと、あなた! 」

 人差し指を彼女に向け、もう片方の手を腰に当てる。顔には、いつもの不適な笑みを浮かべて。

「ここは、あなたのいるべきところじゃないでしょ。さっさと帰ってくれないかしら? 」

『お前は、何者だ』

 巫女は、うさん臭そうな声で返す。彼女の声は、大空に轟くように、いんいんと響き、すぐにかき消されてしまったマリスの声とは違っていた。

「あたしは、この身体の子の友達よ。あなたが出て行ってくれないと、この子は、廃人になっちゃうのよ! 」

『お前か。女神モラ様のお力を借りて、魔界の王子の封印を守っていた私の邪魔をし、王子を復活させてしまったのは! 』

「そーよ、あたしだわ! 」

『生意気な! 下等巫女の分際で、このわたくしに楯突こうというのか! 』

(か、下等巫女……! まあ、確かに、あんまり信仰熱心じゃなかったけど……)

 マリスは、気を取り直し、言い放った。
「あなたは大昔に死んだんでしょ? だったら、さっさと成仏しなさいよ! 迷う霊を成仏させるのも、巫女の仕事だわ」

『ならば、お前を成仏させてやる! 』

 ヤナの周りから、鋭いクリスタルの棒が、大量にマリスに向かい、降り注ぐ! 

「なにすんのよ! あたしは、まだ生きてんのよ! 成仏って、おかしいでしょ! 」

 マリスが走って逃げようが、氷柱のような棒の集団は、どこまでも追いかけてくる。

(そうだった! ここは精神世界、精神の強さで、これらを跳ね返さなくちゃ)

 マリスが振り向きざまに、両手を掲げると、氷柱はピタッとその場に止まり、バラバラと足元に落ちた。

 そのようなアクションをしなくとも良いことは彼女もわかっていたが、精神のみとはいえ、なんとなく身体を動かさないと、気合いが入らない気がし、魔法を放つような形をとってしまったのだった。

 足元に落ちた氷柱は、いつの間にか消えていた。

『ふん、少しはやるようだな。それでは、これならば、どうだ! 』

 ヤナが片腕を、さっと振ると、マリスよりも一回りも大きく、太い鉄の塊に見えるものが、ぶーん! と飛んできた。

 マリスは思わず目をつぶり、両手を前に向けた。
 ぶうんと風が彼女の上を通ったのがわかる。
 どうやら、その技も、なんとか返せたようだ。

 目をつぶったのは、その物体が怖かったわけではなかった。巫女の念が、あまりにも大きく強大であり、それが物凄い振動となって、マリスの精神に伝わるためであった。周りの空気にも押しつぶされそうな、見えない圧力を感じるのだ。

(訓練とは、全然違う! )

 ヴァルドリューズとの訓練も、生易しいものではなく、恐怖さえも感じるほどだった。それにも増して、ヤナは容赦なしであるのが伝わる。

 実戦では経験豊富なマリスではあったが、圧倒的に相手が有利の状態での、精神の戦いでは、分が悪いのは明らかだ。

 マリスの中に、焦りが現れてきた。

 それがわかったヤナは、目だけで、にんまり笑う。

 ヤナが両腕を組み合わせると、先と同じ物体が二対出て来て組み合わさり、驚異的なスピードで向かってきた。

(あんなものが二つも……!? )

 それらのパワーを上回る念の力ではないと、受け止めたり、ましてや、跳ね返すことは無理であった。
 当たってダメージを受けてしまえば、マリスの本体にも傷を負うことにもなり兼ねない。

(……一か八か、賭けるしかない! )

 一瞬目を閉じた後、マリスは両手をその物体に向けた。

 鉄の塊は、マリスにぶつかる直前に、動きを止める。

 だが、氷柱のように、落ちたりはしておらず、びんびんと圧力がマリスに伝わっていくのだった。

 そう、まだ、それは、有効なのであった! 

 マリスも強く念じるが、相手も、じりじりと押していきている。力比べのような、念比べであった。

(なんてパワーなの!? 巫女もナメたモンじゃないわね)

 神聖な巫女の力を、このようなところで思い知るとは、思いもよらないマリスであった。

(だけど、バトルの経験なら、明らかにこっちの方が上だわ。なんとか、出し抜いて……)

 巨大な鉄塊は、びりびり震えている。

『ふっふっふっ、どうした? 念が弱まってきたぞ』
 ヤナの、一層強い念が、マリスに迫る。

「たーっ! 」

 二つの塊はマリスに弾き返されると、空中で、ふいっと消え、今度は、マリスの念が生んだ金色の丸い塊が、勢いよく、彼女の手から発射され、ヤナに直撃した! 

「やったか!? 」

 白い煙が立ち込める。それが、収まってくると、彼女が何のダメージも受けていないのがわかる。

「やっぱり、あの程度の念じゃ、だめってことね」
 マリスが呟く。

『ふふん、その程度の技しか打てぬようなら、この勝負、あったも同然だな』
「まだまだよっ! 」
『威勢だけは良いようだが、お前の意志は、先程から乱れてきているぞ。わたくしの攻撃を受け止めるだけで、精一杯なのではないか? ほほほほほ! 』

 ヤナが笑う。
 マリスは、悔しそうに、ヤナを睨みつける。

(とにかく、落ち着くのよ。何かいい方法があるはずだわ)

 今までを振り返ると、逆境に立たされれば、立たされるほど、自分は強くなっていたはずだ。

 半透明のマリスの身体が、じんわりと暖かくなってくると、同時に、金色の光が、僅かに、身体中を駆け巡り、力が漲ってきたのだった。

(よし、いけるか!? )

 再び、ヤナに視線を戻すと、今度は、先手はマリスが打った。

 先よりも大きな金色の塊が、ヤナに向かう。悠長に構えていたヤナの目が、見開かれた。彼女の直前で、塊が破裂する。

 またしても、ヤナにダメージは見られないが、少しだけ焦ったように、彼女の身体が、一瞬ではあったが、ぐらりと揺れた。

『マリス、頑張れ! 』

 どこからともなく、カイルの声がした。
 すると、巫女ヤナの足元が、安定していないように見え、代わりに、マリスの足元は、柔らかかったのが固まってきた感じがする。

「よし! 今のうちに、もう一回! 」

 マリスのてのひらから、より大きな金の塊が、勢いも増して、ヤナに直撃する。
 ヤナが呻き声を上げ、二、三歩よろめいた。

 チャンス! とばかりに、マリスは金ボールを連続で打つ。

 ヤナは動揺しているのか、ゆらゆら揺れていた。

『頑張れ頑張れ、マリス! 頑張れ頑張れ、マリス! 』
 またしても、カイルの声だった。

(カイルが、応援してくれてるのかしら? )

 そのカイルの声が聞こえてくる度に、マリスの精神は集中力が高まり、技も威力を増していくよう、マリスには思えた。

(そっか、ここはクレアの精神の中だから、あたしに聞こえてるってことは、クレアにもカイルの声援は届いているはず! 彼女が自分を取り戻していってるのかも知れない。だから、ヤナにとって、不利な状況になってるんだわ。感謝するわよ、カイル! )

「さーて、じゃあ、一気にいくわよ! 」

 マリスのてのひらの上で、金のボールはますます膨らんでいく。
 すっかり自信をつけたマリスは、それをヤナに発進させた。

『小娘が! 調子に乗るでない! 』

 ヤナは、ゆらゆら揺れながらも、マリスの技を片手で弾き返した。

「足場が悪くなっただけじゃ、あなたの力は衰えないってわけね。だったら、もうひとつ行くわよ! 」

 両のてのひらをヤナに翳したその時、突然、マリスを疲労感が襲う。

 そこに存在しているのは、マリスの精神のみであったにもかかわらず、なぜか息が乱れていた。

『ふっふっふっ、この空間は純度が高い。つまり、邪念などの神聖でないものは、ここには長くはいられない。おおかた、お前は、私や、この身体の巫女に比べると、悪行が多かったのだろう。そろそろ、タイムリミットではないのか』

 ヤナは、揺れながら、笑い声を響かせる。

 がくっと、マリスは片膝をついた。呼吸は乱れ、息苦しそうに、ヤナをキッと見据えた。

『受けてみよ! 我が正しき技を! 』

 白くきらめく風が、さーっと、マリスの浮の上を通っていくと、それは、いきなり真上からバラバラと降り注いだ。

(いっ、息が出来ない!? )

 きらめく雨の中、マリスは身動きが取れないでいた。

(でも、おかしいわ。ここは精神世界のはず。息が出来ないなんて、そんなこと……!? )

 だが、確かに、マリスは息が苦しい。押しつぶされそうな圧力に耐えきれず、とう
とう両手を付いた。

『マリス、どうした!? 頑張れ! 』
 カイルの声が遠くで聞こえた。

(『向こう』には、あたしの様子がわかるみたいね。ヴァルかジュニアの力かしら? )

 がくんと圧力が加わった気がした。

(いけない! 精神の動揺が現れてきてる! なんとか跳ね返さなくちゃ! )

『ふっふっふっ、どうやら、ここまでが、お前の限界のようね』

 ヤナの身体の揺れは、収まっていた。対するマリスの身体が、揺れている。

「……こんなところで、負けるわけには……! 」
 苦し紛れに、なんとか立ち上がったマリスは、両手を上に向け、白い輝く雨を追い払った。

『ほう、まだそんな余力があったとは』

 マリスは呼吸も苦しいまま、加えて頭痛も起きてくる。なんとか気力を保つため、精神を集中させる。

『マリス、クレア、頑張れよ! 』

 カイルの声が響く。足元の地面、つまり、クレアの精神も反応しているのか、安定していく。

(……にしても、カイルの声は聞こえるのに、……ケインは? )

 どうも、クレアの本体の近くには、ケインがいる気がしない。

(ケインたら、こんな時に、いったいどこに……? )

 ちらっと脳裏を掠める。

 ますます彼女の身体は、水面に何かが落ちた時のように、揺れていく。
 それも、なかなかおさまる様子はない。

 その時、ヤナの放った、先の鉄塊と同じような巨大で太い白い棒が、マリス目がけて空から襲いかかる! 

(よけられない! )

 マリスの身体は、激痛とともに、大きく弾き飛ばされ、地面に打ち付けられた。

 起き上がる力はなかった。

『立て、立つんだ、マリー! 』

 カイルの焦って心配する声が、薄れて行く意識の中で感じられる。

(『マリー』だなんて、カイルったらジュニアみたい……)

 マリスの意識は、そこで止まった。


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