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作品名:Dragon Sword Saga 第4巻『魔界の王子』 作者:かがみ透

第15回   Y.『帰還』 〜 地下室での戦い 〜
「ふぉっふぉっふぉっ! なんだか知らぬが、とんだ計算違いだったようだな」

 俺は冷たい大きな大理石の上に、両手両足を鎖で縛られ、大の字になっている。

 そこは、城の地下だった。
 カビ臭い匂いが立ち込め、魔道士のお香のような香りも混じって、異様な感じだ。

 それよりも、目の前に並んでいる奇妙な機械が、それが何をするためのものなのかを考えると、あまり気分のいいものではなかった。

「きさまが、昨日の伝説の剣を持った小僧どもの仲間だったとは。それにしても、最近のおなごは、元気がいいのう」

 領主は、とっくに落ち着きを取り戻し、今までは見せなかった残虐そうな表情で、俺を見下した。

 ヤツは、まだ俺のことを女だと思っているようだ。ジュニアの術がまだ解けてないんだから、まあ、当たり前だろうが。

「ここが、お前たちのよくない企みを行ってた場所なんだな」

 魔道士が、ちらっと俺を振り返る。領主などは、最初から目をギンギンに光らせ、あの不気味な、生き物のような舌で、相変わらず自分の口の周りを舐めていたが、魔道士の方は無表情なので、二人はまったく対照的だった。

「冥土の土産に教えてやろう」
 領主は、大きな黄色い目を光らせた。初めて見た時よりも、一層、妖怪じみている。

「お前の言った通り、ワシらは、各国からの魔物の死体を集め、ここで、いろんなものに加工して、売りさばいておったのだ」
 領主は、「けけけ! 」と笑い声を上げた。

「始めは、倒された魔物の、枯れかけた血を飲み、肉を喰らうことで生き長らえていたのだが、もっと効率の良い方法を考えついたのだ」

「それが、魔物の肉を、上質の肉だといって売ることか」
「そうだ」

 領主は、ぎらぎらと光る眼を、俺に注ぐ。それは、目の前の餌を、いつ食おうかと、じりじりしながらも、まだとっておいているといった感じであった。

「あの肖像画の女たちも食ったのか? 」
「けけけけけ! 」

 ガマガエル領主は奇妙な笑い声を上げた。もう領主様の、いくらか上品な物腰などは、一片も感じられはしなかった。

「もちろん、そうさ! 毎晩、身体中をたっぷり舐め回してかわいがってやってから、生贄に捧げるのさ。悪魔の儀式の生贄に! 」

 領主は、血走った目で、俺を見て、また「けけけ! 」と笑う。

「魔物の死体だけでは、良質の肉は作れない。それには、若い女の生き血が必要なのだ! けけけけけ! 」

 ふと領主から目を反らすと、魔道士ジョルジュが、何やらろうそくなどを立てたり、彼の足元には呪術的な模様のかかれた敷物が敷かれていた。

 青白い顔で淡々と準備をしている。おそらく、その悪魔の儀式とやらの――! 

「若い女でなくてもいいはずなのだが、領主様の希望なのでな。悪く思わないでくれ」
 ジョルジュは、俺に目をやると、黙々と作業を続けた。

 ふと、領主の、擦りむいた膝に、目が留まった。
 そう、ヤツの血は、ヒトのそれとは明らかに違う色をしていた! 

「やはり、お前は、妖魔だったのか。セバスチャン・トアフを喰らい、領主になりすましていた妖魔なんだな」

 俺を見たのは、魔道士の方だった。

 領主だったものは、ほとんど妖魔の本性を出していて、もう俺の言っている言葉の意味を理解する知能すら、持ち合わせてはいないように見えた。

「魔物の入った肉なんか、ヒトが食べて、大丈夫なわけないだろう。お前ら、下等な妖魔がヒトを食って、ヒトの姿になれるのと一緒で、魔物の肉を食ったヒトは、魔物化してしまうんじゃないのか」

 魔道士は、俺に冷ややかな視線を浴びせた。

「そのとおりだ。だが、全員が全員、魔物化してしまうわけではない。魔物を食べて、魔物化しなかった人間は、特殊な能力を身に付けていることがある。そのような人間を欲しがっているものたちもいる。そやつらに提供してやっているだけだ」

「な……! なんだって!? 」

 思わず、俺は、身を乗り出していたが、両手足をがんじがらめにされていたため、すぐに、冷たい大理石の上に引き戻されてしまう。

 その時、俺の頬を、『領主様』が、べろんと舐めた! 

「うわああーっ! 何すんだ! 」

 俺は、ヤツを必死ではねのけようと暴れたが、なにしろ、両手足が使えないので、舐められっぱなしだった。

 こんな鎖なんか、本来の俺だったら、なんとかなったのに! 

 ヤツは、べろべろと、俺の頬や肩、腕、脚など、露出している肌中を、舐め始めた。

 生暖かい、気持ちの悪い生き物が、ぬるぬるとした触感を残して、這っていく。
 女でなくても、それは堪え難い! 

 そして、俺の必死な抵抗も空しく、妖魔は、口を大きく開け、無数の牙を表し、俺のまとっているシルクの布を剥がそうと、手をかけた! 

 ああ、俺は、こんなものに喰われてしまうのか!? 

 その時だった。

 ばこおおっ! 
「ぐわーっ! 」

 突然の爆風で、妖魔の身体は、叫び声と共に、ぶっ飛んだ! 

 魔道士も、凄まじい爆風に飛ばされないよう、必死に石柱に掴まる。

 不思議と、その爆風は、俺を避けているようだった。

「ごめ〜ん、ケイン。遅くなっちゃって」

 砂埃の中、咳き込みながら、片方だけ、目を開いてみると、そこには、見慣れた背の高い黒髪の男の後ろ姿と、その肩に止まっている小さな妖精とがいた! 

「話は全部聞かせてもらった。ジョルジュ――いや、魔道士ジャクスター」

 ヴァルが、重々しく口を開いた。

 魔道士ジャクスターだって!? 

 ジョルジュ――ヴァルがジャクスターと呼んだ魔道士は、ゆらりと、石柱の影から進み出た。

 二人の魔道士が睨み合っている間、ミュミュが、ちょこちょこと走って来て、俺をつないでいる鎖を取り外しにかかる。

「魔道士の塔からお尋ね者とされていたヤミ魔道士ジャクスターが、お前だったとはな」

「そういう貴様は、何者だ! 」

「私の名は、ヴァルドリューズ」

「ヴァルドリューズだと? あのラータンの出身のか!? なぜ、貴様が、こんなところに……!? 」

 ジャクスターの声には、今まで俺の前では見せたこともなかった動揺が見られる。

「あ〜ん! 絡まっちゃったよぉ〜! 」

 こんな緊張感の高まった場で、ミュミュがひとり、俺の鎖を解いてくれてたはずが、自分が、ぐるぐる巻きになって、泣きわめいていた。どうやったら、そんなふうになれるんだか。

 仕方がないから、今度は、俺がほどいてやる。
 結局、キミは何しに……? 

「お前たちのしていた、魔物をヒトに食わせることは、明らかに禁じられた行為だ。魔道士の塔を離れた身ではあるが、そのような人々を増やすことは、この世を破滅に導くことにもなろう。同じ過ちを繰り返させぬためにも、今ここで、貴様を倒しておく! 」

 ヴァルのセリフに、ジャクスターの目が細められた。

 ヴァルの横に、鎖を解いた俺が並ぶ。

「ケイン! パス! 」
「おう! 」

 ミュミュが、空間から放ったバスター・ブレードを受け取る――が、
 またしても、俺は剣の重さについていけず、その場に倒れた。

 ヴァルが来たからといって、俺が、男に戻れたわけではないのだった。

 今になって思ったけど、こんな重たい剣を、しかも片手で振り回していた男の俺って、ちょっとカッコよかったんじゃないかな? 

「ヴァル、俺をもとの姿に戻してくれ」
「出来ん」
 そう言っただけだった。

「術を解くのは、ジュニアでないとだめだ」

 言い捨てると、ヴァルの姿は、パッと消えていた。同時に、ジャクスターの姿も。

 いろんな規模の風圧が、あちこちで起きている。上級魔道士の成せる技だろう。
 彼らは、空間の中ででの戦闘に入っていた。

 あの魔道士はヴァルに任せておくとして、
「……てことは、後は、こいつか! 」
 俺は、離れたところに転がって、バタバタしている魔物領主を見据えた。

「ケイン、頑張れー! 」
 ミュミュが、俺の肩に乗って応援している。

「お前、そんな悠長な……! マスター・ソードはどうしたんだよ? 」
「あ、ヴァルのお兄ちゃんに聞くの忘れた」
「なに!? 」

 とはいえ、怒っている時間はない。とにかく、今はこれで何とかするしかない。

 俺は、ずっしりと重いバスター・ブレードを、ずるずる引き摺って、やっとのことで、領主のもとへ、辿り着いたのだった。

「この妖魔、覚悟しろ! 」

 俺は、なんとか剣を振り上げるまでは行かなかったが、ちょっとだけ宙に浮かせて、転がっている領主目がけて、振り下ろした! 

「けけけ……! 」

 領主だったものは、剣をすり抜け、大掛かりな機械の上に、四つん這いになって、飛び乗った。

 ヤツの姿は、微妙に変化していく。

 巨体がますます膨張していったかと思うと、不気味なピンクのネグリジェが、はち切れ、太い尾が生えてくると、身体の色も黄緑色に変色していった! 

 そして、そこにいるのは、大きなガマガエルと、トカゲを合わせたような、黄緑色の不気味な生物だった! 

「きゃーっ! 余計バケモノー! 」

 ミュミュが、俺の肩の上で、大騒ぎしている。

 カエル大トカゲは、しゃーっと、ピンクの長い舌を伸ばしてきた! 
 俺は、はっと身を躱す。
 次々と飛び出すピンク色の舌を、さっさと避ける。

 女になって力は弱まっても、身が軽くなった分、避けるのは苦ではなかった。

「へっへーん! 誰が、そんなもん当たるか! 」

 調子に乗った時だった。

「ひっ!! 」

 俺の露出した背中を、ヤツの舌が這って行った! 

「この期に及んで、まだナメる気かー! 」

 もういやらしいつもりはなく、カエル(?)の習性で舐めてきたにすぎないのだろうが、俺は、バスター・ブレードを思わず振り翳そうとして、やっぱり倒れた。

「ケインたら、学習効果ない」
 ミュミュが呆れて、肩を竦める。

 もとはといえば、誰のせいだよ? 

 だが、相手のカエル妖魔も、動きは、最初ほどの敏捷さはなくなってきていた。

 デブなのが災いしているのか、今ではさほど動きは速くはなく、大きな口を上に向けて、はあはあと荒く息をしていた。

「待て! 」

 ぺたん……ぺたん……

 ずるずる剣を引き摺りながら、追いかけ回す俺と、ぺたんぺたんたいした飛距離もなく逃げ回る妖魔。

 方やのろのろと追っかけていっては、方やのろのろ逃げ回るという、ハタから見れ
ば、非常に、じれったい戦いをしていた。

 しかも、俺が引き摺るバスター・ブレードが、床にこすれて、時々「キーッ! 」などと、トリハダものの音なんかを立てるもんだから、その度に、俺は寒気がして飛び上がりそうになるし、ミュミュはひゅるひゅると落下し、妖魔もひっくり返っていた。

 こんなにみっともない戦いは、誰にも見せられるものではなかった。
 ああ、せめて、男であったなら! 

「ミュミュ、ちょっと耳貸せ」

 鍛えられていない女の身体で、こんなことばかり続けていると、さすがに息が乱れてくる。

「こんな戦いじゃ、ラチが開かない。いいか、俺が合図したら、ミュミュは、バスター・ブレードを、あいつの真上に落としてくれ」

「うん、わかった」

 俺は、領主だったものと睨み合い、じりじりと間合いを詰めていく。

「今だ、ミュミュ! 」

 言うと同時に、俺はカエルに向かってダッシュした。

 タイミング良く、ミュミュが空間から剣を落とす。

 それを空中で掴んで、剣の重みで落ちるのに加わえて、若干軌道を修正すると、俺は逃げかけた目標の上に、剣を振り下ろしたのだった! 

「ぐえっ! 」

 領主だったものの首が、緑色の液体にまみれて、どろんと床に転がった! 

 胴体は、まだピクピク動いていて、どくどくと、黒っぽい緑色の体液が、切り口から迸り出ていた。

「やったね! ケイン! 」
 ミュミュが喜んで目の前に現れる。

「はあ、はあ、はあ……」
 額の汗を拭うと、後ろに、ひゅんと人影を感じた。

「ヴァルか? どうやら、そっちも決着が着いたらしいな」

 振り返ると、そこに立っていたのは、青白い顔をして血まみれになったジャクスターだった! 

「なっ! お前は……! 」

 急いでバスター・ブレードを盾にしようとすると、そいつは、ばたんと前のめりになって倒れた。

 その後ろには、見慣れたヴァルドリューズの無表情があった。

「なんだよ、ヴァル。脅かして! 」

 俺は、ほっとして笑い、肘で彼を突いた。
 彼も、ちょっとだけ微笑んだみたいだった。


 ヴァルと一緒に空間を渡ってジャグの村に戻ってみると、二人の少女は、未だ、
横になったままだった。

「ああ、ケイン、ヴァル! 戻ったか」
 クレアを抱きかかえていたカイルが、俺たちに気付く。

「どうだ、二人の様子は? 」
 俺の質問に、カイルが首を横に振る。

 ヴァルが、ふと顔を上げ、薄明るくなって来た空を見上げる。
「夜明けが近い。少し時間がかかり過ぎているようだな」

 一難去って、また一難。

 トアフ・シティーの領主たちを倒して戻ってきたのはいいが、肝心な、彼女たちの意識が戻らないことには、どうしようもない。

「ジュニアが言うには、マリスが、クレアからヤナを追い出すのには、なんとか成功したらしいんだが、それは、夜中には終わってるんだ。あれから数時間経つのに、未だに二人とも意識が回復してないんだ」

 カイルの顔は、俺たちが出発した時よりも、ずっと青ざめていた。きっと、心配のあまり、一睡もできなかったんだろう。

 そして、ジュニアは、もう半透明ではなくなっている横たわっているマリスの、すぐ隣で、膝を抱えて、おとなしく座っていた。こいつなりに、心配しているのがわかった。

 ヴァルは、片膝を付いて、クレアとマリスと交互に様子を見るように、てのひらをかざす。

「なあ、もしかして、ヤナの魂を追っ払っても、ジュニアが言ってたみたいに、クレアの人格が戻らないなんてことに、なってやしないだろうな」

 カイルが、おろおろとヴァルに尋ねる。
 ヴァルは、二人に手を翳したまま、黙っていた。

「クレアー、マリスー」
 ミュミュも心配そうに、クレアとマリスの腕を引っ張ったり、髪を引っ張ったりしている。

 隣で、カイルが、ふっと力なく笑った。

「まったく、情けねえよなあ。いくら分野の違うこととは言え、俺はなあ、ケイン、今ほど自分の無力さに腹を立てたことはなかったぜ。いや、過去に一度だけあったかな。とにかく、俺は、自分が情けなくて、仕方がないぜ! 」

 俺は、カイルのやるせなさそうに震える肩に、手を置いた。
「俺も、同じだよ」

 その時、ヴァルが、ゆっくりと立ち上がった。

 俺もカイルも、彼を目で追い、じっと言葉を待った。

「マリスの精神も彼女に戻ってきている。精神がもう少し身体に馴染めば、いずれ目覚めるだろう。クレアの方も、彼女の精神が僅かに感じられた。どうやら、人格は元通りに彼女に戻りそうだが、ただ……」

「ただ……なんだよ! 」
 カイルが、キッとヴァルを睨む。

「精神、魔力ともに大分弱まっているので、復活は……多少難しいだろう」

 そう言うと、ヴァルは、また膝を付き、クレアに向かって両方のてのひらをかざした。多分、彼女の魔力を回復しているのだろう。

「おい、復活は難しいって、どういうことなんだよ!? まさか、彼女、このまま……意識が戻らないなんてことは、ないよな? 」
 カイルが血相を抱える。

「そうとも言えないが、そうでないとも言えない状態だ」

「お前ってヤツは……! よくも、そんな冷てえことを淡々と言えるもんだな? ひでえよ! クレアは、てめえの弟子だろうが。弟子が大変なことになってんだから、もうちょっと真剣に助けてやれよ! 」

 カイルは、ほとんどヴァルに八つ当たりするように、食ってかかっていたが、ヴァルの方は、いつもとどこも表情を変えることなく、そのままクレアに回復魔法をかけ続けていた。

「クレア……」

 俺は、そっと、クレアの身体を起こし、両腕に抱えた。

 ヴァルが、ちらっとこっちを見たが、俺が『治療』を妨げているつもりはないことがわかったのか、あえて何も言わなかった。

 彼女の白い面は、月のように美しかった。

 俺は、心の中で、クレアに語りかけていた。

 自分がみんなの足を引っ張るのは嫌だからって、ヴァルに攻撃魔法を教わったり、俺にも剣を教えてくれって言ってきたりしたよな。剣は、まだあんまり教えてあげられてないけど。

 初めて逢った時に比べると、綺麗な顔の割りには、大分気が強いなーって思ったけど、……なぜか、その方が……俺は好きだった。

 攻撃魔法は、どっちかっていうと、失敗の方が多かった気もするけど、そのたびに、俺にとばっちりがきたけど、でも、俺には、きみはかわいく思えて……同じ年なのに悪いけど、妹みたいに思っていたんだ。

 みんなだって、きっと一緒だ。

 カイルなんて、ただの女好きに見えるけど、クレアのことは大事に思ってるし、マリスも、出会う女たちとはなぜか気が合わなそうなのに、クレアのことは好きみたいだ。
 ミュミュだって、きみのことが好きだ。

 ……そんなきみが、戻ってこないなんて……! 

 そんなこと、ないよな?

 俺は、マリスと一緒にいることの方が多くて、彼女に惹かれながらも、いつも振り回されて、圧倒されることが多かったから、あんまり考えたこともなかったんだけど……今になってみて思うと、クレアがいないのは淋しいものだということに、気が付いたのだった! 

『私とケインは、同時に旅に加わったから、ケインだけ外れちゃうのは、やっぱり淋しいもの。それに、私、まだまだあなたから教わらなくちゃいけないこと、いっぱいあるし』

 アストーレを出る時、俺が皆と旅をすることを選んでくれて、嬉しいと言ってくれた。

 彼女の言ったさりげない言葉で、俺は、何度か救われてきていたんだ。

 俺は、ぎゅっとクレアを抱きしめた。

 戻ってくるんだ、クレア! 

 きみがいなくちゃ、みんなだって、……俺だって、淋しいじゃないか! 

 一緒に旅を続けよう! 俺は、魔法も剣も上達したきみを、見てみたい……! 


 いつの間にか、ヴァルが魔力を注ぐのをやめ、立ち上がっていたが、俺は、構わずに、彼女を抱きしめていた。

「……クレアが……! 」

 カイルの驚いた声に、俺は、はっとして、クレアの顔を見つめた! 
 彼女の瞼が、うっすらと開き始めていた。

「クレア! クレア! 」
 俺もカイルもミュミュも、一斉に、彼女の名を呼んだ。

 クレアの瞳は完全に開き、俺をとらえた! 

「……だ、誰? 」

 彼女は、かすれたか細い声を発した。

 俺って、忘れられてしまったのか!? 
 それとも、クレアが記憶喪失!? 

 ……と、一瞬ショックだったが、よく考えてみると、俺は、まだジュニアの魔法を解いてもらってなかった。

 従って、まだ女なのだった。
 そう言やあ、まだ声も可愛らしかったしな。

「……ケインね? ケインなんでしょう? 」

 一声目よりも、はっきりと、瞳も――黒曜石のような美しく輝く瞳も、しっかりと、俺を見ていた。

 忘れられていたんじゃなかった。

 彼女は、俺の首に、腕を回し、抱きついた。

「……なんで、俺だってわかった? 」
「だって、感じるんですもの。ああ、これは、ケインの感じだって」

 俺は、改めて、彼女の身体を抱きしめた。

「良かった、クレア……! 戻ってきたんだな! 」

「ケイン……! 」
 彼女も、俺に回した腕に、力を込める。

「クレアー、クレアー! 」
「まあ……! ミュミュ! 」
 ミュミュが泣きながらクレアに飛びついた。

「無事で何よりだ」
 ヴァルが見下ろしている。

「ヴァルドリューズさん……! 」
 彼女は、両手を口に当て、目を見開いた。

「大丈夫か? 立てるか? 」
 そんな彼女に、ヴァルは微笑むと、片方の手を差し伸べた。

 クレアは、震える手を伸ばしていき、ヴァルの手に掴まり、立ち上がった。

「ほら、カイル」
 側に突っ立っているカイルの背を、俺はぽんと押した。

 彼は、まだぼう然としているみたいだった。

「クレア、カイルは、ずっときみのこと心配してたんだぜ」

 クレアがカイルを見上げる。

「べっ、別に、俺は、そんな心配なんか……! 」

 カイルは急に慌てふためいたように逃げ腰になっていたが、俺に押されて、ずるずるとクレアの前に出て行った。

「カイル、……私、ずっと、あなたの声が聞こえていたわ。……ありがとう」

 クレアの表情が和らぐ。

「……お帰り、クレア……」

 カイルは、ちょっと照れ臭そうに言うと、両手を広げた。

 クレアの瞳が潤んだみたいに光り、彼に近付いていった。

 誰もが、暖かい抱擁シーンを思い浮かべていただろう。

 だが――

「きゃーっ! 」

 彼は、クレアに思いっきり突き飛ばされていた! 

 皆、唖然とその光景を見ていた! 

「ど、どうしたんだよ、クレア!? 俺、まだ何も……? 」
 突き飛ばされたカイルは、よろよろと起き上がると、再びクレアに近付こうとしたのだが、

「いやーっ! 近寄らないでー! 」
 またしても、彼女に突き飛ばされていた。

「おいおい、クレア、そりゃ、ないんじゃないか? カイルは、ずっとクレアのこと心配して、ずっと付きっきりで、夜も一睡も出来なかったくらいなんだからさ」

 俺が、可愛らしいハイ・トーンで言うが、

「わ、わかってるんだけど……、かっ、身体が勝手に反応しちゃって……! 」
 クレアも困惑して、俺たちを見回す。

 カイルが、むすっとして起き上がる。

「なんで、俺だけダメなんだよ」
「いっ、いいえ、あなたがダメとか言うんじゃなくて……きゃーっ! よらないで男ーっ! 」

 カイルがムキになって走っていったが、やっぱり、飛ばされた。

「……どうやら、巫女の憑依の名残か、男を受け付けないらしいな」
 ヴァルが淡々と言った。

 そうか、だから俺は大丈夫だったのか。良かった、俺、今は女で。

 そして、ヴァルは、男といっても神秘的であり、男男した逞しいヤツというわけではないせいか、大丈夫だったのだろう、と今は不思議にも思わなかった。

「よーし! じゃあ、俺も試してみるかぁ! 」
 それまで静かにしていたジュニアが、いきなり立ち上がった。

「なにぃ!? ちょっと、待て! てめえなんかが、クレアに触れようなんざあ――! 」

 カイルが急いで起き上がり、ジュニアを止めようとしたのだが――! 

「きゃーっ! 悪魔ーっ! 」
「うわーっ! 」

 ジュニアを突き飛ばすと同時に、いきなり、クレアのてのひらからは、白い電撃のようなものが放たれてしまったのか、ぶすぶす黒焦げになり、ぱたんと俯せになった。

 それを見たカイルも、さすがにぞわーっとしたみたいで、もうそれ以上、クレアに近付こうとはしなかった。

 ジャグの巫女ヤナの影響か、人格は元通りに戻ったクレアだったが、一層潔癖になってしまった。

「……み、みんな……なにやってんの? 」

 そして、マリスがいつの間にか復活していて、それらの光景を、唖然としてみていた。

 俺たちは、クレアに――というか、その異変に気を取られていて、マリスの復活には気付かなかったのだった。


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