そして、再び、トアフ・シティー。 夜の酒場は大勢のガタイのいい男たちで賑わっていた。 木のドアを開けて入っていくと、一斉にこちらを振り向いた。 俺は迷わずカウンター席の空いているところに腰掛ける。その間も、大男たちの視線をびんびん感じる。
「お嬢さん、いいのかい? こんな夜道をたったひとりで、しかも、こんな男臭いところなんか来ちまって」
隣では、小汚い飲んだくれオヤジが、赤い鼻をして、じろじろと俺の全身を眺め回している。 気が付くと、そのオヤジだけではなく、周りの男たちも、舐めるように、俺を上から下まで見ているのだった。
ううっ、キモっ!
「木の実酒を一杯下さい」 俺の口からは、可愛らしいハイ・トーンがこぼれ、思わず、自分でもびっくりしてしまった。
そう、今、俺は、魔界の王子ジュニアの魔力によって、十六、七歳くらいの女の子になっているのだった。
『あの領主は、きっとロリコンに違いねえ』 ジュニアが言っていた。 そこで、彼は、実況中継の合間に、俺に女になる術をかけた。 基本ベースは俺なので、背の高い、か弱いのとは程遠い女になってしまうのではないかと、半分気味の悪い気がしていたのだが、そこはただの女装と違って、背も普通の女の子くらいになり、胸だってちゃんとある正真正銘の女にしてくれたので、男女にはならずに済んだのだった。
といっても、鏡があったわけではないので、カイルとミュミュの評価を鵜呑みにするしかないというのがまた危険だったが、少なくとも、俺よりはいろんな女を見て来ているカイルが「かわいい! 」と絶賛し、「これがケインじゃなくて、ホントに女の子だったら、すぐにでも口説くんだけどなあ! 」と、残念がるほどの、一応、美少女になっているらしい。
ミュミュも「かわいい! かわいい! 」と言って、栗色の長髪を、さらさらと触りまくっていた。
衣装も何もかもジュニアにお任せなので、あのカエル領主が好きそうだという彼の判断で、珍しい民族衣装にしてもらった。
おかげで、俺は、水色の大きなシルクの布地に、東洋的な珍しい模様が金銀の糸で刺繍されているものを身体に巻き付け、首のところで結んだだけの、着ている方は、ヒヤヒヤするような大胆な服装になっているのだった。
肩も脚も、大いに露出している。 靴も紐をくくり付けただけのサンダルで、ほとんど素足だ。 服と同じ生地のリボンが両サイドの髪に編み込まれていて、小さい鈴のようなものがついた細かいアクセサリーが、髪や腕、手首、足首にもくくり付けられている。
しかも、細くてまあまあスタイルのいい体型にしてくれたもんだから、酒場の男どもの視線を、一層集めていた。
「お嬢ちゃん、どこから来たのかい? 今日は、泊まるアテはあるのかい? 」 気持ちの悪い猫なで声で、隣に、酒ツボを持って座って来た、大柄な男がいた。 ヤツは、俺の露出された肩や、胸の辺りを、にやにやと見ている。
キ、キモイってば!
「ご心配なく。ちゃんと宿は取りましたわ」
声を出す度に驚いてしまうが、俺の口から出ているのは、いつもの低い男の声ではなく、可愛らしく甲高い、知らない女の声だった。
「それよりも、おじさんたちに聞きたいことがあるの」 「ああ、ああ。何でもお聞き」
いつの間にか、俺の周りには、椅子を寄せ合い、その後ろで酒ツボを持ったまま立ってるヤツなどが増えていた。 男って単純だなと呆れる反面、助かった。
「ミュミュ、もう出て来てもいいぞ」
領主の屋敷に向かう森の中、空中からひょっとミュミュが現れる。
ジュニアは、クレアの精神の中で戦っているマリスの実況中継中。 ヴァルは、ヤツの見張り役として置いていった方がいいだろうと判断した俺は、トアフ・シティーへは、ミュミュと一緒に来ていた。
もちろん、二つの剣は、ヴァルの結界の中に隠してあり、必要な時には、そこからミュミュが取り出してくれることになっていた。そういうことなら、ミュミュでも充分、用は足りる。
「失礼な! 」
俺の心の中を読んで、ミュミュは、ぷっと頬を膨らませた。
「いよいよ領主の屋敷に入るぞ。ミュミュは、俺の髪の中に隠れててもいいし、怖かったら、空間の中にいてもいいよ。その代わり、俺が呼んだら、すぐに来てくれ」
ミュミュは、くすくす笑い出した。 「何がおかしい? 」 「だって、ケインたら、そんなかわいい女の子のナリして、声だってかわいいのに、『俺』とか言っちゃって、男言葉なんだもん」
ミュミュは、声を押し殺して笑っていた。
「しょうがないだろ。こういう時くらい、地に戻らないと」 ひとしきり腹を抱えて笑うと、ミュミュは、俺の髪の中に入っていった。
「すみません、領主様に、お目通りを」
槍を持った門番が、じろじろと俺を眺め回す。 「ここは、トアフ・シティーの長であられる領主様の館。旅の物乞いなどを、簡単に通すわけには行かぬ」
「物乞いなどではございませんわ。私は、東方から来た巫女にございます。この度、暁の国より、こちらの領主様に、神のご神託を言付かって参ったのですわ。どうか、開門をお願い致します」
「なに? 神託だと? 」
俺のわけのわからない言い分を、さっきよりは、多少警戒を解いて、門番の男は聞いていた。
「どうしたのです? 」
門の中では、昨日見たばかりの執事のじいさんが、昨日と同じ青白い顔をして、登場する。
「私は、東洋から参りました巫女にございます。この度は――」 俺は、同じ言葉を繰り返した。
実は、これは、ここに来る前に、ヴァルと打ち合わせしておいたことだった。
俺には思い付かなかったが、古い由緒正しい家柄では、このような理由だと、突然の訪問ももっともらしく聞こえるということなのだ。
それに加わえて、この俺のふてぶてしいまでの演技力! ……って、うまく出来てるのかは、よくわからないが。
事態は、とんとんと難なく進み、領主と対面するところまで来た。
「遠いところ、よくいらして下さった。ささ、どうぞ、楽にして下さい」
見るもおぞましいカエル領主は、俺に向かって、超ご機嫌の笑顔を送っていた。
俺も、なるべく、ヤツと目を合わせないようにして、にっこりと微笑んでみせる。 途端にヤツは、ソファに腰掛けている、俺のさらけ出したフトモモのあたりで、びっくりしたように、目を留めた。 不審に思い、自分の膝を見てみると、脚が開いていたので、慌てて閉じた。
いかん、いかん! 今は、女なのだ! 女って、大変だなー。
「ところで、食事は、もう済まされましたか? 」 領主は、俺の目をじっと見て言った。
うっ! せっかく、目を合わさないようにしてたのに、うっかり、合ってしまった! 変な物を盛られないためにも、食べない言い訳が必要だ。
「いいえ。わたくしは、あなたさまのご神託をお預かりして以来、何一つ口にしてはならないという条件付きでございましたもので」
「おお、それは、お可哀想に! それでは、さっそく私への神託をお聞かせ下さって、その後は、ごゆっくり、一緒に食事でも致しましょう」
嬉々として巨体を揺さぶっている領主に、俺は、さも残念そうに、横に首を振る。
「ご神託を告げる時間も、決まっておりますの。東洋の言葉で、暁の前の龍の時間にと。つまり、こちらで言う真夜中のことでございます」
「真夜中……? 」 領主は、ピタッと身体を揺するのをやめると、じっと、俺を見据えた。
だから、あんまり見ないで欲しいんだけど……!
「ということは、今晩は、こちらに、お泊まりになる……と? 」
ゴクンと、唾を飲み込む音が聞こえる。 魂胆が見え見えだった。
「そうさせて頂けると、わたくしも、大変有り難いですわ」 と、伏せ目がちに、領主の顔を見上げる。
ヤツは、呆然と、よだれでも垂らすんじゃないかと思われるくらいに、長い間、口を開けっ放しにしていたが、そのうち我に返り、高級葉巻を吸い始めた。
「東洋までは、かなり遠いでしょう。一晩でも二晩でも、それ以上でも、よろしかったら、こちらで身体を休めて下さって、結構ですよ」
「ありがとうございます。やはり、ご神託の通り、お心の広いお方ですのね」
恥ずかしそうに目を伏せてから、俺は、何気なく膝の上に置いていた手で、ちらっと、着ているものを、捲り上げた。
領主の目は、やはり、そこに釘付けだった。
……俺も、よくやる……。
ある広い一室で、領主の晩飯が終わるまで、休んでいるよう通された。
その部屋は、南の島を感じさせるような作りになっていた。大きな青々とした南国の植物に、大輪の花なんかが生けられていたし、南国独特の、赤やオレンジ色をしたデカいトリの剥製までもが飾ってあった。
そして、現地人特有の彫刻であろう、珍しい模様の刻まれた綺麗な石の枠のなかに、鏡が埋め込まれていた。
その壁にかけられた鏡に、近寄る。 そこには、さらっとした栗色の髪をした、色の白い顔が映っていた。
深い群青色の、ネコのような大きな瞳には、うっすらと、水色の アイシャドーが塗られている。唇にも、淡いピンク色のルージュが引かれていた。
そう。俺って、結構、可愛かったのだった!
鏡を見るまでは半信半疑だったけど、……なるほど、カイルたちの言ったことは、確かに当たっていた。
なんとなく、やっぱり、俺って、母親似なんだなと、幼い頃に亡くした母の顔をぼんやりと思い出していた。
目が大きく、明らかに可愛らしい顔立ちだった母親に、幼い頃からそっくりだと言われていた俺は、成長してからも、実年齢より幼く見えてしまう自分の顔を、男らしくないと思い、コンプレックスを持っていた。
父親が判明してからは、彼のような、ハンサムというよりも精悍な顔つきの方に似れば良かったのにと、思わなくもなかったが、こうして見ると、この場では、母親似で良かったのかも……ということに、しておくか。
俺が、ある意味、満足気に鏡を眺めていると、 「ルナ殿、失礼致します」 あの老執事が、ノックをして入って来た。
『ルナ』とは、適当に付けた名だったので、俺の方もピンとこなくて反応が遅れてしまったが、それでも、なんとか取り繕って対応した。
「領主様が、お呼びでございます」
ついに来たか!
「何のご用でしょう? 」
「領主様は、あなた様のお国のお話が、是非お聞きしたいということにございます。あのように、不自由なお身体になってしまわれてからは、ご自分では、各国に――」 執事は、昨日、マリスを呼び出す時に言っていた通りのことを、そのまま反復していた。
「そうでいらっしゃいましたか。わかりました。わたくしで良ければ」 にっこり笑って執事の後について、俺は、またあの長い回廊に出たのだった。
「さあさあ、ルナ殿。そんなに固くならずに、是非、お寛ぎ下さい」
危うく、俺は叫び声を上げそうになった!
領主様は、その膨張したガマガエルのような巨体に、ピンクのフリフリのついた、女の着るようなネグリジェを着ていたのだった!
キモすぎるっっっ!
「どうかしたかね? 」 「いっ、いいえ! なんでもございませんわ! 」
怪訝そうなガマガエルの顔から、にこやかに目を反らす。
やばい。 早くなんとかしなければ、俺の方がもちそうにない。
幸い、あのジョルジュとかいう魔道士の姿はまだ見てないし、この領主の方がアタマが悪そうだから、口を割るのも簡単だろう。
そう思い直し、俺は、心を落ち着かせるために、何気なく室内を見回した。
そこは、まさしく前にマリスが連れ込まれた、あの白い部屋だった。
白いカーテン、白い家具に、あの天蓋付きの、白い大きなベッド――!
やはり、ヤツの魂胆は、見え見えだった。 できれば、あそこに横たえられることになる前に、なんとかキメたいものだ。
そして、ベッドの前の壁には、若く美しい女の肖像画が、いくつも掲げられていたのだった。
「随分と、お美しい方々ですのね」
領主を振り向くと、ヤツが俺をじっと見ていたのがわかり、思わず、トリハダが立ってしまった。
「私の妻だった者たちだよ」 消沈したように、ヤツは『はあ』と、溜め息を漏らした。
「ウソつけ! 」
思わず、俺は叫んでいた!
領主が、びっくりしてこっちを見ている。 し、しまった!
「……あ、あら、違ったかしら? 『素敵な方々! 』の間違いでしたわ。ほーほほほ! ご、ごめんあそばせ! わたくし、実は、まだこちらの地方の言葉を、完全に覚えたわけでは、ございませんで……失礼致しました! 」
わけのわからないことを言って、俺はごまかした。
一瞬動きが止まってしまった領主も、再び気を持ち直し、誰がどうだったとか、昔の妻の想い出話をし始めた。
「そんなにたくさんの奥様がいらしたなんて……、少し妬けてしまいますわ」
領主が、またしても驚いた顔で、俺を見る。 今のは、さすがに、わざとらしかったかなぁと、自分でも思い、慌てて口を押さえた。 だが、領主様は、それを、恥じらいと取ったようだ。
「そなたは、実に可愛らしい女であるな」 「まあ、かわいいだなんて……! 」 俺は、調子に乗って、ちょっとブリブリしてみた。
いいんだ! 俺のことを知っている人は、ここには誰もいないんだから!
「そうそう、こちらへ伺う間に、領主様の業績をいろいろと噂でお聞きしましたわ」 「ほう! さようですか! 」
ガマガエルのような領主は、もともと大きい目を更に見開き、身体の割りに小さいてのひらを、ぱちんと合わせた。
「良質の肉や、特殊な調味料、独特な染め布など、幅広い事業をなさっているそうですわね。どれも、非常に評判のいいものだとお聞き致しましたわ」
「いやいや、お恥ずかしい! 」
ヤツは、髪の毛の一本も生えていない頭のてっぺんまでをも、ゆでダコのように赤く染めた。
「どこで、そんなお肉などを、作っていらっしゃるの? 」
俺は、思い切り――出来る範囲で思い切り、ヤツに流し目を送ってみせた。
「実は、ここからちょっと離れたところにウシを飼っていましてね。厳選した高級な餌しか与えずに育て、それが食べ頃になった時に市場に並べるんですよ。それが市民たちの間でも口コミなどでいつの間にか評判になってしまいましてねえ。ですから、その肉が今でも売れ行きがいいのは、市民たちのおかげでもあるんですよ」
ヤツは、いかにも良心的な領主であるかのように、語っていた。
「調味料っていうのは、具体的に、どのようなものですの? わたくしの出身である東洋では、料理に非常な価値をおいているものですので、ぜひ、詳しくお話をお聞きしたいものですわ」
俺は、杯からまた一口飲んだように見せかけ、うっとりとした目を作って、領主様のカエルのような醜い顔を見上げた。
「そちらは、どうやってお作りになられたのです? 」
隙を作ってやるために、しょっちゅう脚を組み替えたり、髪をさらっとはねのけたり、そういうことも忘れなかった。自分が男である分、逆に、このようなアホなヤツの興味をそそらせることなんかは、簡単に見当がつくのだった。自分でも、よくやると思うが。
「先程と原材料はほとんど一緒です。ウシの皮を干して使っているんですよ。ただ、そのように言うと、気味悪がって、人々が買わなくなるかも知れませんから、これは、実は、企業秘密なんですがね」
領主は、そのデカい、出っ張った目玉で、俺をじーっと見つめていた。
俺は、わざと欠伸をしてみせた。 「なんだか、旅の疲れが出て来てしまったようだわ。とても眠くて……」
「それはいけませんな。そちらは、来客用の寝台ですので、よかったら、お使い下され」
領主の目が黄色に光った気がした。 俺が、わざと眠たそうにベッドに這い上がろうとすると、俺をベッドに上げるのを手伝おうと、後ろから領主の手が伸びてきた。
「俺に触るんじゃねえっ! 」
またしても、思わず叫んでしまった。 そして、領主の手は、その場で止まってしまった。
「……ほっ、ほーほほほ! 普段、巫女などという堅い生活を送っていると、時々このように悪い部分が出てしまうのですわ! わたくしも、まだまだ修行が足りないですわね」
俺の作り笑いに、ヤツも騙されてくれたのか、はははと笑っていた。
「ところで、領主様、先程のお話ですけれど、良質のお肉であるウシって、どんなウシですの? 」
俺に背を向けかけていた領主は、ピタッと足を止めた。
「調味料も、どのようなものなのです? よろしければ、工房を拝見させてはもらえないでしょうか? わたくしの村でも、お勧めしたいと思いますので」
「……それはですね、ただでは教えませんよ」
領主が振り返って、にんまりと笑い、のしのしと杖をつきながら、ベッドに近付いて来た。
「もちろん、ただで教えて頂こうなんて、思ってはおりませんわ」
不気味さを堪え、マリスだったら、こんな時どうするかと考えてから、あえて強気に、しかも、にっこりと、色っぽくを心がけて、誘うように笑ってみせた。
それが、うまく出来たかはわからないが、領主の締まりのない表情を見ると、まあまあうまく出来たように思える。
……ていうか、こいつは欲望丸出しなだけで、例え、相手が嫌がっていようが関係ないのかも知れないけど。
「ほほう、なかなか物わかりの良い」
ガマガエル領主は、杖をベッドの端に立てかけると、よいしょっと上がってきたのだった。
「ルナ殿、そなたは、実に、私の7番目の妻に、よく似ておられる」 ヤツは横たわり、カエルのような大きな口で、そう言った。
「妻が次々と謎の変死を遂げてしまい、私はずっと淋しかったのですよ」
こいつ、マリスに言ったのとおんなじことを……! 途端に、むかっ腹が立ったが、それは面に出さない。
「わかりますわ、領主様」
直視するのも堪え難いこの近距離では、トリハダを悟られないようにしなければ。 だが、思わず目を反らさずにはいられなかった。
「そなたは、実に可愛らしいお方だ……」
そんな俺の行動を、またしても都合良く、恥じらいだと受け取った領主は、俺のフトモモに手を伸ばしてきたのだった。
気持ちの悪さはとっくに俺のキャパを越えていたが、まだまだ耐える必要があった。 決定的なことを聞くまでは!
「ねえ、領主様、わたくしになら、教えてくださるでしょう? 企業秘密の加工肉のこと」
「そなたが、私の妻となるのなら、そのうちにわかることであるよ」
領主のデカい口から、ピンク色の気持ちの悪い生き物のような舌が、俺の頬をべろんと舐めた。
もう限界だ!
「やめねえか! このガマガエル野郎! 」
俺は、ヤツをベッドから蹴り落としていた。
びたん! と、物凄い音が、部屋中に響いた。
「その女は巫女ではございません」
転がっている領主の後ろに、黒い靄が出来たと思うと、そこにはあの青白い顔をした魔道士ジョルジュがいた。
来たな、ついに!
俺は、ぐっと気持ちを引き締めていた。
「おお! ジョルジュ! 貴様、またしても無断で私の部屋に! 」 領主が叫ぶ。
「領主様、今は、それどころではございません。その女には、巫女の、本来まとっている白いオーラが見えませぬ。従って、偽者です。だから、何度も申し上げている通り、女人には警戒なさらないと、いつの間にか、そのような目に合うのですよ」
無表情な魔道士は、いくらか呆れたような声を出していた。
「うるさい! だったら、もっと早く出て来たらどうだ! 見ろ、膝を擦りむいてしまったではないか! 」
領主は勝手なことを言い、短い両手をバタバタさせて、やっと起き上がれた。
「バレちゃあ、仕方がない」 柔らかいベッドの上で飛び上がると、俺は腕を組んで、仁王立ちになった。
唖然として、領主が俺を見上げる。
「おお! 貴様は…………………………………………………………………………………………………誰だ? 」
「お前たちの陰謀を暴くために、天が遣わした正義の使者、ドラゴン・マスター・ソード十五代目マスター、ケ……! 」
やめた。
こんな女のカッコで本名名乗ってどうする。 オカマ扱いされるのがオチだ。
「とにかく、もうだいたい見当はついたが、お前たち、魔物の死体を集めて、変なモンを製造し、それを売りさばいてたんだな? 町民たちの話や、今の領主の話を結びつけると、大方そんなとこだろう! 」
カエル領主は、俺を、思いっきり目を見開いて見ていた。 この俺の推理力には恐れ入ったか。
「なんという言葉遣い……! 女子が、このような汚い言葉を遣うとは……! 」
ヤツは、俺の予想とは違うことに驚いていた。
俺もどうしようかと思ったけど、また女言葉を遣うのは、もう無理があったので、そのまましらばっくれることにした。
「小娘、勘付いてしまった以上、貴様をこの城から一歩も出すわけにはいかぬ! 」 そう言うと、魔道士は、ぶつぶつと呪文を唱え始める。
「ミュミュ! 剣を! 」 俺は、天に向かって左手を伸ばした!
と同時に、空中からバスター・ブレードが、産み落とされるようにして、柄からゆっくりと降りてきた!
それを、俺の左手が掴むのと、魔道士が呪文を発動させるのとは、ほとんど同時だった!
――が――!
俺は、ベッドの上に崩れ落ちていた。 そのおかげで、魔道士の発動させた炎の術は、俺の上を素通りしていったのだが。
俺に何が起きたのかというと、単に、バスター・ブレードが重くて持ち上がんなかったのである!
もう一度、剣を振り上げようとしてみるが、やはり、持ち上がらない。
「ちっ! なんてこった! 体力まで女並みになってたなんて! これは、とんだ誤算だったぜ! 」
領主は、こそこそと、いつの間にか魔道士の後ろに隠れていた。二人は、俺を警戒するように、または驚いているように見ている。
「ミュミュ、こっちじゃなくて、マスター・ソードを! 」
マスター・ソードも普通の女子が持つには重いが、マシだ。
「え〜、ちょっと待ってー」
どこからともなくミュミュの声が聞こえるが、その間も、魔道士の炎や電光の技なんかが、白い部屋の中を飛び交っている!
俺は、それらを必死によけなかがら、ミュミュがマスター・ソードを持ってきてくれるのを待たなくてはならなかった。
『色仕掛けで、あの領主に口を割らせたところを、一気に成敗する』
そういう予定だったのに、俺の我慢の限界が、まず早かったし(どっちみち、あの魔道士が現れてしまったから、同じことだったが)、ミュミュとは思うようにタイミングが合わない。二年も一緒にいて、旅のメンバーの中では、一番付き合いが長いはずなのに、なぜいつもこう合わないのか?
情けない! こんなことが想定外で、一変してピンチに追い込まれるとは!
そして、俺にとって、形勢はますます不利になっていった。
「ごめ〜ん、ケイン! マスター・ソードがどこにあるか、イマイチわかんないから、ヴァルのお兄ちゃんに聞いてくる」
「ええっ!? こら、ミュミュ、待て! 」
ミュミュは、一瞬、俺の目の前に姿を現したと思ったら、すぐに消えてしまった。
「そ、そんな……! 行くんなら、俺も一緒に連れてけー! 」
頭の上を掠める電光をさけながら、俺は叫んだ。
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