「……で、おれたちは、何をしていればいいんだ? 」
マリスがクレアの精神に入り込んで、しばらくした時、カイルがヴァルに尋ねていた。
「『中』ではどうなっているのかわからないし、いつまでかかるのかもわからない。俺たちは、ここで、ずっと祈ってるしかないってのか? 」
それは、いつもの彼のように、決して面倒臭がっているのではないことは、ヴァルも俺もミュミュもわかっていた。
「確かに、今はマリスに任せる他はない。その間、私自身は、クレアの上に手を翳(かざ)せば、なんとなく状況を察知することはできるが、的確に感じ取るのは難しい。魔道士協会の作る水晶球、鏡などがあれば、そこに念写することは出来なくはないが、そのようなものは持ち合わせてはいない」
ヴァルの平坦な声が返ってきただけだった。
「ああっ! 」
皆も驚いて、声のした方を振り返った。マリスの横たわっている側にいたジュニアが上げたものだった。
「ヤナがいた! 今、マリーちゃんと睨み合ってる! 」
「ジュニア、お前、『中』の様子がわかるのか!? 」
俺もカイルも、身を乗り出した。ジュニアは、俺たちの方を向いて、頷いた。
「それを、なんとか俺たちにも見えるようにはできないか? 」
「無理だよ、ケイン。何度も言うけど、本来の俺様なら、そんなことは容易たやすいが、今は無理だ」
「だったら、お前、実況中継しろよ! 」 カイルが乗り出した。
「今のところは、睨み合いってとこだ。お互い警戒してるみたいで、何の接触もしようとしてない」
ジュニアの目が、クレアに注がれ、彼は注意深く、そう告げた。 その場は、しーんと静まりかえり、皆、息を飲んで、二人の横たわる少女を見守る。
「ああっ! 」 「どうした!? 」
またしても、突然のジュニアの声に、俺とカイルは立ち上がる。
「そう言えば、さっき、俺の家臣に出くわした時、新しい◉†‡¶買っとくように言っとけばよかった! 」
「何わけのわかんねえこと言ってやがんだー! 」
俺とカイルの、まるで常に練習していたかのような、コンビネーション・ハイジャンプ・キックが、見事に決まった!
ジュニアは、地面をごろごろ転がる。
「いいか、貴様! 真面目に中継しろよ! 」
カイルが、背中に炎を燃やして、ジュニアの胸ぐらを掴む。 ヤツも、その迫力に圧倒されて、こくこく首を縦に振っていた。
それから、しばらくして――
「おおっ! 」 「どうした!? 」
俺とカイルは、またしても、ジュニアの声に立ち上がっていた!
「ヤナが、先制攻撃しやがった! やっぱり、ヤツは思った以上に、攻撃力を身に付けてやがるぜ! だが、マリーちゃんも、なんとか躱(かわ)してる! おおっと、大丈夫か!? ああ、大丈夫みたいだ。なんだか、マリーちゃんの動きが、あんまりよくないみたいだな。『場所』が悪いのかな? ヤナには条件のいい場所なんだろう が、マリーちゃんにはちょっと不利だもんな。ああっ! 」
「どうした!? 」
「ああ、危なかった! ヤナの必殺ラリアートがいきなり来たが、間一髪で、マリーちゃんが躱したぜ! 」
「……み、巫女が、ラリアート……!? 」
状況を、なんとなくでしか想像できない俺たちにとっては、ジュニアが何か言うたびにハラハラしてるばっかりだった。
「おおっ! 」 またしても、ジュニアが叫んだ。
「ヤナの鉄拳・ナックル・ボンバーを、マリーちゃんが受け止めた! 両者ギリギリと力比べに入った! 僅かながらにヤナが押しているように見えるが、マリーちゃんも負けてはいない! ああっ! マリーちゃんがはねのけたと同時に、ヤナにショルダー・アタックだーっ! 綺麗に入ったーっ! だが、ヤナには、全然ダメージは感じられない! 」
ジュニアが興奮して叫ぶ。
「何だ、その妙なワザの名前は? 魂同士が戦ってるんじゃないのか? なんで、ラリアートとか、ショルダー・アタックとかしてるんだ? 」
「微妙なニュアンスだよ。お前たち人間にも、わかりやすく説明してやってるんじゃねえか」
ジュニアが、面倒臭そうに、ちらっと、こっちに目をやったが、すぐにクレアに視線を戻し、真剣な目で、『中』の様子を探っている。
「……どうやら、奴のいうことは、ウソではないようだ」
クレアの上に、てのひらを翳したヴァルが、俺たちに振り向く。
「ええっ!? じゃあ、ほんとに巫女がラリアートとか、なんとかボンバーとか、やったってことか!? 」
カイルも、俺も驚く。
「それは、彼なりの解釈だ」
ヴァルに言われて、なんとなくわかったような、わからないような気になり、再びジュニアに注目する。
「おおっ! どうやら、第一ラウンドは終わったようだ。しばらく休憩だ」
ほっとしたようなジュニアの言葉に、カイルも、とりあえず座り、膝を抱えた。
「第二ラウンド開始だ! 」
「早っ! もう!? 」 カイルと俺は立ち上がった。
「先手は、今度はマリーちゃんが打った! ヤナは、さっきからちょっと動きが鈍くなっている! やはり、年には勝てないか!? 代わりに、マリーちゃんは、多少は動きがよくなってる! 順応してきたようだ! ガンバレー! 」
しばらく黙っていたジュニアが、再び騒々しい実況中継を繰り返していた。
カイルは、はっとしたように面を上げると、ジュニアの言葉に一喜一憂しながら、ヤツと一緒になって、マリスを応援していた。
「なあ、俺たち、ずーっと、あんなの聞いて一喜一憂してなくちゃなんないのか? 」
だんだんアホらしくなってきて、思わずヴァルに救いを求めるように、訴える。
「外部からは、何の助けもしてやれない。マリスが成功を収めて、クレアの人格とともに帰還するまでは、早くても、おそらく夜中だと思われる。それまでは、我々では、どうすることも出来ない」
「ふ〜ん、そっか……」
ヴァルの離しを聞いて、がっくりした部分もあるが、同時に、俺には、あることが閃いたのだった!
「ここにいても、何も手伝えないんだったら、ここにいなくても、同じだよな」
ヴァルは、俺のセリフが、解り兼ねるというような色を、微妙に、その碧い静かな瞳に浮かべた。
「俺、もう一度、トアフ・シティーに行ってこようと思うんだ」
ぱたたたと、ミュミュが飛んで来て、ヴァルの肩に止まり、不思議そうな顔で、こっちを見ている。
「魔物を金貨に換金してくれるのは、街の領主だということはわかった。だけど、その領主は得体が知れなくて……ていうか、バケモノで、その他にも、どうも謎があるように思えるんだ。 敷地の森には過当な妖魅が巣くっていたし、マリスに言われて俺も気付いたんだけど、多額の賞金を懸か けてまで魔物の死体ばかりを集めて、何をしているのかが気になるんだ。 しかも、妖怪じみてて気色悪いのは領主だけじゃなくて、執事も、領主のお抱えの魔道士も、みんな青白い顔をして、普通の人間と雰囲気が違ったし、妖魅どもは、ちょろちょろと出入りしてるわ、館全体が、お化け屋敷と言っても、おかしくはなかったぜ」
「魔道士……」
ヴァルが、ぼそっとつぶやいたが、それ以上何も言いそうもなかったので、俺は続けた。
「魔道士の名は、確か、ジョルジュって言ってた。腕は立つらしかった。俺たちが奴等をうさん臭いって思ってるのはわかってたみたいだったが、今回は、クレアのことがあって時間もなかったから、お金だけもらって、さっさと帰ってきちゃったけど、俺が伝説の剣で脅さなかったら、一触即発してたかも。なんか得体の知れな い魔道士だったぜ。ま、どの魔道士も、俺にとっちゃ得体が知れないんだけどさ」
「ジョルジュ……聞かない名だな」
ヴァルは、普段の彼からすれば、多少は首を傾げて、そう呟いた。
「俺もそう思ったよ。魔道士の名前ってのは、普通のヒトの名前と違って、あんまり馴染みのないモンが多いと思ってたんだけど、その魔道士は、そんな風に気取った名前をしてたんだ。 気取ってるって言えば、そこの領主も、見た目はバケモノガエルみたいなくせして、名前はセバスチャンとか言ってたな」
「セバスチャン……! トアフの領主は、セバスチャンだというのか? 」
ヴァルの、少しだけ強い口調に、俺は、改めて彼を見つめた。
「ああ、そうだよ。セバスチャン・トアフだって言ってたぜ」
しばらく俺を見つめていたヴァルだったが、小難しそうな顔になって、視線を落とす。
「……どうかしたのか? 」 俺は、ヴァルの横顔を覗き込んでみた。
「まだ魔道士の塔にいた頃、トアフ・シティーの奇妙な噂を耳にしたことがあった。 先代の領主が、謎の変死を遂げ、新しい領主が治めるようになったと聞いたのだが……未だに、領主は、セバスチャンだというのか? 」
「ああ。自分で、そう名乗ってたぜ。名前だけでなく、服装も、かなり気取ったヤツだったよ」
思い出すだけでも胸くそが悪くなり、唾を吐きたい気分だった。
「あの野郎、よりによって、マリスのヤツを……とって食おうとしていたんだ! 」
また怒りが込み上げて来た俺は、拳をわなわなと震わせた。
「ほう、それは、たいした物好きだな」
ヴァルは、彼にしては、面白そうな口調で、そう言った。
当然、心配すると思っていたのに、彼のその反応は、俺にはとても意外だった!
そのせいで、いくらか拍子抜けして彼を見ていたが、考えてもみれば、あの時、マリスをあんなにも叱りつけてしまったけど、実は、それほどのことではなかったんじゃないか、という気が、そんなヴァルの態度を見ているうちに、してきたのだった。
そうだ、彼女は強いんだ。獣神だって、ついてるんだ。 いざというときは、ひとりでも、なんとかできたかも知れなかった。 それこそ、あの領主をやっつけてただろう! なにしろ、魔界の王子でさえ、その足元に屈服させてしまうくらいなのだから。
「腹をこわすと、トアフの領主には忠告してやれ」
またまた意外にも、ヴァルの瞳は、いくらかからかうように、少しだけほころんでいた。
俺は思わず、ぷっと吹き出していた。 ミュミュも、ぱたぱたヴァルと俺の周りを飛んで、なんだか大喜びだ。
「それで、お前は、その館で何か怪し気なことが行われていると感じ、それを、今の時間、クレアとマリスが戻るまでの間に、確かめに、もう一度、トアフ・シティーへ赴こうというのだな? 」
「ああ。できれば、空間を移動できるヴァルかジュニアに手伝ってもらいたいんだけど……」
ミュミュが、俺の頭の上に止まった。
「ミュミュだって、できるよー! 」 「だって、ミュミュは気持ち悪いものは嫌いだろ? その領主は、ミュミュなんか一飲み出来ちゃうくらい、デカい口してたぞ」
それを聞いたミュミュは、ぴゃっと俺の頭から飛び立って、ヴァルの肩越しに隠れた。
「だけど、あいつら俺のことは知ってるから、バスター・ブレードやマスター・ソードを持ったままじゃ、それこそ探知されて、もしかしたら、あの魔道士が、結界とか張って、館まで辿り着けないよう仕向けるかも知れない。となると、どうやって、再び忍び込むかが、問題なんだよなー」
腕を組んで考える俺を、ヴァルが珍しく、少しだけ感心した様子で見ていた。
「変装してったらどうだ? 」
振り向くと、今まで実況中継をしていたジュニアが、こっちを向いていた。
「お前、中継はいいのか? 」 「心配すんな。今は休憩中だ」
ヤツは、わけのわかんないことを言い返した。 よく見ると、カイルが汗びっしょりになって、はあはあと呼吸を乱し、立ち尽くしていた。 お前も、そこまで熱のこもった応援を送らないでも……マリスに届くわけじゃあるまいし。
「変装ったってな、相手は魔道士だぜ。すぐにバレるに決まってるだろ? 剣を空間にしまっておいてもらったとしてもな」
ジュニアが、両手を腰に当てる。 「だから、『まったく別人になりすます』んだよ。俺の魔力を持ってすれば、簡単なことさ」
「別人に……!? 」 俺の声に、ヴァルもゆっくりと顔を上げて、ジュニアを見つめる。
「人間の魔法じゃ、完全に別人にまではなれないだろ? ところが、俺様の魔力でなら、本当にまったく性別ですら変えることも出来るんだぜ。すごいだろー! 」
ヤツは、天狗になりまくりだった。
「魔族って、なんて都合のいいことまで出来るんだ! ヤミで魔族と契約したがるヤツの気持ちが、今わかったぜ! 」
カイルが汗びっしょりのまま、感心して叫んでいた。
お前、切り替え早いな……。
「てことで、ケイン。お前、ジュニアに手伝ってもらって、女になれよ」 カイルの人差し指が、ピタッと俺に向けられた。
「なんで、俺が女になんなくちゃいけないんだよ? 」
「男が油断する相手は、たいてい女だろ? なんとか色仕掛けで、その領主か魔道士の口を割らせて、やつらの正体を暴き、それが悪だと判断した時、やつらを堂々と成敗する。完璧な作戦だぜーっ! 」
カイルが意気揚々と拳を振り上げた。
「……お前なあ、それ、ひとりで全部俺がやるんだろ? 」
ヤツは、くりくりした目で俺を見た。 「当ったり前じゃねーか! ま、せいぜいガンバレよ。俺はマリスとクレアの応援で、精一杯なんだからよぉ」
応援て、あんた……。
確かに、今のカイルは、ここでこそ、まだ頭は回転してはいるようだが、向こうに連れていったりしたら、クレアとマリスのことが心配なあまり、冷静な判断が出来なくなるかも知れない。
それに、彼の言うように、あの領主に関しては、女である方が、都合がいいような気もする。
どうやら、その手で行くしかないように、俺にも思えてきた。
「……仕方ない。ジュニア、じゃあ、頼むわ」
俺が腹をくくって、女装(いや、女になるのか)することを決意し、だが、低いテンションでそう言った時、
「ああーっと! ヤナのドロップ・キックが、綺麗に決まってしまった! 立ち上がれるか、マリーちゃん! 」
「立てー! 立つんだ、マリー! 」
何がマリーだ……。
二人の似た者同士は、再開した中継に、既に夢中になっていた……。
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